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メンタル弱めヒロイン

ヒロインのメンタル、弱すぎませんか!?〜悪役令嬢は国外追放されて推し騎士に会いたいので、王子の婚約者の座を譲りたい

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「あれ? ここってもしかして、乙女ゲーのSWEET LOVE PARTYの世界じゃない?」

 そう私が気づいたのは、ゲームの物語ストーリーが始まる、学園入学イベントの前夜だった。

「あれ? 私って……?」

 鏡で自分の顔を確認する。切れ長の瞳に、くるくるロールのツインテール。意志の強そうな口元……。

「悪役令嬢のロール嬢!?」

 ローリア・ローラー。ローラー公爵家の一番末っ子の娘だ。髪型名前全ての要素から通称ロール嬢。父母兄友人ほとんどの人が本当にロールと呼ぶのだ。

「……ロールって悪口の一種じゃない?」

 いや、今は、そんなことはどうでもいい。私がロール嬢でゲーム開始イベント前夜なら、もう王子との婚約は済んでるし……。

「国外追放目指して、ガンガンヒロインをいじめるぞ!」

 私の推しは、断罪後の国外追放のときにロール嬢の護衛として派遣される、名もなき騎士だ。皆が口々にロール嬢を悪く言う中、騎士として紳士的な態度を一人だけ最後の瞬間まで崩さなかった。その性格イケメンに加えて、甘いマスクに鍛え抜かれた肉体が多くのプレイヤーの心を掴んだ。
 あまりの反響に、名もなき騎士の背筋と腹筋チラ見せお着替えポスターが限定で発売され、瞬く間に売れた。転売はものすごい額になっていた。私はクリック戦争に勝利して、ポスターは家宝にした。あー! ポスターもこっちに持ち込ませて!
 ちなみに、名もなき騎士は、追放先の隣国の騎士っていうことが、ゲームクリエイターがポロリとSNSで呟いた中に書かれていた。10分後に消されたけど。


 とりあえず、名もなき騎士に出会うには、追放エンドを目指すしかない。このゲームには、処刑エンドはなかったし、ヒロインをとことんいじめ抜かないと……できれば、本当にはいじめたくはないから、いじめるよりはいじめる風がいいけど……最悪ヒロインと数人を買収する方法も模索しておこう。
 王子? あんな単なるイケメンに興味なんてない! しかも、私は貴族令嬢ですら柄じゃないのに、王妃なんてめんどくさそう!




◇◇◇

「よし、イベントの始まり……」

 木の影にこっそり隠れながら、入学式に向かう人たちを見送る。校門近くは見通しが良くて隠れにくいから、もっと隠れやすい場所でイベント起こしてほしい……。





「わ!」

「大丈夫か? すまなかった」

「いえ……ごめんなさい。緊張して、前をよく見ていなかったので。あ、ズボンに泥がついてしまいました! 払いますね?」

 しゃがみこんで、ポンポンと王子の膝の泥を払う女子生徒。ヒロインの男爵令嬢だ。平民として生まれ育ったけど、父親が男爵の爵位を継承してから、母親とヒロインを男爵家に迎え入れたという。礼儀知らずではないけど、斬新な発想が王子に気に入られたとかゲーム内の説明に書いてあったはず。
 制服と上からの角度的に、あの豊かな胸元がチラリしてそう。なるほど。王子の趣味はああいう感じか。私とは程遠いな。あれは無い物ねだりでいじめたくなる。ヒロインが満面の笑みで、王子を見上げて……王子、もう落ちたな!?
 顔を赤くして微笑む王子の姿に、私は思わずガッツポーズをした。王子の好みはロリ顔ボインか。ツインテールが似合いそうだが、ヒロインは、ロリ顔を気にしているのだろう。ピンクのストレートの髪をボブに切り揃えている。でも、前髪ぱっつんは幼く見えると思うよ? 


 私は、走って入学式の会場に向かった。終わったら、中庭で待ち伏せして、ヒロインをいじめないと!


