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第1章
DAY1(#7)
しおりを挟む「即死じゃなくて良かったんでしょうか。最期にあの人は夢をみたんでしょうか。それとも、苦しいだけだったのかな、……痛かっただろうな、っ……だって……、しんだんだもんな、」
じわじわと視界が歪む。
叫び出したい悲しみと恐怖、どれだけ康祐さんが痛かったか、苦しかったか。
生きたかったのかな。
だって頑張ってくれたもんね。
1週間も、怪我しながらも息をしてくれたもんね。
待ってたよ、おれはまってたよ、……でも……でも、疲れちゃったよね。
痛いこと頑張るのは、生きることを頑張るのは、疲れちゃうんだよね。
呼吸は乱れなかった。
ただただ、雫を零さずにいられなくて、俯いて涙を流した。
落ちた涙は、病室の白い掛けカバーに濃く染みた。
繊維に沿って濡れていくカバー。これは布だからすぐ乾く。
呆気なくすぐに、乾く。
「……エンドロール」
「……え?」
ぽつり、と呟いた文月先生の声に俺はゆっくり顔を上げた。
文月さんは何を考えてるのか分からない表情のまま、静かにそこに居て、静かに俺を見つめる。
まるで穏やかな波のように……けれど酷く、暗くて寂しさを思わせた。
その理由はわからなかった。
「……1週間、エンドロールをみていたんじゃないでしょうか」
「……エンドロールってあの、映画とかの?」
「はい」
真面目な顔をして急に何を言うのか、と俺が訝しげに見つめていると、文月さんは一瞬瞼を閉じて、そしてゆっくり開いた。
……あ、先生の瞳、黒が深い。
「……私だったら、……走馬灯なんかじゃなくて、エンドロールがみたいなあって常々思ってたんです」
「……?そう、なんですか?」
「はい」
文月さんの顔から冗談を言っているようには思えない。
だから、笑うこともなく、俺たちは真剣に見つめ合って、言葉を返し合った。
「走馬灯のように目まぐるしく見せられても、いろいろ懐かしむ前に死ぬ気がするんですよね。でもエンドロールなら、お世話になった人、忘れたくない人、大事な人、愛してる人、家族、友人、……皆の名前がフルネームで丁寧に書かれていて、背景ではその人たちの笑顔だったり、泣き顔だったり、いろんな大好きな顔があって」
無感情に思えて、愛想もなくて。
ロボットのような文月さんは、相変わらず表情に変化は無かったけれど、彼の瞳はどこか凪いでいて美しいと思った。
「……死ぬ時こそ、大好きな人たちの大好きな顔をみてから死にたいじゃないですか」
長いまつ毛が一度伏せられ、もう一度、真っ直ぐな瞳が俺を捉える。
「だから俺は、……」
あ、本当は自分のこと「俺」って言うんだ。
そんなどうでも良いことが嫌に耳に残る。
「……エンドロールがいい。自分が死んだ時はエンドロールがいいから、自分の大切な人も時間をかけてゆっくりみんなを見つめて、静かに眠ってほしいと思ってます」
適当なのか、真面目なのか。
そんな事だってやっぱりそれは本人にしか分からない。
俺は、彼の中で大切な人だったのだろうか。大好きな人だったのだろうか。どの枠で出演しただろうか。
……『友情出演』なんてやめてよね。
乾いた唇をそっと、開いて自分の白くてかさついた元気の無い手を見下ろした。
「……できることをやって、愛せるだけ愛して、本当にすごく大好きで、俺の世界の中で1番に……大切で、俺、いつも、いつも笑ってたんです、……あの人の前で、笑いたくないなんて時がなくて、……彼を見ると、笑顔になっちゃうんです、会えて嬉しくて仕方なくて」
「……はい」
僅かに己の頬が緩むのを俺は、わかっていた。
「……俺、あの人のエンドロールでどんな顔をしていたんでしょうね」
もしかしたら、脱ぎっぱなしの靴下に怒った時の顔が映されちゃってたかもな、なんて笑った。
出かける康祐さんに最後のキスをして以来、俺は、初めてまた、笑った。
文月さんは何も言わなかった。
言わなかったけれど、俺はなんとなく分かっている気がする。
この顔の緩さは、いつも康祐さんの前でしていた。
しまりがないけれど、あなたのことが大好きだと精一杯伝え続けたこの顔が、貴方の最期に映っていたら、俺はすごく、これ以上ないまでに幸せだ。
いつの間にか涙は止まって、頬を伝った雫は乾いていた。
涙で濡れた掛布団もいつのまにか、乾いていた。
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