48 / 59
5章 大混乱
●寒くてもしらん
しおりを挟む
「やっぱり、こんなのみ―
―――ぎゃあああ!」
「やっぱり、こんなのみ――――ぎゃあああ!」
女の子の悲鳴と、
「その決闘、ちょっと待った!」
男の子の声が、朝の静寂を切り裂いた。
「え?……うわっ!」
何事か、と認識する前に右腕を引かれつつ足を払われ、背中から地面に叩きつけられる。
けれど、フワッと背中から何かに包み込まれるような感覚があっただけで、痛みはない。
ここのところの、踏んだり蹴ったりのせいで、痛みに慣れてきているとか?
そんなことを考えていたから、
「悪い横堀。ちょっと焦って投げてしまった」
薄青の空を背景に、穂波君が手を差し伸べてくる。
その手を掴み、わたしは体を起こした。今、わたしを投げ飛ばしたのが穂波君?
じゃああの悲鳴は?
「穂波、一体何事だ?」
すっかり興をそがれた様子の松代君が、不機嫌そうに言い放つ。
「胸騒ぎがして起きてみれば、ちょうど窓の外で横堀とイッセイが決闘をしているのが見えてね。イッセイに先を越されてはたまらない、とこうして割って入ったんだ」
「決闘なんてしてないけど……」
「何を今更……。頭突きをしようとしていただろ?」
「いや、あれは……」
「新たなる分野への挑戦をしていたのだ。邪魔をしないでくるか?」
いつになく語気を強くして松代君がそう言う。
何故か唐突に、一触即発の雰囲気だ。
「挑戦も結構だけど……。その前に、横堀には俺と闘ってもらおうかな」
「はい?闘う?」
「昨晩の屈辱忘れはしないよ。不意打ちとはいえ、この俺が背を床につける羽目になるとは思わなかった」
「あ、あれは悪かったと思ってるよ」
「それだけじゃない。意識をして見てみれば、横堀の傍にはいつも髪質のいい女の子達が集まっている。盲点だったと思ってね。俺が学園の帝王に君臨するには、横堀、君を倒さないといけないようだ」
「……」
理解が出来ない。
言いたいことはこれっぽっちも理解できないけれど、穂波君がこの世界でもやっぱり変な人だということは十分に理解できた。
「勝手なことを言うな、穂波。横堀はこれから、僕と未知への探求をするのだ」
「安心していいよ、イッセイ。横堀を倒した後で、君も十分に伸してあげるから。君にも髪質の良い幼なじみがいるようだしね。君を伸した後で、存分にヘアアレンジをさせてもらうことにするよ」
そのとき、目の端にちらちらと何か見えた。
よく見てみると、まほりが片手を振って、もう一方の手で近くの地面を示している。
その地面だけ色が違い、掘り返されたあとがあるのが遠目にも分かった。
まさか……戸田さんは落とし穴の中に?
「カズシ、闘いなんかしなくても、俺の負けでいいから。それよりも俺はこれから用事があるんだ」
「僕以上に大事な用事なのか?」
「残念だね。横堀には、俺と闘う以上に大切なことなんてないよ」
勝手に、変な三角関係が形成されつつある気配がそこはかとなく漂っている……。
これ以上の面倒ごとはごめん、と思い、逃げ口上を切り出す。
「悪いな、けど、これは一番大事な用――――!」
けれど、言い終わらぬ間に、穂波君の蹴りが飛んでくる。
くしくも身体が勝手に反応し、当たらずには済んだけれど、それが余計に穂波君を逆上されることになったようで、今度は反対の足が攻勢に出てくる。
「は、話は最後まで聞いて!」
「問答無用だよ。さあ、かかってくるんだ」
「かかって来ているのはそっちだよ!」
「横堀、まだ話が終わっていないだろう!」
松代君は松代君でわたしの腕をひしっと掴んで離さない。
すぐに行ける距離に戸田さんのいる落とし穴があるというのに、飛ぶ蹴りとしつこく引かれる腕に阻まれそこに行くことが出来ないなんて……。
行きたいのに行けない、というフラストレーションが徐々に蓄積されていく。
更に、昨夜の睡眠不足が祟ってか、ぐるぐるとネガティブな発想のスパイラルが頭の中で巻き起こる。
大体、穂波君はどういうつもりなんだろう。わたしのことを好きと言っておきながら、こんな状況になったらわたしのことなんてまるで覚えてないし、襲い掛かってくる。
更に松代君なんて、ちょっと押されれば幸太郎ですらアリなんだったら、運命の女の何も関係ない。メダカにだって告白されればよろめいちゃうんじゃない?
