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35. 大切な人を、助けたい

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「ヴィクトール様ッ!!?」

 リリアーナはロンファに抱えられた血だらけのヴィクトールを見て顔面蒼白で駆け寄る。
 そして意識のない彼を強く抱きしめた。

「いやああァァ!いやッいや!!だめ、ヴィクトールさまああ!!」

 直ぐに口づけをしようとして、隣にいたロキが阻止する。

「リリアーナ様!今ここはドラファルトだ。公の場でそんな口づけなんて······!」
「離してぇッ!イヤあァ!ヴィクトール様がいなくなったら私······死んだ方がマシよ!!」

「リリア!そんな事を言うな!······とりあえず。転移しましょう。兄上との結婚指輪を重ねて、前に少し教えたように自身の名前と『真名』を呼んだあと、転移魔法、と」

 ロキが怒鳴り、びくりと肩を揺らしたリリアーナは、コクリと頷いてから瞳を閉じた。

「私リリアーナの元に命じます。『レイ』と共にルドアニア皇国の皇城へ転移魔法を発動します」

 ヴィクトールと共に一足先に掻き消えたリリアーナを見て、ロキは周囲に声を張り上げる。

「緊急事態としてオレが指揮する。オレと、リューイ姫はこのまま皇国に転移。シャルロッテはジョシュアの怪我の経過観察と援助を、影は表に出てクレハ嬢を護衛しながらすぐに此処を出立し皇国へと帰還せよ」

 そしてロキはリューイの腕を掴むと、直ぐに転移魔法を発動した。

 四人が皇国へと転移で緊急帰還を行い、ロキの伝言通りに動き始めて部屋からいなくなる。
 ルイネは目の前で顔面蒼白で茫然と立ち尽くすロンファに近づいた。

「ロンファ様······何があったのですか」

 ロンファはルイネの言葉に顔を上げ、ふらふらと歩きながら椅子に腰かけると一点を見つめたまま口を開いた。

「僕のせいだよ······全く、情けないッ······!」

 頭を抱えて涙を浮かべたロンファの目の前に跪いたルイネは、その肩に手を添える。

「ロンファ様の所為?どういう事なのですか?」
「これでヴィクトール先輩が死んだなんて事があったら、僕の所為だ······。どうしたらいいだろうか。分からない······こんな大事になるなんて······」
「ロンファ様。何故、貴方様の所為なのです?ご一緒に討伐されたのではないのですか?」

「······いや。僕は弟を失った恐怖で怖気づいてしまったんだよ。ヴィクトール先輩は僕を庇いながら戦闘したんだ。それで僕を庇って······」
「皇帝陛下お一人で討伐したのですか?とりあえず、ここで話をしていては埒が明きません。一先ず、陛下は皇国の方々にお任せして、我々は現場に行きましょう。事後処理をきちんと行わなくては」

 ルイネに促されるようにロンファは立ち上がると翼を出す。
 二人は邪竜の亡骸がある戦いの場であった草原まで飛び立った。



 遠方からでも分かるその大きな竜の亡骸を視界にとらえたルイネは、隣を無言で飛行するロンファに問いかける。

「あれ、ですか?」
「うん······」
「あれ、を皇帝陛下お一人で?」
「うん······」

「【支配ドミネート】ですか?」
「あぁ、いや······。それは分からなかった······んだ。いつもの【支配ドミネート】の魔眼ではなかった気がしたんだけど。確かに瞳は赤く染まっていたけどね。僕が見た時には急に邪竜の身体が光って、それから直ぐに倒れたんだ······」

「はい?いきなり、ですか?」
「うん。で、気絶しているだけなのかと思ったんだけどね。魂の感知は引っかからなかったんだよ」
「魂ごと破壊された······と言うのですか?!一瞬で?!」
「まあ、そんな感じさ。あの先輩なんだ。きっと僕たちの知らない魔法が使えるんだろう」

 ルイネは真下に倒れている巨大な邪竜の亡骸を見下ろす。
 もしかしたら、自分達の知っている【支配ドミネート】の魔法以上の魔法が使えるのかもしれない。
 【支配ドミネート】の域を出た何かを使用したか。魂を【支配ドミネート】したのか。いずれにせよ、あまりにも危険。
 最悪このまま死んでくれた方がドラファルトにとっての脅威とならず良いのかもしれない。

 そんな不謹慎な事を考えるルイネの隣で、ロンファは一人討伐時の状況を思い出そうとしていた。
 だが、何度思い出そうとしても、脳裏に浮かぶのは「リリィ、すまない」というヴィクトールの謝罪の言葉と悲痛な表情だけで。
 自分の弱さが招いた事だと悔しさにギリッと歯を噛み締めて、火剣を振り上げと詠唱を始める。


「我は竜王ロンファ・ドラファルト。神剣フランベルジュの使い手である。魂をも燃やし尽くす劫火よ、ここに顕現しこの邪な存在を消滅せよ!」


 ロンファの怒りか、神剣自体の怒りか、血の様に深紅の劫火を纏った剣が顕現する。
 感情の抜けたロンファの冷たい瞳が邪竜の亡骸を捉え、身体を串刺しの様に上から貫く。
 剣を突き刺したロンファは一言だけ言葉を発した。

「【神炎爆破シンエンパァオポ】」

 邪竜の亡骸はその赤い炎に包まれ、焼き尽くされる。
 それをじっと見つめていたルイネは、ロンファの隣に降り立つとその炎の中を覗き込んだ。

「あれは······?何か光っていますね」
「ん?」

 炎が収まり、邪竜の物と見られる骨の中に見つかったのは白と黒の二つの美しい水晶だった。
 ロンファはそれを手に取るとまじまじと中を覗き込む。
 ちらりと何か映像のようなものが見えてロンファは首を傾げた。

「······なんだろう、誰かの記憶、かな?分からないけど、なんとなくそんな気がする」
「神剣の使い手になり感度も向上したのでしょうか?それにしても、記憶とは······。もしかして、この竜、記憶喰らいだったのでは······」
「······記憶喰らいの邪竜、か。また厄介な。そんなのは神話級だと思っていたよ······でもそうか。であれば、この記憶は皇国に返した方がいいな」

「お見舞いに行かれるのですか?」

「ああ、これはお詫びの品としようか。ヴィクトール先輩が無事であることを祈って······。さっさと事後処理を終えて明日にでも転移と飛行を使って皇国まで行こう」
「······私、転移できないのですけどね。はい。承知致しました」

 ルイネとロンファは事後処理のため竜王宮へと戻った。
 こうして、彼らは翌日、せめてもの償いとして、水晶と毒消しポーションなどを持って皇国へと向かったのである。
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