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3章 混線×混戦

●焔の絆伝説

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「魔法5日目(仏滅)」

 その日、朝起きて2階の自室からダイニングへと降りていくと、そこにはなぜか火恩寺君がいて、出社前のお父さんと話をしながら朝ご飯を食べていた。
 昨日屋根の上からの登場を見ているので、ひょっとしたら今日も家のどこかにいるのかも、という予防線を張っておいたからそうは驚かなかったけれど、寝起きに出くわすと視覚的な意味で衝撃的だ。
 金髪に小麦色の肌、黄緑のタンクトップという組み合わせは、寝覚めの目には痛い。

 わたしを見とがめると、
「姐御、おはようございます。失礼させていただいてます」
 と元気な声で挨拶してくれるのも、耳に痛い。
「おはようー」
 寝ぼけた頭を抱えたまま顔を洗い、髪を整え、ようやく頭がはっきりし始めたところで、あることを思い立つ。
 縁結びのおまじないのことを火恩寺君に聞いてみよう。
 わたしが洗面所から帰ると、ゆき姉ちゃんも降りてきていて、食卓についていた。
 そしてさっそく火恩寺君にデートの誘いを開始している。
 うちの家族って、ものすごく柔軟に出来ているなあ~とお母さんのよそってくれたご飯に納豆を混ぜ込みながら思っていた。
 お父さんなんて、火恩寺君のことをタツと呼び出しているし、お母さんに至ってはタッちゃんなんて呼んでいる。
 わたしだけ取り残されている感があるけれど、家ではいつものことなので気にしない。

 ゆき姉ちゃんの誘いに、火恩寺君がうんうん唸っている隙を狙って、
「火恩寺君、ちょっと聞いてもいいかな?」
 と質問をはさむことにする。
「何ですか?」
「なぁに、ミサ。わたしが先に誘ったんだから、ミサは駄目よ」
「い、いや、そういうんじゃないよ。あの、火恩寺君の家って神社とお寺があるんでしょ?」
「はい、菩提寺の火恩寺と守護神社の焔生神社があります。姐御、俺の家のこと、知ってくださっているんですか?」
 火恩寺君の目がらんらんと輝き、背後にはパタパタと尻尾をふっている幻想が見えた。
 何この幻想……。
「昨日まで知らなかったんだけど、昨日部活の先輩とかチームメイトに聞いたんだ」
「そうなんですか」
「それでね、明日から夏祭りでしょ?そのときに、その焔生神社でスペシャルな縁結びのお守りが売られるっていう噂が流れているらしんだ。その真実のほどを聞いて欲しいって、先輩に言われて」
「ミサ、縁結びなんかに興味あるの?」
「ゆき姉ちゃん、話聞いてた……?」
 火恩寺君は腕組をしながらうーんと考え込み、それから、
「多分、本当だと思いますよ」
 と言った。

 とたん、
「嘘っ!?スペシャルなのだったらわたしも欲しい!」
 ゆき姉ちゃんが色めき立つ。
 縁結びなんか、と言っていたわりに、切り替えが早い。
「ゆき姉ちゃん、彼氏いるのに……」
 数回に及ぶ浮気を許してくれているとっても奇特な彼氏が。
「常に変化を求めるのがわたしなのよ!」
「はいはいはい……。それで、本当ってことは今年も売られるの?」
 恋に燃えるゆき姉ちゃんは放っておくことにして、火恩寺君に尋ねる。
「それが、ちょっと分からないんです。あのお守りが他のお守りと違うところは、最後の花嫁の装束の切れ端が入っているところらしいんですけど。もうそろそろ、その切れ端も終わりに近いって話を親父がしていて」

 最後の花嫁の装束の切れ端……何か、大切なワードっぽいけれど、何のことだか分からない。
「最後の花嫁?」
「何だ、ミサは知らないのか?」
「今の子には、あまりメジャーじゃないのかもしれないわねぇ」
 わたしがそう言うと、両親ともどもそんなことを言う。
「え?お父さんもお母さんも知ってるの?」
 そう聞くと、二人共頷いて、
「この土地に古くから伝わる、焔の縁伝説だよ」
 と声をそろえて言う。


 焔の縁伝説。
 そういえば、そんなことを今井先輩も口にしていた気がする。
「ああ、もうこんな時間か。すまないね、タツ。ミサに話してやってくれないか?」
 お父さんはそう言いながら席を立つ。
「はい、お父上、是非に俺が」
 火恩寺君はお父さんに頭を下げる。
 多分、お父さんもこういう時代劇めいたのりが楽しくて、乗っかっているのだと思う。
 去っていく背中がうきうきして見えた。
「姐御、さっそくですがお時間のほどは?」
「うん、まだまだ出る時間じゃないよ」
 火恩寺君は居住まいを正すと、
「では、火恩寺の名の下に、焔の縁伝説を話させていただいても構いませんか、姐御?」
 そう正面から見すえ、尋ねてくる。
「う、うん。お願いします」
 火恩寺の名の下に、とか銘打たれてしまうと、少し驚く。
「わたしも聞きたいわあ」
「わたしも約束まで時間まだあるし、聞いてこうかな。知らなかったしその伝説」
 そう言ってお母さんとゆき姉ちゃんも話しに加わって来た。
「それでは、お耳を拝借――――」
 そんな切り口で、火恩寺君の話は始まった。