「なにやってたんだろう? 今の人……」

 誰かの声はロール嬢の耳に届くことなく消えていった。







◇◇◇

「間に合った!?」

 クラスメイトに何人も話しかけられて、抜け出すのに時間がかかってしまった。

 初いじめイベントだ。ゲーム内でも、いじめというより常識を教えてる気がするし、是非ともその方向で頑張りたい。

 確か、最初のセリフは、「今朝方、王子に縋り付いていらっしゃったってお聞きしましたわ? 淑女として、下賎な行動はお控えなさいませ。それに、あの方は、あなたが気軽に触れていい方ではなくってよ?」だったはず! 暗唱できるくらいだ。名もなき騎士様のスチルがどこかに隠れてないか調べるために、ひたすらプレイしたのだ。当初売れる予定のなかったキャラだから、なにも見つからなかったけど。





「わぁ! 風が!」

 ヒロインの登場だ。スカートが捲り上がりそう……ヒロインラッキースケベ多くない? お色気タイプ?

「ちょっとあなた」

「え、はい」

「今朝方、王子に縋り付いていらっしゃったってお聞きしましたわ? 淑女として、下賎な行動はお控えなさいませ。それに、あの方は、あなたが気軽に触れていい方ではなくってよ?」

「え、あの方、王子様だったんですか!?」

 そうそう。ここでヒロインは、初めて王子だと知るのよね……それで、今朝の出来事は事故だし、学園では平等を謳っていると反論してきて……。

「わ、わ、私……!」

「私?」

 そんなセリフあったかしらと首を傾げる。

「そんな高貴な方にぶつかってしまって、殺されてしまうのでしょうか!? は! もしや、あなたは暗殺者!? 私を殺しにいらしたのですね!? 私なんて風に飛ぶ砂……いや、花粉のような存在です。人様の迷惑にしかなりませんから……死にたい」

「いや、待って、ネガティブすぎない!? メンタル弱すぎない!? 砂も花粉もなんでそんなピンポイントの例えなの!? いや。王子はあなたの胸元見てにやにやしてたわよ!? どこからどう見ても令嬢の私が暗殺者!?」

「え、こんな下賎な者の粗末な物を見せやがって、殺してやるってニヤニヤなさってたんですかね?」

「あなたの中の王子像、サイコパスすぎない!? あなたのそれは、羨ましいくらい立派よ!? 誇りなさい!?」

「肩凝ったり、男の人にニヤニヤ見られたりつつかれるだけで、美人でもない私には余分な物です……。王子様にも目をつけられるし……」

「何? あんた、全くない私に喧嘩売ってるの? こちとら美人でも胸元見て、ため息つかれるわ! あ、王子が乳に釣れたって、公言しないようになさい? あなたの身分だと、不敬と騒ぐ輩もいると思うし、それこそ殺されるわよ?」

「ひぃ! 殺される! でも、私なんて殺された方がいいんじゃ……」

「よっし、いじめから路線変更、作戦変更! あなた、私の代わりに王妃になるために生きなさい。全てを教えてあげるわ! あなたの生きる理由はそれよ!」

「あんなイケメン王子様なんて、たとえ身分が釣り合っても無理です……裏でいろんな女と遊んで捨てられたり、酷い目にあうんです……それに私なんかが王妃になったら、国民が許してくれませんー!」

「だから、何その王子への偏見!? あの王子イケメンで優しくて、王妃も王もいい人で超お買い得物件よ!? 婚約者の私が言うんだから、間違いないわ! 国民はシンデレラストーリーを受け入れるに決まってるじゃない! みんなが文句言えないように私が教育してあげるし!」

「なんでそんな優良物件と結婚しないんですか?」

「私には推しがいるのよ! その人に会うためよ!」

 冷めた視線でヒロインに聞かれたせいで、真面目に答えてしまった。


「なるほど……」

「あなたは、あの出会いで王子のことをどう思ったのよ? 素直な気持ちで聞かせなさい。私もいろいろ言っちゃったんだから!」

「えーと、その、かっこよくて優しくて素敵だなって思って、」

「うん。そう思って?」

「私には絶対釣り合わないし、殺されるって」

「だからなんでそこに戻るのよ! めんどくさいわね、あんた! 気に入ったなら手に入れようとすればいいじゃない!?」

「ふぇーん!」

「なんで泣いた!?」





◇◇◇

「疲れた……」

 あの後、ヒロインを落ち着かせた後、一時間かけて、王子のことを気になっていると認めさせて、私のために王妃になりなさいと説得した。

 ゲームでも、私が王妃になるエンドだと国内貴族のパワーバランスが崩れて国が崩壊したし、ヒロインが王妃になった方が国民のためにもなるのよね。
 話す予定なんてなかったのに、貴族のパワーバランスについてやら、いろいろ話しちゃったわ。国のためにお互い頑張ろうって話になったけど……。



