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4.変わらないもの
(9)
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軽快なリズムと、たまに身体の浮く感覚。
秋斗くんの部屋のクローゼットをあさって新しい服――白のブラウスとチェックのスカートに着替えた私は、横座りで両足をブラブラさせていた。
「アホ女」の声に、首をめぐらせてサリューを見あげる。
「おまえ……、よかったのかよ」
「なにがですか?」
「…………て、………………よ」
「はい?」
あまりにボソボソとしゃべられるので、まったくわからない。
私が首をかたむけると、サリューはチッと舌打ちした。
「オレと二人で行動して……、よかったのかよ」
これまた、小声。
耳をダンボにしていたおかげで、なんとかききとることができた。
「別に、なんとも思いませんけど?」
「おまえは、いいのかもしれんが。……そのせいで、おまえら喧嘩になったんじゃねえのか」
そっぽをむいたまま、サリューが言ってくる。
喧嘩? だれとだれが?
あ。もしかして、この前の秋斗くんとのことを気にかけてくれている?
「大丈夫です。喧嘩には、ならなかったので」
「そうなのか?」
「はい。言い合いにもなりませんでした」
詳しく話をする前に、あちらの方が倒れちゃいましたしね。
たぶん、話ができたとしても、うやむやに丸めこまれて終わりそうな気がする。
そういえば幼いあっくんは、私にいろいろと食ってかかったり、感情のままにまくしたてたり、なかなか起伏の激しい子だった。そのたびに私は笑ってなだめていたけど、今は立場が逆転しちゃってる?
おかしいなあ。あの包容力、どこで身につけたんだか。
「……なに笑ってんだよ。気持ちわりい」
ひきつった表情で見おろしてくるサリューに、私はハッと我に返った。まばたきしながらサリューを見ているうちに、ふふ、ともう一度笑みがこぼれてしまう。
「サリューって見た目や言葉づかいはあれだけど、意外と優しいですよね」
「はあ? てめえの目は節穴か、そうじゃなきゃ腐りきって使い物にならなくなってやがるのか?」
「照れなくてもいいのに」
「……落とすぞ?」
冷ややかにそう言って、本気で私の背中を押してくるとかありえない!
そう。私は今、サリューが操る馬の上に乗っていた。元の世界で見たことのある馬よりも一回りくらい大きいそれに、最初はおっかなびっくりだったけれど、慣れてみればそこそこ快適かも。
手綱をにぎったサリューの前に横座りした私は、吹き抜けていく風に揺らされた髪をそっと耳元でおさえた。
「秋斗くんも、馬に乗れるのかな……」
ふとわいた疑問をポツリとつぶやくと、サリューが律儀に答えてくれる。
「アキも乗れるはずだぞ? ナイツには、必須のスキルだしな。最初に見たときは、馬にもさわれねえくらいのひでえ有様だったが、すぐに乗りこなしていやがった」
「そうなんだ」
さすが、完璧超人。
ナイツの団服を着こんで、さっそうと馬を乗りこなす秋斗くん。想像しかけて――、私は頭をかかえた。
ヤバイ、ヤバイ……
「今度、乗せてもらえばいいじゃねえか。オレのより、何倍も居心地はいいはずだぜ?」
「いえ、それは……遠慮したいかな。これ以上、キラキラ王子様っぷりに磨きがかかってしまわれると、破壊力だけがひたすらに増していって、ただただ不利になっていくだけなんで」
「はあ? んだ、そりゃ」
「あ、いえ。なんでもないです。サリューも、タルよりは全然マシですよ?」
「タル、だあ?」
「タルです」
男の人にかかえられて乗った経験のある身としては、そのときよりはるかにマシだと言いきれる。あのガタガタとした乗り心地でよく眠れたなあ私、と今さらながら思う。
あ、ナイツといえば。
「ねえ、サリュー」
「……なんだよ」
不愛想な返事と、鋭い赤の眼差しがこちらに投げられる。
「エレメンタルナイツって、何人いるの? ナイツって言うくらいだから、結構な人数がいるんでしょ?」
「今は、団長ふくめて五人だな」
「五人!? え、たったそれだけ?」
サリューの答えが予想外すぎて、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
勝手に五十人はいるのかな、くらいに考えていたのに。まさかの、その十分の一だったなんて。
「ああ。普通の騎士なら、そりゃいくらでもいるぜ? だが、エレメンタルナイツは別物だ。ナイツの一人一人が自然界の精霊の加護を受けていて、その精霊の称号を頂いている。オレは炎の精霊の加護のもと、炎の騎士の称号を頂いているといったようにな。アキは風、さっきのイレイズは水だ」
ああ、それで精霊(エレメンタル)ナイツなのね。
言われてみれば、赤茶色のツンツンとした髪に赤色の瞳のサリューは、ザ・炎の騎士って雰囲気満々。イレイズさんも、青の瞳に薄水色の長い髪がクールビューティーさをかもしだしていて、これぞ水って感じ。
秋斗くんは、風なんだ。そういえば、エリーがそんなことを言っていたっけ。風鈴の騎士とかなんとか。
でも、サリューやイレイズさんと違って、容姿はあまり風っぽくない。たまにとらえどころがないのは、確かに風っぽいけど。
じゃあ、ティグローにいるっていう秋斗くんの先輩は?
