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5章 大混乱

●まわりくどい熱情物語

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 わたしは、色々と幸太郎の沽券に関わる方法で逃げ出して、まほりの傍に駈け寄っていく。
 想像通り、戸田さんは落とし穴にいた。
 戸田さんはすっかり怯えきった顔をしてこちらを見上げている。
 そんな様子を見たら、手荒すぎる作戦だったのかもしれない、と少し後悔した。
 けれど、そうまでしてでも聞きたいことがあるのは本当だから、まほりと二人で戸田さんを引き上げた後に、わたしは、
「こんなまねして、ごめんね、戸田さん。でも、どうしても聞きたいことがあるんだ」
 そう言った。
 わたしの言葉に、戸田さんの顔はためらいの色を見せながらも、静かな調子で、
「さっきの……。イッセイくんのことを好きって言ったの、本当?」
 そう尋ねてきた。すごすごと宿舎に戻る松代君の後姿に、その視線が注がれる。
見ると、戸田さんの瞳が揺れている。
 声の調子がおっとりとしていて、見た目も大人っぽくて、わたしからすればお姉さんっぽく映っていたこれまでの戸田さんとは、まるで違った。
 今の戸田さんは、ほんの小さなことにも揺れ動きやすい女の子、だった。

「さっきのは、嘘なの。ああすれば、戸田さんが出てきてくれると思ったから」
 わたしが言うと、戸田さんは肩を撫でおろして、
「そっか……」
 小さな声でそう言った。それから、小さくため息をついて、
「もう一人で頑張るの、疲れちゃった。勝手に暴走して馬鹿みたい……。横堀君のことも、わたしのせいなの」
 そう続けた。
「戸田さんのせい?」
「ふふっ、責めていいよ。本田さんの身体と大事な幼なじみを消しちゃったのは、わたしなんだから」
 自嘲気味に戸田さんがそう言うから、責める云々よりもまず、不思議に思った。
 どうして、戸田さんはこんな風になってしまったんだろう、と。
「今言ってたことが本当だとしても、きっと何か理由があるよね。戸田さん、何だか悲しそうだもん」
「……本田さんと横堀君って似てるね」
「こ、コータローと似てる!?それって、どう受け止めたら……?」
 しかもこの場で唐突に何故そんなことを言うのだろう、と思う。

「うん、似てるよねー。ミサと会ってまだ数時間だけど、コータロー君と似てると思うもん」
 わたし達のやり取りを見守っていたまほりが、尻馬にのる。
「ふふふっ。椎名さんから見てもそうなんだね」
「そうなんだ。見ていてたまーに、ぐごきぃとしたくなるときがあるの」
「そうだね、鈍感な人を見ているとたまにそういうのはあるかもしれないな。わたしの場合は、ぐしゃあ、かな」
 二人してちらちらっとわたしを見ながらそう言うものだから、
「ちょ、ちょっと待ってよ!話の方向がおかしな方に行ってるよ!ていうか、怖い擬態語使わないで!」
 わたしこそがぐごきぃ、ぐしゃあとされそうな気がして、慌てて会話に入る。
「ふふっ。本当にはしたりしないよ。ただ、本田さんは、そういう風にちゃんと反応してくれて、真っ直ぐな言葉をかけてくれるから、ついね」
「ついって……」
 確かに、戸田さんがこういう冗談を言うイメージはなかったけれど。
 ちゃんと話を聞かなくちゃ、と張っていた緊張の糸が緩んでしまいそうになる。

「本当は、わたし、本田さんのこと嫌いになりたかったんだけどな……。なれない」
「それは、松代君がわたしのことをファム・ファタールって言っているのと関係があるの?」
「……」
 戸田さんは言いづらそうにして、目を逸らす。
「そういえばね。祭りのときの謎男先生の彫像、窓際に置いたら、開運だって聞いたんだけどー。お姉は彼氏が年齢を30歳も誤魔化していたのが分かって大喧嘩になるし、パパはわたしが誘拐されたって言って身代金要求されるし、ママは宇宙人詐欺に引っかかっちゃうし。何か運気低下してるんだ。何でだろう?」
「な、何で今そんな話を……?」
 というか、突っ込みどころ満載の運気の下がりかただ。
 何、宇宙人詐欺って……?
「開運したいなら、謎男先生を窓じゃなくて玄関に置かないと――――」
「え?戸田さん、何で謎男先生のこと知ってるの?」
 思わず戸田さんの顔を見ると、戸田さんはしまったという顔をする。
 まほりはその顔を見て、当たったね、と呟く。

