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3章 混線×混戦

●反則ドロップと噂のお守り

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 そのとき、
「ちょっと待って!」
――――ガラガラガラ。
 と音を立て、部屋の戸が開くのと同時に声がかかった。

「え?」
 わたし達は一斉に戸の方に視線を集める。
 そこには幸太郎を腕に抱える戸田さんの姿があった。
「戸田さんに、コータロー!?」
『ミサキ……』
「ユーリ、姿を見せないからどうしたかと思えば。何をしていた?」
 想像していた通り、二人は知り合いのようで、そう松代君は声をかける。
 けれど、戸田さんは質問には答えずに、
「イッセイ君。わたしもう協力するの止めることにしたよ」
 薄笑いを浮かべると松代君にそう言った。
「何だと!?」
「今まで幼なじみのよしみで手伝ってきたけど、イッセイ君は、一に占い二に占い……三四はなくて五に占い……。そんなのに付き合わされるの、もううんざり!」
 何だろう、これっていわゆる修羅場っていうやつなのかな。
 どうしよう。わたし見ていていいの?
 そんなことを思っていると、戸田さんの視線がこちらへと向く。

「本田さん、さっきはごめんね。手荒なまねして」
「まあもう痛くないし、それは平気だけど……」
「ふふふ、許してくれてありがとう。許してもらえたところで。あのね、イッセイ君があなたと取引したいのは、このドロップスなんだよ」
 そして、手に持っていた小瓶のようなものを差し出すようにして見せてくる。
「小瓶……?」
 中には、彩り鮮やかに光るドロップスが入っているのが見える。
「ユーリ、どうしてそれを!?確かにこうしてここに……」
 松代君は自分の制服のポケットを探り、彼もまた小瓶を取り出すが、そのとたん顔色を変える。
「中身が変わっている!?」
「ふふ。ごめんね、さっきすれ違いざまに入れ替えさせてもらっちゃった」
 戸田さんは悪戯な微笑を浮かべると、小瓶を揺らしてみせる。
 中のドロップスがからからと音を立てる。

「何ていうスリの手口だ……」
 松代君はガックリと肩をうな垂れる。
「でも、ドロップスがどうして取引に?」
 ドロップスで魔法が解けるとは思えないけれど。
「このドロップスは、心身の状態を整えて魔法を使うのに最良の状態を作るものなの。これ自体には魔力はないけど、一粒口にするだけでその人の持っている魔法を使う力を引き出すの」
「すごいマジカルグッツだね……」
 ちょっと反則なくらいだ。
「ふふふ、そうだね。このドロップスは、アホマホサークルの母体、アホマホ協会に相談してイッセイ君が手に入れたものなの。イッセイ君は占いだけじゃなく、魔法にも研究熱心だから、研究のためと言ってね?」
「ああ……」
 アホマホサークルってそんな大きな母体を抱えているのか。
非常にどうでも良いけれど、ここまで重要な存在になってくると、そうも言っていられないみたいだ。
「本田さんがイッセイ君の運命の女性で、しかも魔法がかかって困っていることを知らなければ、こんな風に取引に使うことなんてなかったと思うけど……」
 戸田さんは表情を曇らせけれど、
「こうなっちゃった以上、わたし徹底的に邪魔しようと思うの」
 すぐに妖艶な笑いを浮かべる。
 すごいな戸田さん、何か、魔女っぽい、と感心してどうする、という感じだけれど。

「ユーリ、そのドロップスをどうするつもりだ?」
「ふふふ。今日のうちはどうにもしないよ。わたしの手元に置いておくだけ。でも――――」
 そう言葉尻を濁しながら、戸田さんは腕の中の幸太郎を見る。
 そして、
「……考えておいてね、横堀君」
 わたしのところまでは届かない小さな声で幸太郎に何か囁いて、それから腕から放した。
 幸太郎はわたしのところまで駆けてくると、手を拘束している布を噛み千切り、解放してくれた。
「ありがとうコータロー」
『まーな。これくらいしか出来ねーし』
「何か、元気ない?」
『そんなことねーよ、平気』
 本人は言うけれど、様子が少し変だ。
 こんな風に助けてくれたなら、感謝しろよ!とでもうそぶきそうなのに。
「それじゃ、みんなまたね。イッセイ君も、ね?」
 微笑を浮かべてから、戸田さんは踵を返していった。
「待て、ユーリ!」
 と松代君は追いかけようとするけれど、さっきまで自分で座っていた大きな椅子に蹴つまずいて進行を阻まれていた。
「……」
 わたしと幸太郎、そしてご老人が無言で見守っていると、
「何か突っ込みを入れられたほうがましだ!」
 と松代君は叫びながら、戸田さんを追いにいった。
 よろよろと出て行く松代君が少し心配になったけれど、
「本田さん、部活動の方に戻っていただいて大丈夫ですよ。坊ちゃまのことはこのじいやめが何とか致しますから」
 そうご老人に声をかけてもらったので、部活に行かせてもらうことにした。
 というより、部活に出るはずが拉致されることになったのだから、まあ、当然の権利なんだけどね。


 部活に戻るとまずは鰐淵先生のヒステリックな叱りを受けて、それから休憩時間中には先輩や同級生から、午前の強面連中は何?と質問攻めにされた。
 鰐淵先生もなぜかその輪に入ってきて、
「あの紫の髪をしていたイケメンは誰なの!?」
 とひたすら聞いてきたけれど、そんな人には心当たりがなかったのでスルーした。
 強面軍団については、どう説明して良いのか良く分からなかったので、クラスメイトの火恩寺君の友人たちが駆けつけてくれた、とオブラートにくるんで話した。
 そのときに火恩寺帰ってきたの!?と皆が皆どよめきの声をあげていたのは、きっと、火恩寺君の血みどろ武勇伝を聞き及んでいるからだろう。
 口々に、近づいて平気なの?ガン飛ばしてきたりしないの?顔怖いでしょ!?と心配してくれる。
 最後のはたいがい失礼だとは思うけれど。
 平気じゃないのはそういうところじゃない、と説明するのは面倒だったから、平気、と答えておいた。
 そんな会話をしていると、
「でもさー、今の時期に火恩寺が帰ってきたのってラッキーじゃない?そんで、火恩寺と仲良くしてる本田は、案外抜け目ないっていうかさ」
 今井先輩がそんな風に言う。
「どういうことですか?」
 わたしには理由が不明だったけれど、他の人たちは、
「あ!確かに」
 と納得が言った様子だった。

 隣で話を聞いていた由紀までそんな様子なので、わたしは小声でどういうこと?と聞いてみる。
「火恩寺君って、火恩寺(カオンデラ)の息子でしょ?あそこって寺だけど、その奥に焔生神社っていう守護神を祭っている神社があるんだよ。いつも夏祭りやるのそこじゃん?」
「ああ、そういえば、そんな名前だっけ?」
 夏祭りには最近顔を出していないし、石段の多い神社だなーという記憶しかない。
 由紀の話を受けて、今井先輩が続ける。
「その神社には、焔の縁伝説って言うのがあってさ、よーするに縁結びの神様を奉ってるわけ」
「そうなんですか」
「そう。そんで、神社でも縁結びのお守りが買えたりするわけだけど、夏祭りの二日間だけ数名限定で、もっとスペシャルなお守りがゲット出来るという噂があるんだ」
「ゲットした人いるんですか?」
「いないから盛り上がってるんでしょうが!」
 高塚先輩が声を上げる。
「ご、ごめんなさい!」
「真実のほどを火恩寺に聞いてみようにも、そういえば最近顔ないし、見たとしてもあのいかつい雰囲気に声なんかかけられないし。そういう意味で火恩寺と仲良くしてる本田は有利じゃないの!ってこと」
 高塚先輩は鼻息荒くそう説明してくれた。
 仲良くというより、何だか姐御扱いされているというのが正しい気がするけれど。

「で、どうなの本田?何か聞いてない?」
「いいえ、何にも。というかわたしも昨日帰って来たの知ったばかりなんで」
「ナンセェェンス!」
 高塚先輩はすごい声で叫んで、わたしを指差す。
「目の前に餌があるのに飛びつかないなんて、ナンセンス!飛びついても逃げられるわたしはもっと、ナンセンスだわ~……あはは」
「せ、先輩?」
「ごめん本田。高塚のやつ、クラスの仲良い男子に告白してまたふられてるから……」
 今井先輩が小声でそう教えてくれる。
「は、はあ……」
 また、ってことは以前にもそういうことがあったのかな。
 すごいな高塚先輩。穂波君を好きと言いながら、そこまで手広く手を出しているとは。