「あの子、絶対定期的に“私なんて”ってなるわよね……はぁ」





◇◇◇

ー翌朝

「おはようございます。ロール様! やっぱり、私なんて……」

「あら、ごきげんよう。……あなた。下の者から上の者に話しかけていいと思っているの? 貴族社会のルールを教えてあげるから、私についていらっしゃい?」


 ロール嬢が男爵令嬢を指導していると言う噂は、瞬く間に広がった。指導なのかいじめなのか、影でこそこそ噂されているらしい。


「ロール様! あの男爵令嬢にマナーをお教えになるの、私たちにも手伝わせてください」

 ゲーム内で取り巻きと言われていたお友達たちが、そう懇願しに来る。そんなことをさせたら、お友達たちも罪を被って、婚約破棄の連鎖劇が起こってしまう。まぁそれは、ヒロインちゃんは目指さなさそうな逆ハーエンドだけど。

「いいえ。このように人々に嫌がられる行動は、次期王妃となる私が行うべきことですわ。皆様のお手を煩わせるなんてことをしたら……私……」

 そっと口元に手を当て、悲しそうな表情を浮かべる。我ながら演技派だ。

「次期王妃として……私は相応しくないと、お父様に申し上げないといけないですわ……」

 私の微笑みに周囲は慌てる。家同士のつながり的に私が王妃にならないと困るお友達が多いのだ。まぁ、ヒロインちゃんが王妃になっても問題ないようにしておくから、安心してね!
 仲のいいお友達以外でも、ライバル関係になるような家もなく、我が家が一強だ。まぁそのせいで私が王妃になったら、あまり仲のよくないお家から下剋上が起きたりして国が崩壊するんだけど……。

「私たち、ローラ様のお邪魔になることはいたしませんわ!」

「そうおっしゃっていただけると、助かりますわ」

 微笑みを浮かべると、皆様、ほっと胸を撫で下ろした。





◇◇◇

「……君は、先日の……」

「王子様と知らずに、失礼なことをしてしまって申し訳ございません」

 ヒロインちゃんが、王子とのイベントをこなしていく。

「気にしないでくれ。また君に会いたいと思っていたのだ」

 王子! ボインに視線が吸い寄せられてるけど、あんまりじろじろみないで!! あ、ヒロインちゃんは視線に気づかずに話してる! よかった。

 あの王子の顔以外のどこがよかったのかわからないけど、無事、ヒロインちゃんも王子のことがしっかりと気になり始めたようだ。ゲーム内だと、わからない描写しかなかったけど、あの王子……彼女の魅力的なものに釘付けすぎることない?

「君の名前を教えてくれないだろうか? 私は、この国の第一王子、スチュアートと申す」

「あ、あの……」

 だめだあいつ! 心折れてきてる! ストーリーとは違うけど、乱入するしかないかな!



「あらあら? アイリ・ボインバディ男爵令嬢じゃない。私の婚約者であるスチュアート王子とこんなところで二人きりでなにしてらっしゃるのかしら? 婚約者のいる異性……いえ、異性とこんなところで二人きりでいるなんて……変な噂を立てられても存じ上げませんわよ?」

 いえいえ、じゃんじゃん噂を立ててください! そして私を国外追放してください! と心の底で叫びながら、二人に近寄る。これで王子もヒロインちゃんの名前を覚えたよね? 男爵家の名前といい、私の名前といい、このゲーム作った人、安直すぎるよね。

「あぁ、そうか。そこまで気が回らなかった。すまない。ロール」

「次からお気をつけください。王子の行動次第で、彼女にいらぬ批判が集まることもありますから」

 いや、お前もロールって呼んでるんかい! ゲームでは、ローラー令嬢だったじゃん! と思いながら、昔を思い出す。確かに、私がまだゲームの記憶を思い出す前に、“みなさまがロールとお呼びになるので、王子もロールと呼んでください!”って言った気がする。

 やばい。無意識でだいぶストーリーと違うことになってるかもしれないけど……大丈夫かな? まぁ、王子もヒロインちゃんに惚れてるし大丈夫か!
 そんなことを考えながら、ヒロインちゃんに視線を向けたら、目をうるうるしながらこっちを見ていた。完全に助けを求めている目をしている。なにこれ、助け出した方がいい? それともいじめる風で突き放して王子に慰めさせた方がいい? ……仕方ない!


