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カエル化姫と溺愛彼氏

保護猫の不安

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 大学に行き、事務局に日埜静馬の学部を問い合わせてみても、外部の人には個人情報を明かせないといって、断られてしまう。
 困っていたところに、証明書をもらいに来たという彰文と鉢合わせした。

「あ、カエル化……」
 と言う特殊な呼び名で呼ばれて、声の方を見てみれば彰文がいたのだ。

「今日も約束してんの?瑠璃也呼ぶ?」
 と言われて、思わず首をブンブンと振ってしまう。

「瑠璃也とは別件で用があって」

「へー別件?瑠璃也は知ってる?」

「知らないし、今のところ言えない」
 すると彰文は明らかに面白がっている顔で、
「喧嘩中とか?それともこっそり推し活?」
 と探りを入れてくるので、困り果ててしまう。言い方を間違ったな、と思った。それに、推し活のことを知っているなんて、瑠璃也はどこまで彰文に話しているんだろう?

「喧嘩はしてないよ。寧ろ付き合う前の方が、喧嘩してたかも」

「じゃあ浮気だ」

「違うよ」

「瑠璃也の奴、あれでいて一世一代の初恋らしいから、あんま泣かせないでやってねー」

「え、初恋?あの出で立ちで、さすがにそれは、嘘だよね?」

「そう思うよなぁー。けど、瑠璃也って中身割とサイコだし、変だから、ピッタリな子がいないんだろうな。その点水樹さんはピッタリ。カエル化姫だし、距離感バカなところとか。見た目と中身がミスマッチな感じとか」
 随分とひどい物言いだと思うけれど、かなり当たっているのがまた、辛い。

「彰文くんそれ、褒めてるのか毒はいてるのかどっち?」

「どっちでもないけど、応援してる。瑠璃也の彼女は、俺の幼なじみ同然なんで。で、要件は?」

「絶対、瑠璃也に言うよね?」

「来るべきときがくればね。悪いようにはしないよ」
 上手く言いくるめられた気がするけれど、何も悪いことをしているわけでもないので、とりあえず聞いてみることにした。

「日埜静馬って人知ってる?この前大学にいたんだけど」

「やっぱ推し活じゃん」

「違うよ。実家の遠縁の人みたいで。ちょっと実家関係の野暮用があって」

「日埜のことは知ってる、同じ学部だよ。だから残念ながら、瑠璃也も知ってる。よってこっそり浮気は難しい説が有力」

「そういうのじゃないから。顔が好みじゃないし」
 私が言ったとたんに、彰文は神妙な顔をして、顔の前でバツを作る。

「陰口はやめよう、水樹さん。それ結構傷つくから。俺たちは付き合うかどうかはともかく、好かれていると誤解したい生き物なんだよ」
 どうもこれは、以前言った発言をまぜっかえしているらしい。
「でもまあいいや、繋いであげるよ」
 そう言って彰文はORコードを見せてくれる。

「ありがとう」
 スキャンし登録した後で、トークルームで紹介してもらった。Shizumaのアカウントへメッセージを送ってみる。
「彰文くんから連絡先聞きました。水樹家の力について話を聞きたいです」とメッセージを送る。連絡はすぐに来た。
「いいですよ」
 とシンプルな一文だ。

 彰文にお礼を言うと、
「その連絡が、いけない方向に発展しないことを願うわ」と言って去っていく。発展するわけないよ、と答えたが、その後日埜静馬から送られてきたメッセージが、発展を期待するようなものだったので、警戒せざるを得ない。
「一度、日埜家へ来てみてください」と。
 それはない、と即座に思う。
 でも、瑠璃也にまとわりついていた黒いもやを思い出すと、このままでいいとは思えなかった。

 私といると瑠璃也が汚れてしまう。それは心の奥にはずっとあったけれど、目に見える形で出てきてしまうとは思わなかった。
 ママがいなくなってしまったのに、瑠璃也にも災いが行ってしまったら、どうすればいいんだろう?私には何も残らなくなってしまう、と思った。


 返信は保留にしたまま、サロンに向かう。帰りに迎えに来てくれた瑠璃也と、いつものようにご飯を食べて家に帰った。帰る場所が瑠璃也の家になってから随分経つ。
 蒼真が言ったように、端から見れば、同棲カップルに見えるのかもしれない。
 付き合うことになったから、名実ともに同棲カップルだけれど、私の中で瑠璃也は私を保護猫か何かと思っているのかも?という感覚がぬぐえない。
 瑠璃也はとても優しいからママを失った私を保護してくれているだけ。対等な関係のカップルと言う感じがしないのだった。


 瑠璃也とはときどき、鼻の先が触れるだけのような本当に軽いキスをすることがある。
 いつも瑠璃也が「キスしていい?」と聞くから、このくらいなら聞かなくていいよ、と言った。