「どういうこと?」
「ミサが話していた占いのおねーさんは、戸田さんだったってことだよ。わたしは実際には会ってないけど」
「占いのおねーさんって……。確かブッコミ占いの……」
 祭りの日にまほりがくじを引いたといっていた占いの屋台の看板には、そう書かれていた。
でも、わたしがその名前を知ったのは、そのときが初めてじゃない。
「松代君の通いつけの占い師も、ブッコミ占いをしてくれるって聞いたけど……」
「そ、それは、ブッコミの、占いは、その。通いつけのは、あのね……」
 わたしの言葉に、戸田さんがしどろもどろになっていく。
 その様子を見て、薄っすらと事情が見えてきた気がした。
 ブッコミ占いに消えた幸太郎、そしてあの変な夢。
 そして、今までの戸田さんの不可解な行動。
 すべて一つの要素に繫がっているような気がした。

「戸田さん、知っていることを話して欲しいんだ。きっと、松代君の占いのこととコータローが消えたことは無関係じゃない、よね?」
 わたしが言うと、戸田さんは腹をすえた顔になる。
「きっと、本田さんが聞きたいと思っているのは、馬鹿馬鹿しい、ただの空回りがすべての話だよ」
「戸田さん……」
「けどね……聞いて欲しいとも思っちゃった。それに横堀君のことは、本田さんに一番話さなくちゃいけないことだと思うから」
「じゃあ……」
「うん。お話するね。それは、わたしが楽になりたいだけなのかもしれないけど――――」



 戸田さんと松代君は、幼なじみで、戸田さんの後を泣きべそかいた松代君がついて行くような微笑ましい幼少時代を過ごしていたという。
 その頃から既に戸田さんは、『可愛いイッセイくん』のためなら何でも出来る、というくらいに松代君のことが好きだったらしく、その思いは、ある日松代君が言った、
「占い師はかっこいいな」
 という何気ない一言に反応して占いの勉強を始めるくらいの熱情を秘めていた。
 ある日、それとなくタロットで占いをしてあげたところ、松代君がいたく満足したのを見て、戸田さんは本腰を入れて占いの勉強をし、中学生くらいのころから、駅前に小さな露店を構えて占いの実践をするようになった。
 ひとえに、松代君をもっと喜ばせるために。

 ちょうどその頃から、松代君は過剰なまでに占いに心酔するようになり、占いによって一日のスケジュールが大きく左右されるようになっていったのだという。
 「今日は恋愛運絶好調。好きな人をデートに誘うといいかも」と占いに出れば、好きな人もいないのに、誰彼構わずデートに誘い、「今日はちょっと不調かも。自重をしましょう」と出ればいくら健康体でも病院に精密検査を受けにいく……。
 とまあ尋常じゃないくらいに占い中心の生活になってしまったらしい。

 そんな様子を見て、戸田さんは、松代君が占いの結果次第で誰とでも付き合ってしまうんじゃないか、と心配していたものの、そういう事態になることはなく、今までどおり幼なじみとして親しく交流をしていた。

 けれど、今年になって、松代君のお父さんがちょっとした風邪からすっかり気を弱くして、松代君に次期社長として身を固めろと言い始めるようになったという。
 身を固めろ、なんて16、7の松代君に言うのもおかしな話だけれど、自分の体にすっかり自信をなくしてしまった松代君のお父さんにとっては、自分の亡き後の会社や家族の安泰が一番大事なことだったみたいだ。
松代君には上に何人もお姉さんがいるけれど、息子は末っ子の松代君だけだから尚更期待が大きかったらしい。
 ちょっと大げさだけれど、気持ちは分からなくもない。
 お父さんにそう告げられ、生真面目な松代君は本当に自分の結婚相手探しを始めた。
 これが戸田さんには寝耳に水だった。
 そして、松代君が誰かと結婚してしまうのは、嫌だと思い、占い師として暗躍することにしたのだ。