「で、これから会うやつは地の騎士だ」
あ、ちょうど疑問に思っていたことをどうも。
「地の騎士? どんなひと? こげ茶色の髪に黄土色っぽい瞳とか?」
「その辺はよく覚えてねえが、ナイツでは最年少で、イレイズいわく虫唾が走るようなめんどくせーやつだよ」
嘆息まじりに答えながら、サリューは手慣れた風に手綱を動かすと馬腹に軽い振動を与える。いきなり加速した移動スピードに、私は小さく悲鳴をあげた。
秋斗くんの部屋のクローゼットをあさって新しい服――白のブラウスとチェックのスカートに着替えた私は、横座りで両足をブラブラさせていた。
「アホ女」の声に、首をめぐらせてサリューを見あげる。
「おまえ……、よかったのかよ」
「なにがですか?」
「…………て、………………よ」
「はい?」
あまりにボソボソとしゃべられるので、まったくわからない。
私が首をかたむけると、サリューはチッと舌打ちした。
「オレと二人で行動して……、よかったのかよ」
これまた、小声。
耳をダンボにしていたおかげで、なんとかききとることができた。
「別に、なんとも思いませんけど?」
「おまえは、いいのかもしれんが。……そのせいで、おまえら喧嘩になったんじゃねえのか」
そっぽをむいたまま、サリューが言ってくる。
喧嘩? だれとだれが?
あ。もしかして、この前の秋斗くんとのことを気にかけてくれている?
「大丈夫です。喧嘩には、ならなかったので」
「そうなのか?」
「はい。言い合いにもなりませんでした」
詳しく話をする前に、あちらの方が倒れちゃいましたしね。
たぶん、話ができたとしても、うやむやに丸めこまれて終わりそうな気がする。
そういえば幼いあっくんは、私にいろいろと食ってかかったり、感情のままにまくしたてたり、なかなか起伏の激しい子だった。そのたびに私は笑ってなだめていたけど、今は立場が逆転しちゃってる?
おかしいなあ。あの包容力、どこで身につけたんだか。
「……なに笑ってんだよ。気持ちわりい」
ひきつった表情で見おろしてくるサリューに、私はハッと我に返った。まばたきしながらサリューを見ているうちに、ふふ、ともう一度笑みがこぼれてしまう。
「サリューって見た目や言葉づかいはあれだけど、意外と優しいですよね」
「はあ? てめえの目は節穴か、そうじゃなきゃ腐りきって使い物にならなくなってやがるのか?」
「照れなくてもいいのに」
「……落とすぞ?」
冷ややかにそう言って、本気で私の背中を押してくるとかありえない!
そう。私は今、サリューが操る馬の上に乗っていた。元の世界で見たことのある馬よりも一回りくらい大きいそれに、最初はおっかなびっくりだったけれど、慣れてみればそこそこ快適かも。
手綱をにぎったサリューの前に横座りした私は、吹き抜けていく風に揺らされた髪をそっと耳元でおさえた。
「秋斗くんも、馬に乗れるのかな……」
ふとわいた疑問をポツリとつぶやくと、サリューが律儀に答えてくれる。
「アキも乗れるはずだぞ? ナイツには、必須のスキルだしな。最初に見たときは、馬にもさわれねえくらいのひでえ有様だったが、すぐに乗りこなしていやがった」
「そうなんだ」
さすが、完璧超人。
ナイツの団服を着こんで、さっそうと馬を乗りこなす秋斗くん。想像しかけて――、私は頭をかかえた。
ヤバイ、ヤバイ……
「今度、乗せてもらえばいいじゃねえか。オレのより、何倍も居心地はいいはずだぜ?」
「いえ、それは……遠慮したいかな。これ以上、キラキラ王子様っぷりに磨きがかかってしまわれると、破壊力だけがひたすらに増していって、ただただ不利になっていくだけなんで」
「はあ? んだ、そりゃ」
「あ、いえ。なんでもないです。サリューも、タルよりは全然マシですよ?」
「タル、だあ?」
「タルです」
男の人にかかえられて乗った経験のある身としては、そのときよりはるかにマシだと言いきれる。あのガタガタとした乗り心地でよく眠れたなあ私、と今さらながら思う。
あ、ナイツといえば。
「ねえ、サリュー」
「……なんだよ」
不愛想な返事と、鋭い赤の眼差しがこちらに投げられる。
「エレメンタルナイツって、何人いるの? ナイツって言うくらいだから、結構な人数がいるんでしょ?」
「今は、団長ふくめて五人だな」
「五人!? え、たったそれだけ?」
サリューの答えが予想外すぎて、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
勝手に五十人はいるのかな、くらいに考えていたのに。まさかの、その十分の一だったなんて。
「ああ。普通の騎士なら、そりゃいくらでもいるぜ? だが、エレメンタルナイツは別物だ。ナイツの一人一人が自然界の精霊の加護を受けていて、その精霊の称号を頂いている。オレは炎の精霊の加護のもと、炎の騎士の称号を頂いているといったようにな。アキは風、さっきのイレイズは水だ」
ああ、それで精霊(エレメンタル)ナイツなのね。
言われてみれば、赤茶色のツンツンとした髪に赤色の瞳のサリューは、ザ・炎の騎士って雰囲気満々。イレイズさんも、青の瞳に薄水色の長い髪がクールビューティーさをかもしだしていて、これぞ水って感じ。
秋斗くんは、風なんだ。そういえば、エリーがそんなことを言っていたっけ。風鈴の騎士とかなんとか。
でも、サリューやイレイズさんと違って、容姿はあまり風っぽくない。たまにとらえどころがないのは、確かに風っぽいけど。
じゃあ、ティグローにいるっていう秋斗くんの先輩は?
「で、これから会うやつは地の騎士だ」
あ、ちょうど疑問に思っていたことをどうも。
「地の騎士? どんなひと? こげ茶色の髪に黄土色っぽい瞳とか?」
「その辺はよく覚えてねえが、ナイツでは最年少で、イレイズいわく虫唾が走るようなめんどくせーやつだよ」
嘆息まじりに答えながら、サリューは手慣れた風に手綱を動かすと馬腹に軽い振動を与える。いきなり加速した移動スピードに、私は小さく悲鳴をあげた。
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