「あらあら? アイリ嬢は、まだ高位貴族との関わり方をわかっていらっしゃらないのね? 私がしっかり教えてあげるから、ついてらっしゃい?」

「はい! ロール様! ありがとうございます!」

「え、男爵令嬢にロールって呼ばれて許してるのか? 公爵令嬢なのに……? いや、なんでもない。ロールは完璧なマナーを知っているから、しっかり教えてもらうと役に立つだろう」

 王子からの絶大の信頼と、ヒロインちゃんからの神を崇めるような視線を感じながら、ヒロインちゃんを連れて、その場を立ち去った。





「……大丈夫?」

「ふぇー! 死ぬかと思いました! というか、あんな素敵な王子様と同じ空間で、私なんかが呼吸するとか会話するとか、不敬で打ち首になるかと思ったら、」

「ならんわ! その程度で!」

「本当にロール様のおかげで助かりましたー! ありがとうございます」

「やっぱり限界だったのね。連れ出してよかったわ」

「あとちょっとで舌噛んで死んでました」

「目の前で突然死なれた方がトラウマものだからね!?」

「そっか……私の存在を目の前から消した方がいいかと思ってましたが、目の前で死んだら迷惑ですね! さすがロール様!」

 きらきらした視線を向けてくる、ヒロインちゃんのメンタルの弱さやらネガティブさやらアホさやらに、頭を抱えてしゃがみ込みたくなる。一応、公爵令嬢として、自室以外ではそんなことをしないが。

「わかってくれたなら、とりあえず、死なない方向で生きなさい」

「わかりました! 高位の方々の目の前では、死なないように誠心誠意努力します!」

「いや、生きろよ! というか、誰の目の前でも死ぬな!」

 せっかくだから、ついでに、高位貴族や王族との会話のマナーやらを教えておいた。アホだけど飲み込みはいいらしく、さらさらと覚えていく。私はあんなに苦労したのに……! さすがヒロイン! 殺意!


「私なんかが王子と会話したら、やっぱり不敬すぎますよね? 死んだ方がいいですか?」

「王子はあんたの乳に夢中だし、あんたと話せるだけで幸せだから、そんなこと考えない! いざって時は、私が連れ出してあげるから!」

「ロールさまぁ!」

 顔中ダーダーに涙やら鼻水やらで濡らしながら、ヒロインが私に飛びつこうとしてくる。思わず避けた。

「ロール様……やっぱり私、死んだ方が……」

「避けたくらいで死なないの! タオルあげるから、顔拭いて! もう仕方ない! 拭いてあげるわ!」

 少し離れたところに控えてたセバスチャンに声をかけて、タオルを持ってきてもらい、拭いてあげた。私って、ヒロインちゃんのお母さんだっけ?




◇◇◇

「ロールさまぁ!」

 ヒロインちゃんが人目を忍んで、私のところに駆け込んできた。そろそろイベントあったっけ? ……あ、忘れてた。偶然のハグがあるイベントだった気がする!


「私の、せいで、王子様を、穢して……男にしてしまいましたー!!」

 泣き叫びながら飛び込んでくる、ヒロインちゃんの言葉に動揺する。R18!?