 だからその日は、帰り道で不意にキスされた。ココナッツみたいな甘い香りにとろけそうになって、もう少し長く触れていてもいい、そんな気持ちになる。何が変わったのか分からないけれど、なぜか瑠璃也に触れられるのが怖くない。
 でも、今私は瑠璃也の周りにもやがまとわりつかないかどうかが、気になっている。私がじっと瑠璃也のことを見ているからか、
「大丈夫、整形してないよ」
 と冗談を言ってくるのだ。

「うん、相変わらずカッコイイ」
 と私は言う。今はもやが見えなかったから、安心した。でも、
「そういえば、白那。今日大学に来た?後ろ姿が似てる子を、昼休みに見かけたから」
 と聞かれてドキッとしてしまい、安心感は霧散してしまう。

「行ってないよ」
 と即座に嘘をついた後で、瑠璃也の顔を見てしまったので、失敗した。よほどぎこちない表情をしていたのか、瑠璃也は笑う。

「白那って嘘下手だな。でも今は追及しない。一回追及したら、止まらなくなって、束縛彼氏になる自信ある。それに、白那がふらふらあちこちに行くのって、割と普通だし。推し活のときとか」
 言葉尻のアクセントが強めだったので、推し活を疑われているのだと思った。

「気になることがあったの。浮気とか推し活とかじゃないよ」

「そう言うと逆に怪しいけど」

「推し活は最近してないよ。今日は調べものがあったから。アリバイなら、たまたま彰文くんに会ったし、聞いてみていいよ」

「うわー彰文、ズルい。せっかく来たなら俺にも声をかけてくれればよかったのに」

「ごめん」

「じゃあさ、かわりに」
 と言って、瑠璃也は一瞬私の目を見る。何か言いたいか、何かしたいけど、悩むときに、一時瑠璃也はそうやって私の目をじっと見つめてくるときがある。

 そしたら、やっぱり、
「手を繋ぎたい」
 と瑠璃也は言う。私が頷くと手を重ねてきた。もやは出ない。指を絡めてみたら、瑠璃也も何も言わずに指を絡め返してきたから、ドキッとした。

「最近は、触らないでって言わないな」
 と瑠璃也は言う。

「低刺激療法のおかげかな、怖くない」
 瑠璃也だけは、と心の中で付け加える。日埜静馬に触れられたときはやっぱり、身体が冷たくなって、怖かった。

「だといいな」
 瑠璃也は朗らかに言う。そして手を繋いで帰った。

 この先、付き合ったら私たちはどうなるんだろう?
 本当に結婚する?
 あれだけ嫌がっていたのに、今想像するそれは、決して嫌な未来ではない。
 ただ、現状私は瑠璃也に頼りすぎていないかと、気になる。私は瑠璃也に何が出来るだろう?
 何も思い浮かばない。
 でも、今瑠璃也がいなくなってしまったら、と考えるだけで恐ろしい。ママがいない今、私は何を支えにすればいいのか、やっぱり、分からないのだ。

 サロンは大事だし、出来るだけスキルも磨いていくつもりはある。経営の勉強も少しずつしているし、テクニックや知識もインプットしている。
 それでも、ママがいない現実はまだまだ重くのしかかって来ていて、私はときどき身動きが出来ないような気がしていた。


 その日、家に帰って、寝る前のハグのときに、瑠璃也からお願いをされた。
「今度の週末、祖父主催のパーティがあるんだけど。一緒に行って欲しいんだ」
 と言う。

 パーティという言葉に少し戸惑ってしまうのだけれど、
「隣に付き添ってくれるだけでいいから、来てくれないかな。白那がいてくれれば面倒なパーティも楽しくなる」
と言われたことで、気持ちが向いたのはたしかだ。
 何か少しでも瑠璃也に協力できれば、と思ったから了承した。

 ドレスコードは特にないカジュアルパーティだということだけれど、ワンピースやドレス類は自宅のクローゼットにあるので、サロン帰りに持って来よう、と思う。
 かつて瑠璃也があちこちに引っ張り回してくれたおかげで、よそ行きの衣装は充実していた。ママセレクトのドレスワンピースもある。もっとも、推し活をしていただけあって、各分野への参戦服はそれなりに充実しているけれど、最近はめっきり出番がなかった。

「白那と行けるの楽しみだな」
 と瑠璃也が言ってくれたので、少しは役に立てるかもしれない、と私は思う。今は保護猫かもしれないけれど、何か少しでも、瑠璃也のために動きたいと思った。


 部屋に戻った後で、日埜静馬には、
「日埜家行くのは難しいです。できれば、違う方法はありませんか?」と連絡する。
「じゃあ、大学で待ち合わせしましょう」と言われて了承した。



 その夜、ママの夢を見た。
 ママは後ろ姿で、トレードマークのポニーテールがゆらゆら揺れる。私は何度もママを呼ぶ。けれど、絶対に振り向いてくれない夢だ。
 どれだけ声をかけても、振り向いてくれなくて、最後には黒いもやがママを覆い隠してしまう。

「ママ、置いてかないで!」
 私は自分の叫び声で目を覚ました。
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