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第一章 王国、離縁篇
PV1万記念閑話: ヴィクトールの悪夢
「っ······うっ······」
ヴィクトールは今まで幾度となく見た同じ悪夢から目を覚ました。
「此処は······」
周りを見渡せば、自分の見知ったものではない簡素な部屋に、ルドアニアの自室には絶対に無いであろう木目調の家具が目に入る。
身体を起こすと、悪夢によるものだろう汗が薄い白地のシャツを濡らし肌に張り付いていた。
「鬱陶しい」
美しい漆黒の髪を掻き上げて、汗ばんだ額を拭う。そしてその黄金に輝く瞳を細めた。
直ぐに部屋に掛かっている魔法を探知すれば、リチャードの防御魔法が幾重にも張り巡らされており、胸を撫で下ろす。
十歳になった頃から、父に命じられて戦場に出た。
あの頃は自分の膨大な魔力量を制御できず、大変だったものだ。制御するのに気を取られ、寝ている間に張ってあった防御魔法が解けていた、なんて事は少なくなかった。何度、戦場にいた女に、寝ている所を襲われそうになったか。
寝台から立ち上がるとシャツを脱ぎ去り、部屋にある小さな窓を開けた。立て付けが悪いのだろう、タガタと音がして窓が開き、ひんやりとした夜の冷気が顔にあたる。
「レベロン王国か」
窓に映る自分の仮の姿に、見慣れない街の景色。
ヴィクトールは、レベロン王国へ舞踏会参加のために訪問に来ていた事を思い出した。
直後、セドリックから念話の気配がするがヴィクトールはそれを無視した。どうせ、自分の魔力の揺らぎを感知して心配し、繋いできたのだろう。もう子供ではないのに······。
ふっ、と表情を緩め過去に思いを馳せる。
セドリックには自分の魔力の揺らぎを、いつ何時でも感知できるようにしてある。何処で魔力が暴走しても、セドリックなら直ぐに分かるのだ。
過去、何度も戦場で抑えきれない魔力をセドリックに制御してもらったことか。
それからヴィクトールは目を伏せ、いつも通り、悪夢について黙考する。
あの悪夢はもう何度も見た、同じ夢を、何度も。
ルドアニア皇国の皇帝として邪龍を討伐しに行くのだが、その戦いの後に全てを失うのだ。
そう、全てを。······とはいっても、具体的に何を失うかは、全く分からない。感覚としては、虚無、といった所だろうか。
この悪夢で魔力が揺らぐ程に苦しむ理由も、はっきりとは分かっていない。いつも、夢の中の記憶は断片的なのだ。
だがヴィクトールは、きっと戦いのせいではないだろう、と考えていた。その後に何かがあるのだろうとは分かっているのだが、それが全く分からない。
ただ、あの邪龍はきっと我が国の女神『サーシャ』の······。と、そこまで考えてヴィクトールは思考を止めた。
「これ以上はやめるか」
ふぅ、と息を吐き王城の方を見る。夜更けだというのに所々に灯りが点っており、ヴィクトールはその灯りをじっと見つめた。
「リリアーナ」
ポツリ、と呟けば広がっていくこの感情。
太陽の陽だまりのような温かさと、真夜中の冷気の冷たさが混じり合ったような、なんとも言えない感覚が身体の中を駆け巡り、指先がピリピリと痺れる。
胸の辺りが騒騒と揺さぶられ、居ても立っても居られなくなり、髪を掻きむしった。
早く、俺のものになれば良い。
分かってはいるのだ、此処でリリアーナを連れて帰っても、すぐには本当の意味で自分のものにできるわけではない事くらい。
ルドアニア皇国の『慣らし五夜』なんて馬鹿な習慣が無ければ。今すぐそれを取り去ってしまえれば、彼女は誰の手にも触れられずに自分のものになるのだろうか?
八年、彼女を一目見たときから妻にと思ってきたのだ。
ヴィクトールは拳を握りしめた。
「絶対に、おまえだけを愛すると誓おう」
美しい貴女は、果たして許してくれるだろうか。
ヴィクトールが最後に放った言葉はあまりにも小さく、闇夜に閉ざされたレベロン王国の街に消えていった。
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