「な、場所を変えましょう? な、な、何があったの?」

 小声で話しかけ、ヒロインちゃんを人目につかない場所に連れて行く。



「何をしたの!? 婚前交渉はだめに決まってるわよ?」

「こ、こ、こ、こ、こ」

「落ち着いて」

「婚前交渉なんてしてませんー!!!」

「でしょうね。安心したわ」

「あの、私がまた王子様にぶつかってしまって、ちょっと勢いが良すぎて、王子様を押し倒して、私の粗末な胸に埋めさせる形になってしまって……」

「いやいや王子ラッキーやん」

 ゲームのイベントは、偶然ぶつかったら抱き合う形になって二人が見つめあって、というだけだった。

「王子様の服も私という卑賤な者が触れることで穢してしまって、勢いよくぶつかってしまったせいで王子様も鼻血が出てしまって……」

「それ絶対王子興奮してるやん」

「お付きの方が“王子、男になってしまいましたな”って笑いながらおっしゃられて」

「お付きの方ってロバートでしょ? あいつノリ軽すぎだわ」

「私、私、私、」

「あなた、前にも王子とぶつかった時はニコニコ泥払ってあげたじゃない? あれは?」

 ゲーム開始イベントの時には、朗らかなヒロインだったはずだ。

「あのあと、懺悔のために自分の新品の教科書に“バーカ死ね”って書いて、ぐちゃぐちゃにしました。表紙を見るたびに、自らの存在を反省してます」

「それ、いじめって噂されるわよ!? そういうこと!? ロール嬢の身に覚えのないいじめって、セルフ!?」

「ろ、ロール様? どうなさいました?」

「突然冷静になって、私に引かないの!」

 ふぅ、と息を整えて、ヒロインちゃんに話しかける。

「とりあえず、王子はその胸に埋もれて喜んでたから万事ハッピー! オッケー?」

「よくわからないけど、処刑されなくてよかったです」

「ほぼほぼ処刑されるような話じゃないから」

「あ」

「あ?」

「王子のお印である指輪、間違えて盗んできてしまいました!」

「どうやったらそんなものを間違えて盗むの! というか盗むな! いや、それこそ即刻処刑物だから、偶然胸元に入ってたとでも言って返してらっしゃい!!」

「ひぇ! 返してきますー!」



 胸元を指差しながら話したら、鼻血を垂らしながら、許してもらえたと報告され、私は一安心した。
 本当に王子でいいの? ヒロインちゃん……

「どうやって胸元を指差したの?」

「こうやって、服を前に少し引っ張って」

「そりゃ王子も鼻血出るわ! お前ちょっと恥じらいを知ろうか?」

 ヒロインちゃんを全力で叱って、淑女というものを教え込んだ。一般常識も教えないといけないかもしれない。いや、淑女のふりをするための仮面の被り方をしっかり教え込もう。
 私は、このヒロインちゃんと王子はお似合いかもしれないと思い始めた。





◇◇◇

 順調に王子とヒロインちゃんは距離を縮めて行っているようだ。定期的にヒロインちゃんから報告が来る。ヒロインちゃんは、私以外にはいじめられていないようで、マナーや教養も、次期王妃として十分に認められるレベルになっているだろう。
 私のヒロインちゃんへのいじめの噂は広まっているが、王子は一切信じていないらしい。え、無事国外追放してくれるのかしら?



「あら、ごきげんよう?」

「ロール様。ごきげんよう。少し相談がございまして…お時間よろしいでしょうか?」

「まぁ。では、場所を変えましょうか」

 もう立派な淑女に育ってくれた。私も安心して、国を任せることができるわ。



「ロールさまぁ! 私ごときが、王子を穢してしまいましたぁ!」

 前言撤回。全く成長はない。仮面を被るのはかなり上手くなった。まぁ、師である私も仮面をかぶって生きてきたから。
 このレベルなら、ヒロインちゃんも王妃として、対国内なら、完璧と思わせることができるだろう。国外となると、まだ少し不安を覚えるから、ギリギリまで教えてあげたいけど、私には国外追放が待ってるし……。


「何があったの? しっかりなさい?」

「お、お、お、」

「お?」

「お手が触れてしまいましたぁ!」

「美人な店員に手が当たった男子高校生かて!」

「何言ってるんですか?」

「ごめん。ちょっとトリップしてた。大丈夫よ。向こうも喜んでいるわ」

「え、私みたいに、ドキドキして手洗えないなって思ってますか?」

「あなた、思ったよりもがっつり恋してるわね!? なってるなってる、大丈夫!」

「じゃあ、王子が近くにいるかもと思うとちょっと声が大きくなっちゃったり、無駄に髪の毛セットして登校したりしちゃってますかね?」

「やけに具体的ね? その髪型、私と出会った時と全く一緒に思えるけど……違うの?」

「ロール様と会ってない日は、結構右に流れたまま登校してましたが、最近は、入学した時みたいに毎日きちんとまとめてあります!」

「王子いなくても髪の毛セットして登校しようか? そんな自慢げにすることじゃないわよ?」

「あと、いつでも処刑されて問題ないように、遺言も持ち歩くようにしてます!」

「え、それどっち方向でプラスなのか、少し説明してもらってもいいかしら? いつでも王子と関わってもいいようにってこと?」

「さすがロール様!」

「いや、さすがちゃうし」

「安心して死ねます!」

「死ぬなって! 私のために生きなさいって言ってるでしょう?」

 相変わらず、放っておくと死にそうなヒロインちゃんの面倒を見ながら、婚約破棄イベントについて思いを馳せる。そろそろパーティーの時期だし、イベントが起こってもおかしくないわね。



