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しおりを挟む雅が春に連絡先を渡し、まさかのまさか手を繋いで自宅へと送り届けた、その日の夜。
春から届いたダンス動画のあまりの可愛さに、天使だと鼻血を出してしまいそうになりながら一人部屋で悶え踞り、その日から雅が常々その動画を繰り返し見続けるようになって、早二週間。
その間に二人は更にぐっと距離を縮め、今では毎日おはようからお休みまで暇な時間さえあればメッセージのやり取りをし、そして変わらず雅は春が出勤の日はお店へと足繁く通っていた。
どれだけ作業で疲れていようと春からメッセージが来ると胸の奥がほわりと温かくなり、そしてバイトが終わったと連絡が来れば、少しでも顔が見たいと、夜の散歩と称して家まで送る事もしていて。
そんな感情をやはりこれまで誰にも抱いた事はなく、そして作業を中断してまで誰かを優先にした事もなく。
今までの彼女達が自分に求めていたのはこれだったのだろうか。と雅はようやく何故ことごとく彼氏としては最低だとフラれるのかを理解した気分でもあった。
今まで雅は自分なりに彼女達の事を大切にしてきたつもりだったが、結局の所"大切にしていただけ"で、そこに愛はなかったのだろう。
それをまざまざと思い知ってしまい申し訳ない気持ちになりながらも、それを悔いた所でどうしようもないし今感じている感情を大事にしよう。とも身勝手ながら思っていて。
そして、そう想える人に出逢えたのならば後悔するよりも行動するしかない。と雅は、“今日は朝からラストまでなんです。“とメッセージで嘆いていた春の言葉により、土曜日の早朝、いつもより緊張した面持ちで店の前に立っていた。
寒い気温とは裏腹に、空は雲一つない晴天が広がり、冬空は高く青く、冷たい風が頬を撫でていく。
その骨身を刺すような寒さにぶるりと身震いした雅は、……恨めしい。と天気に悪態を吐きながら、重いため息を漏らした。
──春に会えるというのに、雅が鬱々としている理由は、ただ一つ。
そう。今日は聖なるバレンタインデーなのである。
それなのできっと店内は女性客でごった返しているだろうと予想している雅は、行きたくない。と眉間に皺を寄せ項垂れつつも、いやいや、行くしかないだろ。と自分を奮い立たせていた。
今日もバイトが終われば散歩だとかこつける自分に笑って春は送らせてくれるだろうが、だが店にも来ていない奴がそれをするのは卑怯な気がして。
だからこそ店には必ず足を運ぶと決めている雅だったが、今日に限ってはこの店の中にどれだけ自分と同じように春に本気で恋をしている人が居るのだろうかと、少しだけ悲しい気分になっているのだ。
だがそれを振り払い、だから何だ。俺だって春が好きなんだよ。となりふり構っている暇もない雅は自身を鼓舞するようもう一度深い息を吐いたあと、意を決して店の扉を開けた。
店内は案の定、普段のゆったりとした雰囲気など何処にもなく。
所狭しと女の子達が犇めく店の中はBGMの音すら聞こえないほど、黄色い声で溢れている。
それはさながらアイドルでも居るのかと言うほどの熱気具合だったが、それはもちろん春と良介が居るからだと雅だとて知っていて。
しかし想像以上の店内の様子に、……こ、これがイケメンのバレンタインデーなのか。と雅は目を見張るばかりだった。
雅も勿論ファンだという人達からバレンタインデーはチョコやら何やらを貰うが、こんな盛り上がり方はされたことがなく。
客として来ているので優しくしてもらえているからの盛り上がりというのもあるだろうが、ハッキリ言って異常な光景として雅の目には映るだけ。
だがやはり店員が客として来ている人々を無下に追い返す事も当たり前に出来る筈もなく、むしろだから今日は朝からラストまで出勤なのか。と春と良介の人気度を利用し売り上げをあげようとしている店側のやり方に内心あまり良い感情を抱きはしなかったが、雅は肩身が狭い想いながらも、とりあえず列へと並んだ。
可愛らしく着飾った女の子達が店内を埋め尽くしているなか、ド派手な頭をしたピアスもバリバリに開いているガラの悪そうな男が一人、ぽつんと並んでいる。
それはなんとも違和感めいた光景で。
しかし、春が顔が見れて嬉しいと言ったあの日から雅はカフェへ行く時にはマスクをしないようにしており、不審そうに見てくる女の子達の中にも雅の顔を見ては、え、顔は格好良くない? だなんてヒソヒソと話をしている子も居たが、だが居心地悪そうに俯いている雅には、そんな声すら届いていなかった。
雅が場違いだと気まずさを感じているなか、けれど春がせっせと注文のドリンクを必死に作っている姿を見つけ、その真剣な眼差しに無駄にドキッとしつつも、ようやく自分の番が来た。と注文を取っていた良介の前に立った。
「雅さん!」
今しがた雅に気付いたのか、良介が明るい声をあげる。
爽やかな笑顔を浮かべていたものの、知っている人が来たのが嬉しかったのか途端に素が見える柔らかな顔で笑いかけてくる、良介。
その笑顔にまたしても近くに座っている女の子から悲鳴のような歓声が上がり、雅はカウンターの奥に山積みに積まれている春と良介へのだろうバレンタインプレゼントを見ては、お疲れ様。と言うよう眉を下げ笑った。
「雅さんが来てくれてなんか嬉しいです」
そう笑う良介に、何だよそれ。と雅が肩をすくめ笑いながらもチラリと春を見つめれば、春も雅に気付いたのか、見つめていて。
バチッと交わる、二人の視線。
その瞬間やはり周りの音が搔き消え、春しか見えなくなる感覚に雅がヒュッと息を飲めば、春はほんのりと頬を染めつつニコッと可愛らしく笑った。
その笑顔は、あまりにも可憐で愛らしく。
朝から美しすぎる光を浴び、アバラまで痛くなるほどの衝撃に、堪らずウッと呻き声をあげる雅。
だがしかしそんな二人のやり取りを見ていた良介は途端にシラッとした顔をしては、「アイスコーヒー一点ですね~」だなんてレジに金額を打ち込み始め、その声にようやくハッとした雅は小さく咳をしてから、頷いた。
「コホッ……。あ、うん」
「店内で飲みますか?」
「いや、持ち帰りで」
「ですよね。すみません……」
「なんで謝んの。店が繁盛してるのは良い事だろ」
「そうですけど……、あっ! そうだ、チケットありがとうございます! 春さんから貰いました! 俺も悠希さんもめちゃくちゃ楽しみにしてて!」
「おー、頑張るわ」
またしてもキラキラとした顔で、ライブ楽しみにしてます! と興奮気味に話す良介に、こいつもかなりコロコロ表情が変わるよな。と可愛い弟のような存在がまた一人出来た気分で雅が笑いながらも会計を終え、ひらりと良介に手を振ってから受け取りカウンターの方へと向かった。
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