……。
考えているうちに、二人が諸悪の根源のような錯覚をしてくる。
加えて、
「隙だらけだよ、横堀」
「用事について、理解できるように説明しろ、横堀」
二人の声がピーチクパーチクと喧しく聞こえてくるものだから――――
襲い掛かる穂波君の足を手で掴み、バランスを崩させると、その隙にわたしの腕を掴んでいた松代君を引き寄せ、穂波君のほうにつき飛ばす。
「な、何を……!」
「……っ」
呆気に取られている二人を前に、わたしは、ぷしゅぅと長々息を吐く。
それから、女の子以上に女の子らしく、
「ベタベタくっついて来られると困るんだぁ☆わたし、すぅっごく大事な用事があるから♪だからね、お前ら二人でソッチの世界にいったり闘ったりしてね★ていうか結婚、はい決定ぇ」
そう言った。幸太郎の声で紡がれるそれはとてつもなく気味が悪い。
気味の悪い言葉を向けられた穂波君と松代君は、その場に立ちすくんだまま、微動にしなくなる。
そして一様に、正気か?という顔をする。うすら寒いその空気を感じてはいたけれど、わたしは無になることにした。
よし、攻撃は止まった。さて、戸田さんのところに行こうか、切り替える。
「わたし、用事があるから行くね♪」
見せしめに、過剰な内股でその場から去ることにする。
「……たら……いな」
後方から、何やらこしょっと小声で聞こえた。
けれど聞こえなかったことにして、内股でスキップをしながら、まほりの待つ木陰へと急ぐ。
幸太郎は、ソッチ側の住人に昇格したかもしれないけれど、そんなことは、私は知らないのだった。
―――ぎゃあああ!」
「やっぱり、こんなのみ――――ぎゃあああ!」
女の子の悲鳴と、
「その決闘、ちょっと待った!」
男の子の声が、朝の静寂を切り裂いた。
「え?……うわっ!」
何事か、と認識する前に右腕を引かれつつ足を払われ、背中から地面に叩きつけられる。
けれど、フワッと背中から何かに包み込まれるような感覚があっただけで、痛みはない。
ここのところの、踏んだり蹴ったりのせいで、痛みに慣れてきているとか?
そんなことを考えていたから、
「悪い横堀。ちょっと焦って投げてしまった」
薄青の空を背景に、穂波君が手を差し伸べてくる。
その手を掴み、わたしは体を起こした。今、わたしを投げ飛ばしたのが穂波君?
じゃああの悲鳴は?
「穂波、一体何事だ?」
すっかり興をそがれた様子の松代君が、不機嫌そうに言い放つ。
「胸騒ぎがして起きてみれば、ちょうど窓の外で横堀とイッセイが決闘をしているのが見えてね。イッセイに先を越されてはたまらない、とこうして割って入ったんだ」
「決闘なんてしてないけど……」
「何を今更……。頭突きをしようとしていただろ?」
「いや、あれは……」
「新たなる分野への挑戦をしていたのだ。邪魔をしないでくるか?」
いつになく語気を強くして松代君がそう言う。
何故か唐突に、一触即発の雰囲気だ。
「挑戦も結構だけど……。その前に、横堀には俺と闘ってもらおうかな」
「はい?闘う?」
「昨晩の屈辱忘れはしないよ。不意打ちとはいえ、この俺が背を床につける羽目になるとは思わなかった」
「あ、あれは悪かったと思ってるよ」
「それだけじゃない。意識をして見てみれば、横堀の傍にはいつも髪質のいい女の子達が集まっている。盲点だったと思ってね。俺が学園の帝王に君臨するには、横堀、君を倒さないといけないようだ」
「……」
理解が出来ない。
言いたいことはこれっぽっちも理解できないけれど、穂波君がこの世界でもやっぱり変な人だということは十分に理解できた。
「勝手なことを言うな、穂波。横堀はこれから、僕と未知への探求をするのだ」
「安心していいよ、イッセイ。横堀を倒した後で、君も十分に伸してあげるから。君にも髪質の良い幼なじみがいるようだしね。君を伸した後で、存分にヘアアレンジをさせてもらうことにするよ」
そのとき、目の端にちらちらと何か見えた。
よく見てみると、まほりが片手を振って、もう一方の手で近くの地面を示している。
その地面だけ色が違い、掘り返されたあとがあるのが遠目にも分かった。
まさか……戸田さんは落とし穴の中に?