◇◇◇

「まぁ! 隣国との友好記念パーティーを開催するそうよ」

「楽しみですわね、ロール様」

「えぇ。隣国との関係は重要ですもの」

 婚約破棄イベントへの期待に胸が膨らむ。よりによって相手は隣国だ。そのまま、隣国に騎士様と一緒に追放されることになるかもしれない。おめかしして、荷物も少し持っていこう。
 ゲーム内の婚約破棄のパーティーって、隣国関係あったっけ? 興味ない設定はあんまり覚えてなかったからなぁ。




「ロールさまぁ! 王子様が下賤な私めに、こちらを下賜してくださったのです! どうしましょう? 罪に問われますか?」

 パーティー用のドレスを、王子がヒロインちゃんに用意したようだ。
 胸元はしっかり隠れるデザインで、王子の瞳の色がチラチラと見え隠れする。これだけ胸元隠しちゃうと逆に強調される気がするんだけど……まぁいいか。

「それを着て、しっかり婚約破棄してちょうだい? パーティーで贈られたものを着ない方が失礼にあたるし、罪に問われるわよ?」

 そう言って脅すと、ヒロインちゃんは少し顔を青ざめさせて、こくこく頷く。

「わかりましたぁ! 婚約破棄については、王子様に確認しておきますね! そうそう、推し騎士さんの姿絵、こんな感じでよろしいですか?」

「これよ! これー!!」

 ヒロインちゃんには絵心があった。推し騎士の絵が欲しいと言ったら、いろいろ聞きながら素敵なポスターを描いてくれた。これを抱いて国外追放されるわ。これさえあれば、たとえ本物に会えなくても、生きていけるわ。いや、できることなら会いたいから、会わせないなんて運命にしないでください、神様! 仏様! 全ての神様!

「よければ、もう一枚、描いてみたんですけど、いります?」

「いるー!」

 差し出された姿絵は、一枚目よりも完璧だった。話を聞いただけでよくここまで描けると感心する。まぁ、画材屋まで二人で出掛けて、色味まで真剣に選んだんだけども。

「すごいわ。まるで本物を写したみたいよ。よく描けたわね。はい、お礼のお菓子よ」

「これこれぇ! たまんないんですよ、ありがとうございますぅ!」

 以前、軽い気持ちでお菓子を分けてあげたら、ヒロインちゃんはお菓子の依存状態かのようになってしまった。だから今回は、お礼としてお菓子をたくさん用意したのだ。

「ロール様こそ、騎士様と会ったことがないお知り合いだというようにお話しされるから、勘違いしていまいました。どちらで、出会われたんですか?」

「え? 会ったことないわよ?」

「え?」

 二人で顔を見合わせる。何か言いたげなヒロインちゃんは、言葉を飲み込み、話を変えた。

「ロール様は、隣国への国外追放が希望で、騎士様とご一緒に、がいいんですよね? 王子にその方向で進めてもらうように話せばいいですか?」

「お願いします!」

「ロール様、国外追放されて、平民として生きていけるんですか?」

「それはその……なんとかなるわよ!」

「公爵令嬢として生きてきたのに?」

「大丈夫よ、きっと!」

「どうやって生計を立てるおつもりですか? 騎士様と追放されても、一緒に暮らせないですよね? お一人で、ですよね?」

「だ、大丈夫よ!」

 いざって時は、前世の商品開発したらしたら、生きていけるんだよね…? 転生チートってそういうことだよね?