※※※


 わたし達が今住むこの土地は、昔、巨大な一体の龍の支配する土地だったそうだ。
 北は連峰の尾根に抱かれ、南は海に囲まれた肥沃なこの土地は、寒暖差が激しくなく、人々にとって住みやすいところだった。
 そのため、龍の存在を知らない者たちがいつしか集い村を作ってゆき、人々は田畑を肥やし、子を作りこの土地に住み着いた。

 そんなある年、長き眠りから覚めた龍が村を襲った。
 龍は自分の土地に勝手に住み着いた人々に怒り、鎌首をもたげ、尾を古い家屋を壊し、口から焔を吐き田畑を焼き尽くしたのだ。
 その年から、龍は毎年晩夏の雷雨とともに目を覚まし、村を襲うようになった。


 毎年の襲撃に人々は困り果て、ある年、村長が断腸の思いで決断をくだすこととなる。それは、村一番の美しい娘を生贄にささげ、龍の怒りを鎮めようというものだった。
 選ばれたのは、薬師の一人娘。
 娘は村のためになれば、と舞い装束に身にまとうと、村人の作った祭壇で舞を舞い、用意された木箱に自ら入り、龍の棲む大穴へと運ばせた。

 お囃子の音により例年よりも早く目覚めていた龍は、箱ごと娘を迎え入れ自らの花嫁とした。その年は龍が村を襲うことはなかったのだ。
 けれど、次の年になると、再び雷雨とともに目覚めた龍は村を襲い始めたので、村長はある定めごとを村の中に作ることにする。

 年頃の娘のいる家のものは、すべて村長に報告し、毎年必ず村で一人の龍の花嫁を立てなくてはならない、という定めだった。
 娘を持つ親の中には、この定めに従わないものもいたが、必ず村の掟によって裁かれて罪人の烙印を押され辛い刑に処されたため、多くのものはこの定めに従うようになっていったのだ。


 行く年かが過ぎ、何人もの娘が生贄にされる行為が、慣例となり始めた頃。
 その年の花嫁に選ばれたのは、ある織物師の末娘だった。
 その織物師は既に上の娘を二人龍の花嫁として捧げていたため、この娘だけはどうしても失いたくない思いでいた。
 織物師は娘と昔なじみの青年に、どうか娘を守って欲しいと頼んだのだった。
 青年は村一番に腕の立つ若者であったし、娘とは憎からぬ仲だったため、二つ返事で引き受けてくれた。
「大丈夫です。僕は焔に好かれているから」
 という言葉とともに。

 娘は村のものの手によって装束を着せられ、お囃子にあわせて舞いを舞った。そして木箱に入り、龍の大穴へと連れて行かれる、ここまでは、例年のとおりである。
 龍と鉢合わせると食われてしまうというので、箱を担いできた若者はすぐさま引き返していったが、一人紛れ込んでいた例の青年だけその場に残っていた。

 木箱の中で震える娘に、青年は、
「僕がお守りしますから。安心してください」
 と声をかけ慰めていた。
 ほどなくして龍が穴から顔を出し、青年を襲う。
 花嫁以外のものは、龍にとって邪魔者でしかなかったからだった。
 青年は龍の攻撃をかわすと、砂を投げ龍の視界を奪い、その隙に木箱から娘を連れ出すと、安全な場所に座らせた。
 驚いた龍は闇雲に焔を吐き散らし、辺りを火の海にした。
 そして低く笑う。
「邪魔するものは焔の中に消え去るがいい」
 と。


 けれど、青年が龍の吐いた焔に触れるいやいなや、業火はその勢いを失い、ゆらゆらとただ揺れる小さな焔へと飼いならされていく。
 青年は焔を自らの手でより、縄手にすると、龍を縛り上げた。
 この青年は、龍が初めて村を襲ったときに吐いた焔から生まれ出でた、類稀な存在であった。そのため、焔を操る力を持っていたのだ。

 暴れる龍をいなし、青年は龍に、この土地の護り神となってくれと言う。
龍が住まうすべての生き物に幸いを与える代わりに、人々は年に一度龍への感謝の意を込めた盛大な祭りを行うという交換条件だった。
 龍は自らの吐いた焔によっていなされてしまう自らを嘲笑い、青年の交換条件を飲んだ。
「焔は我から生まれしものだ。故に我を焔生の龍を呼べ」
 と言い、龍は一筋の焔を吐くと、たちまちどろどろと音を立て土となり大地に溶けていった。

 龍の残した一筋の焔を青年は手に取ると、自分の左手の薬指にその片端を結びつけた。
 そして、龍が消えたのを知り青年のもとへとやって来た娘に、求婚した。
 娘は驚きこそしたが、かねてより思いを寄せていた青年からの申し出に、首を縦にふる。
 そのとたん、青年の指に揺れていた焔は娘の薬指へと絡まり、二人を結びつけた。
 龍の加護を始めて受けることとなったのだった。
 龍の加護を受けた二人は、龍の焔の縁によって結ばれ、末永く幸せに暮らしたのだという。

 以降この二人の末裔がこの地を護り続けていくことになった。
 彼らの子孫たちは、時代が下るにつれ先祖達の眠る寺を建て菩提寺とし、火恩寺と名付け、一方、焔生の龍を祭る神社として、焔生神社を建て、年に一度の祭りを取り仕切っているのだという。
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