 古今東西の占いをごちゃ混ぜにして、独自の解釈を加えた占いを強引に編み出し、今までの露店をリニューアルし、ブッコミ占いの占屋を建てた。
 それから占い師の自分を自分で松代君に紹介し、お得意さんにすることに成功した。
 松代君の周囲の事情をことごとく当てている(実は元々知っている)うちに、松代君は占い師である戸田さんに全幅の信頼を置いた。
 そして――――
 “ボクの古今東西すべての占いを混ぜ込んだブッコミ占いによれば、キミの席の北西の方角に運命の人がいるですぅ!一緒にいれば、金運、愛情運、学業仕事運うなぎのぼりのすんばらしい相手ですぅ!ソウルメイトと言っても差し支えないですぅ!今すぐその子のところに言って、愛をささやくですぅ!”。
 松代君にそう告げて、暗に、自分を結婚相手に選んでもらおうとしたらしい。
 確かに、松代君の席から北西の方角には戸田さんの席がある。

 けれど、どうやら精密に方角を測ると、北西は戸田さんの前の席、つまり……わたしの席になるようで、そのために松代君はわたしを運命の相手だと誤解してしまったらしいのだ。
 運命の女(ファム・ファタール)=本田美咲、と松代君は思い込み、どのようにしてわたしに接近しようかと思案しているときに、まほりがアホマホサークルの会長とわたしを取り巻いている厄介な状況を話しているのを聞き、例の取引を考えたらしい。

 そんな様子を黙って見ていられなかった戸田さんは、ドロップスを取り上げ、松代君に宣戦布告した。同時に、幸太郎に魔法を解く代わりに松代君とわたしとの接近を阻んでほしいという取引を持ちかけた。

 そんなこんなで幸太郎との取引をしたものの、戸田さんの心の中には、松代君がわたしを運命の女だと思っていることへの憤りが居座っていて、何か他に方法はないか、と考えていたらしい。
ちょうど、松代君に龍が取り付いたという話をわたしから聞いたことをきっかけに、ある方法を思いついたらしい。
 龍が松代君に取り付いているのであれば、龍の身体は空いているかもしれないと、戸田さんは考え、龍の体をのっとり、その力で松代君の中の『余計なもの』を消そうとした。

『余計なもの』
――――つまり、松代君の中の占いの比重を軽くし、運命の女へこだわることを止めさせようと考えたのだ。
 戸田さんは、古くから龍のねぐらとして知られている洞穴へ行き、ドロップスを使い龍の身体を手にいれた。
 そして、くしくも、動物になったり、身体が入れ替わったりしていたわたしたちの前に姿を現し、わたしの姿の幸太郎をさらっていった。

 その後ねぐらに連れ帰る途中で、何故か龍の力が暴走し、戸田さんは気を失ったのだという。
 気づいたら、あの奇妙な夢の中に戸田さんはいた。

 始めは何もなかった夢の世界だけれど、戸田さんが望めば、望んだままのものが現れた。
えんえん幼少時代を繰り返し、松代君は戸田さんを一番に思い、わずらわしいものは何も生まれるわけのない、そんな世界が誕生したのだ。
 けれど、何故かあとから、わたしや幸太郎、まほりや穂波君、火恩寺君などが現れ、それぞれの望みが少しずつまざり、夢の世界が変わり始めてしまったらしい。
 それを快く思わなかった戸田さんは、夢の世界を修復しようと思いった矢先に、幸太郎がこの夢の不可解さに勘付き、そして、

――――邪魔をしないでね?
 その一言が魔力を持ち、幸太郎を消してしまった。
 そして、その瞬間に夢から覚め、気づいたら宿舎の自室にいたのだという。
 しばらく過ごしていて気がついたのは、松代君が占い好きではなくなっていることと、戸田さんと松代君が幼なじみとは言え今は大して親しくない関係である、ということだった――――。
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