◇◇◇

「ふー、いよいよ明日か」

 ヒロインちゃんに市井で生きていくことの難しさ、大変さについて、コンコンと説かれた。あれから、もう少ししっかりと準備をした。
 ヒロインちゃん曰く、婚約破棄の方はいい感じに準備できているらしい。


「ロールさまぁ! 私なんかが王子様と結婚って死んだ方がいいですか?」

「ここまで頑張ってきたじゃない!? 死なないでちょうだい!」

 相変わらずのメンタル具合ではある。






◇◇◇

「今ここで、皆に伝えたいことがある」

 ついに始まった。婚約破棄だ。


「私、第一王子とローリア・ローラー嬢の婚約を破棄する」

 周囲がざわりとする。ん? ローリア様ってどなたかしらって声が聞こえたような……あなた、私のお友達でしょ!?

「……ごほん。ロール、こちらへ」

 “ロール”という名と私の姿を見て、みなさま納得したらしい。お前ら、私の名前はロールじゃなくてローリアよ!

「そして、アイリ。こちらへ」

 ヒロインちゃんが呼ばれて、王子の横に立つ。所作は完璧。表情も安心感のある微笑みだ。目が合った瞬間、ヒロインちゃんから、助けを求める叫び声が聞こえた気がするのは気のせいだろう。
 王子は王子で、私ですら色気に負けそうな微笑みを浮かべて、ヒロインちゃんを見つめている。ボインを見つめてなくて安心した。

「私は、アイリ・ボインバディ男爵令嬢……いや、ローラー公爵令嬢との婚約を結ぶこととする」

 ヒロインちゃんの後見人をローラー公爵家ですれば、全てが問題ない。公爵家の人間が、溺愛する私に関して、王家にまで口出ししたから、国内のバランスが崩れた一因であるって、ゲームの中で王子が言ってたし、これでお友達の家にも国民にも問題ないはずだ。
 お父様やお兄様の説得は、骨が折れたけど、国のことを考えているアピールをしたら、感涙を流しながら喜ばれた。ごめん、私利私欲のため。

「そして、ローリア…いや、ロール嬢を隣国に、」

 よしきた! 準備万端の国外追放!

「ロール嬢」

 後ろから心地のいい声が聞こえてきた。そっと振り返ると、憧れて推していた名もなき騎士様が微笑んでいた。

「これからよろしくお願いしますね」

「は、はい! こちらこそ! 不束者でしゅが、よろしくお願いします!」

 噛んだ! 恥ずかしい!

「……両国の友好の証として、婚約を締結してもらうこととなった。ロール、それでよろしいか?」

 王子に何か確認されたが、騎士様に夢中で、あまり聞いていなかった。

「……失礼。婚約が締結されれば、ロール嬢は私の婚約者となるので、スチュアート王子はいくら幼なじみでも、呼び捨てで呼ぶのはやめていただきたい」

「わたしのこんにゃく?」

 騎士様の口から出てきた言葉に、私は口をパクパクとする。

「ロール様。やっぱり聞いていらっしゃらなかったんですね? 憧れの騎士様とロール様は、婚約して隣国へと行くことになるのですよ」

 一枚目の絵姿を頼りに、見つけ出しました! と、ヒロインちゃんが自慢げに微笑んでいる。ヒロインちゃんがいろいろと動いてくれたようだ。


「ねぇ、どうしよう」

 ヒロインちゃんの服を摘んで問いかける。

「私なんかが騎士様と結婚するなんて、烏滸がましすぎて死にそう」

「大丈夫ですよ。ロール様がいつも大丈夫とおっしゃっていたじゃないですか!」

「そうね、そうね、そうね」

 パニックに陥りながら、微笑みを浮かべ続ける。淑女のお面はこの程度では剥がれない。

「これからも、私が国外との交流で出る時は、助けに来てくださいね」

「え?」

「騎士様の身分も、聞いていらっしゃらなかったんですか?」

 ヒロインちゃんが、他の人に見えないように呆れ返った表情を浮かべる。私よりも仮面が上手くなってる気がするんだけど?

「まぁいいです。あとで自分で聞いてください。国外との交流の時には、きてくださいね?」

 ちらりと顔を向けると、騎士様が微笑みを浮かべて、こちらを見てくださっている。もう何も聞けません……。
 ぷしゅーと音が聞こえそうな勢いで私の顔は赤くなる。多分、淑女の仮面の上からもわかるだろう。





「幸せになりましょうね、ロール」

「は、はいぃぃぃ」
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