【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第1章

DAY2(#8)

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 今日もいつも通り、佐々木先生の診察を午前中に受けて午後は文月先生のカウンセリングが待っていた。
 相変わらず病院の食事はお粥など、咀嚼しなくても食べられるものだけ。

 今日は野菜を細かく切ったスープも出た。

 しかし、働いていない胃腸は、流動食を食べ物と認識していないのかそのまま流れてしまい、お腹がギュルギュルと壊した時のような反応を示している。
 
「はぁ……」

 自分の脆弱さにため息を吐きながら窓の外を見つめた。
 少し線の細いような広葉樹が視界に入る。
 
(白い花……?)

 一瞬、銀木犀かと思ったが花の咲き方が違うような気がして、目を凝らしているとガラガラっと引き戸が開かれる音が聞こえてパッと顔を扉へ向けた。

 立っていたのはいつもの黒いバインダーと黒い万年筆を持った文月さんだ。

「?どうかしましたか?」

 俺が身を乗り出して窓を見ていたものだから、文月さんは一瞬訝しげな顔を見せる。

 なんとなく「あ、いや」と首を横に振って弁明がしたい気持ちになった。

「外の木、花をつけていたから銀木犀に見えたけど違うなぁ……と思って、見てました」

 馬鹿正直に全てを報告すると、文月さんは「ああ」と呟いて俺の横の丸椅子に腰掛けた。

「あれは、シマトネリコっていうほぼ木みたいなもんです」

 そんな雑な説明……。

「ほぼ木ってどういうことですか?」

(木では?)

 存在証明がされないシマト――……なんちゃらに、なんとなく同情した。
 俺の問いに文月さんは、窓の外に少し顔をやって手に持っていた万年筆を木に向けた。

「ここからでもほんの少し見える白い花あるでしょう。銀木犀に見えるような小さな花。あれが大体5~7月に咲いたりするんですが、咲かない年もあって。だから私は『ほぼ木』と表現してます」

「はぁ、なるほど」

 咲かないのは何か理由ありそうだがそれは園芸屋の範疇だもんな、と一人で納得して背をベッドに預けた。

「詳しいんですね、植物に」

 なんとなく文月さんに言うと、彼は黒いバインダーを開きながらなんでもないように言う。

「病室から見える景色に関しては、他の患者さんからもよく聞かれるので勉強したんです」

 (見た目通り……真面目な人だな)

 俺だったら適当に「なんでしょうねぇ」とかで流すかもしれない。
 なんて考えていると、顔を上げた文月さんと目が合った。

「今日も、あまり食べられませんでしたか」

 回収されていない昼ごはんの残骸をチェックしてバインダーに書き込む文月さん。
 その様子をなんとなく眺める。

 そのバインダーには何人分の何が書き込まれているのだろうか。
 その万年筆は、……自分では買わないだろうな。

 パートナーからの贈り物だろうか。

 邪推をしてしまう自分に呆れて目を瞑る。

 たった7日だ。
 たった7日、なんとか常人に戻ったように見せかけなければならない。
 自分のことに集中しなければ。

 再び目を開けた時、文月さんはじっと俺を見つめていた。

「な、なんでしょう……」

 カウンセリングが始まるのか、と気を引き締めると文月さんは口を開く。

「私は美澄さんと出会ってまだ2日ですが、7日間しか時間が――……ああいや、実質あと残り5日しかない予定なので、私の考えを率直に言っても良いでしょうか」
「へ、あ、はぁ……」

 先生、なんだろうし好きにしたら良いのに。
 俺は、何を言われるのかと変に身構える。

 文月さんは愛用のバインダーを閉じて、万年筆を白衣の胸ポケットにしまった。

「美澄さんは、運命の番を失ったことによるオメガ特有の喪失症状かと思っていましたが、どうやらそうではないようです」

「え?」

 いやいや何を言っているんだ。
 
 俺はこんなに苦しんでいるんだぞ?
 
 ご飯も食べられないくらい、吐き戻しはもう日常で、康祐さんを思い出しては泣き喚く日々で後を追いたくなった時もあって――……これのどこが違うというのだ。

 これらが学生の頃の教科書に書いてあった『オメガの番喪失症状』と一致しているのを俺は知っている――……ただ、一点を除いては。

 「佐々木先生はきっと気づいています。美澄さんに処方された薬を見ても明らか。初日は念の為、喪失障害を視野に入れていましたが、恐らく違います。美澄さんには、一つだけ本当の喪失症状に当てはまらないものがある」

 

 
 文月さんの続きの言葉を聞きたいような、聞きたくないような、不安が強く押し寄せる。
 
 
 
 それは、もしかしたら現実を見たくないと、俺の脳が警報を鳴らしているからかもしれない。
 
 

 知っていて、見て見ぬ振りをしていた事実を他人の口から無遠慮に聞かされる――……それは、俺と康祐さんの優しかった4年半の記憶まで否定されてしまうような気がして、強く目を瞑ることしか俺にはできなかった。

 
 

 文月さんは静かに、俺にとって死刑宣告のような言葉を告げる。


 
 

「……美澄さんが亡くしたのは、『運命の番』ではありません」




 ――……言わないで欲しかった。
 俺たちは、『嘘』を信じることに、決めたのに。
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