 高塚先輩は、両手を顔の前で合わせると、
「お願いだから、本田さぁん。火恩寺に聞いてきて~。あわよくばお守りもらってきて~。高校最後の夏に一人なんていやぁ!」
 しまいには猫なで声になって、そう言ってくる。
「わ、分かりました。もしも機会があったら聞いておきますね」
 そんな風に言われたら、こう答えるしかなくなる。
「いいなー高塚。本田、わたしにももらって来てよ?」
 白木先輩が便乗してそう言うや否や、
「彼氏出来たやつは黙っとけボケェェ!お守りにすがるしかないわたしに譲れ、バカァァ!」
 高塚先輩の情念満タンの声が飛ぶ。
 ああ、何だかもう、どうしたらいいのやら。
「ははは……」
 わたしの含めその場にいたみんなが薄笑いを浮かべる。
 皆笑っとけ、笑って誤魔化しておけという雰囲気が満ちていた。

 もう夏休みも中盤過ぎた今になって、もしお守りパワーで彼氏が出来きるとしても、ほんとギリギリなスケジュールだな、という突っ込みがみんなの胸の中にあったのだと思う。
 そんな時ようやく、鰐淵先生の集合の合図がかかりホッとしたのだった。


 練習が終わり更衣室を出ると、ちょうど男子更衣室から出てきた穂波君と鉢合わせた。
「おつかれー」
 と声をかけると、穂波君もそう返してくれてこちらにやって来た。
「本田さん、練習遅れてたけど、何かあったの?」
 心配をかけていたみたいだ。
「少しごたごたしたことがあったけど、大丈夫だよ」
 ごたごたの内容が多すぎて説明し切れそうにないから、こう言った。
「そう?ならいいけど。もし何か大変なことがあるなら俺に相談して欲しいな」
「うん。そのときにはお願いするね。あ!」
 そういえば、お昼作ってきてくれたのに、戸田さんとのことがあってなおざりなままだった。
「うん?どうしたの?」
「穂波君。お昼作ってきてくれてありがとう。昼ばたばたしていたから、ちゃんと感想言いそびれちゃって。美味しかったよ」
 わたしがそう言ったとたん、穂波君の顔がボッと赤くなる。
「あ、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
 穂波君は自分で爆弾発言したり大胆な行動をしたりするわりに、人のちょっとした発言には感度が良い気がする。
「本田さんよければ、明日も作っていってもいい?」
「わたしは嬉しいけど、穂波君大変じゃない?」
「大丈夫だよ。家族の分も作るから、4人分も5人分も一緒だし」
「そ、そんなに作るんだ……」
 というか、本当に主婦みたいなことやっているんだね、穂波君。
「それに。本田さんのためなら、全然苦じゃない。むしろ幸せなんだ。好きな人のためにご飯を作って、シャツにアイロンかけて、お風呂を沸かして待っている。帰ってきたら、キスで迎えて、夜は一緒の布団で眠るんだ。そんな日が来るのを待っているから」
 そう恍惚の笑みを浮かべながら、穂波君はこちらを見つめてくる。
 そんな彼の背後に花が散って見えるのは、幻覚?
 何か答えを求めるような穂波君の眼差しに、どうしていいのかと困り果てたわたしは、
「え、えーと、穂波君って専業主夫希望……?」
 ぼんやり濁した返答をする。
「外に働きに出るよ。でも、心の中はいつだって奥さんを待っているんだ」
 ああ、もう既に分からない……。
「ああ、話し込んじゃったね。ごめん引き止めて」
「ううん」
「一緒に帰ろう、と言いたいところだけど、今日のところはやめておく。……も必要だし」
「え?」
 最後のところが良く聞き取れなかった。
「何でもないよ。実はこれから妹を保育園に迎えにいかなくちゃいけなくて。だから、誘わない。残念だけど」
「そうなんだ?」
 あの、手先の器用な妹さんかな。
 わたしがそんなことを考えていると、
「それじゃ俺行くね。本田さんも気をつけて帰って。昼間のこともあるし」
 穂波君はバッグを肩にかけ直すと、そう言った。
「うん、ありがとう。また明日」
 わたしが手を振ると、穂波君も振り返して、それから踵を返し去っていった。
 さてと、わたしも帰ろうかな。
 まほりは部活が遅くまであるらしいし、幸太郎を探して一緒に帰ろうかな。
 そう思って玄関まで下りていくと、タイミングよくそこには幸太郎が待っていた。
 
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