「カズシ、闘いなんかしなくても、俺の負けでいいから。それよりも俺はこれから用事があるんだ」
「僕以上に大事な用事なのか?」
「残念だね。横堀には、俺と闘う以上に大切なことなんてないよ」
勝手に、変な三角関係が形成されつつある気配がそこはかとなく漂っている……。
これ以上の面倒ごとはごめん、と思い、逃げ口上を切り出す。
「悪いな、けど、これは一番大事な用――――!」
けれど、言い終わらぬ間に、穂波君の蹴りが飛んでくる。
くしくも身体が勝手に反応し、当たらずには済んだけれど、それが余計に穂波君を逆上されることになったようで、今度は反対の足が攻勢に出てくる。
「は、話は最後まで聞いて!」
「問答無用だよ。さあ、かかってくるんだ」
「かかって来ているのはそっちだよ!」
「横堀、まだ話が終わっていないだろう!」
松代君は松代君でわたしの腕をひしっと掴んで離さない。
すぐに行ける距離に戸田さんのいる落とし穴があるというのに、飛ぶ蹴りとしつこく引かれる腕に阻まれそこに行くことが出来ないなんて……。
行きたいのに行けない、というフラストレーションが徐々に蓄積されていく。
更に、昨夜の睡眠不足が祟ってか、ぐるぐるとネガティブな発想のスパイラルが頭の中で巻き起こる。
大体、穂波君はどういうつもりなんだろう。わたしのことを好きと言っておきながら、こんな状況になったらわたしのことなんてまるで覚えてないし、襲い掛かってくる。
更に松代君なんて、ちょっと押されれば幸太郎ですらアリなんだったら、運命の女の何も関係ない。メダカにだって告白されればよろめいちゃうんじゃない?
……。
考えているうちに、二人が諸悪の根源のような錯覚をしてくる。
加えて、
「隙だらけだよ、横堀」
「用事について、理解できるように説明しろ、横堀」
二人の声がピーチクパーチクと喧しく聞こえてくるものだから――――
襲い掛かる穂波君の足を手で掴み、バランスを崩させると、その隙にわたしの腕を掴んでいた松代君を引き寄せ、穂波君のほうにつき飛ばす。
「な、何を……!」
「……っ」
呆気に取られている二人を前に、わたしは、ぷしゅぅと長々息を吐く。
それから、女の子以上に女の子らしく、
「ベタベタくっついて来られると困るんだぁ☆わたし、すぅっごく大事な用事があるから♪だからね、お前ら二人でソッチの世界にいったり闘ったりしてね★ていうか結婚、はい決定ぇ」
そう言った。幸太郎の声で紡がれるそれはとてつもなく気味が悪い。
気味の悪い言葉を向けられた穂波君と松代君は、その場に立ちすくんだまま、微動にしなくなる。
そして一様に、正気か?という顔をする。うすら寒いその空気を感じてはいたけれど、わたしは無になることにした。
よし、攻撃は止まった。さて、戸田さんのところに行こうか、切り替える。
「わたし、用事があるから行くね♪」
見せしめに、過剰な内股でその場から去ることにする。
「……たら……いな」
後方から、何やらこしょっと小声で聞こえた。
けれど聞こえなかったことにして、内股でスキップをしながら、まほりの待つ木陰へと急ぐ。
幸太郎は、ソッチ側の住人に昇格したかもしれないけれど、そんなことは、私は知らないのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる