【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第1章

DAY2(#9)

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 文月さんの言葉に、強く頭を殴られたようなショックを受ける。
 脳が頭蓋骨の中でゆらゆら、ぐらぐらと所在をなくしているような浮遊感。

 乖離のように、文月さんの無機質な言葉が耳に届く。

「美澄さんもご存知だとは思いますが、今のご時世ではもはや『バース性』なんてものは薄れてしまっています」

 文月さんは、俺から目を逸らさずに言葉を続けた。

 「バース性に明らかな優劣というものがついていたのは遠い昔の話。アジア人が差別されていた時代と同じように差別があっただけのこと」

 文月さんの言葉に重ねるように、頭の中で呟く。

 そう。
 バース性が薄れたのは、幼少期……生後1歳になる前のワクチン接種が義務付けられているからだ。

 ……それくらい、さすがに俺でも知っている。

 文月さんの説明はどこか遠い国の話をしているように、淡々と話を続けている。
 
 俺は視線の所在をどこにやろうかと彷徨わせた。

 ふと手元を見下ろした時に見えた、自分の右手薬指にはめているシルバーリングに、いつの間にか目を落としていた。


 文月さんの話を聞きながら、昔のことを思い出した。

 母親から封書を渡されて一緒に記入し押印して、指定の病院に母親と行った。

 なぜなら、アルファとオメガにはそれぞれ、成長期の間にワクチン接種が義務付けられているから。

 ワクチンは筋肉注射で、それはもう痛くて刺されている時目を瞑っていたら看護師は言った。
 
 ――……『痛いだろうけど、これで”普通”になれるから、頑張ろうね』
 
 ……と。家に帰ったら発熱したのを今でも覚えている。

 アルファとオメガであるだけなのに、お互いこの痛みを乗り越えてみんなベータ性へ類似した大人になっていく。

 その流れも模範的流れ。

 
 
 まあでも、現実は残酷なもので、俺も同じ道を辿ってきたから分かる。
 
 劣等遺伝子であるオメガは勉強や仕事の出来ぶりでバレてしまうこともあるし、

 逆に優秀な遺伝子を持つアルファはどうしても頭ひとつ飛び抜けた才能を発揮してしまうことがある。

 優秀ならまだマシだ。
 誰かの役に立てるんだから。

 けど、消すことのできない己の体に流れ込む劣等遺伝子は、人様に迷惑をかけることしかしない――……現状が、まさに物語っている。

 文月さんは、医療的観点から話を続けた。
 
「まあ、全ての人間がベータに近しい存在となるために始まった制度の1つだから一応、ラットによる性加害やオメガの性被害の症例報告は減少しています」

 「しかし」と文月さんはわずかに息を吐きながら言った。

「……個人的には、その医学の発達が弊害だとも思っています。本来、発揮しなければならない『本能』というものがアルファとオメガに限っては殺されてしまっているとも言える。とどのつまりそれは、」

 続くであろう言葉に、俺は目を瞑りシルバーリングを包むように両の手を硬く握りしめた。

 
「……『運命の番』に出会うための本来あるべき『本能の力』というものが限りなく、無くなってしまっていることです」

 
 自分の心臓の音と文月さんの声。
 時々、外の木々が風に揺れる音が聞こえるだけの世界。

「それは、普通の生活を願っていた先代のアルファやオメガにとっては良いことかもしれないです。でも、結局は美澄さんのように運命の番ではない相手と番になって一生を終えることもある」

「……何が、言いたいんですか」

 俺は唇を噛み締めて文月さんに問いかける。
 毎日つけ続けていたシルバーリングは、もう輝きを失っていた。

 文月さんは、息を吐いた。

「運命の番とやらを亡くしたオメガの喪失症状は、確かに美澄さんの症状と一致する点がいくつもありました」

 
 錯乱、極度の衰弱、動くこともままならない等……、と文月さんが呟く。


 そして、




 「しかし、1点だけ美澄さんにはないものがあるんです」




 俺は、ごきゅりと生唾を飲み込んだ。
  



 分かっている、分かっているのだ。



 だって、……嫌ってほど、学校で習ってきたのだから。





「それは……『今、ここにあなたが生きていること』。その事実こそが、美澄さんと、他の喪失症状を持ったオメガの決定的な1つの違いです」


 そうだ。俺は、生きている。

 今ここで、拘束具もつけずに淡々と息を吐いて吸って、外の木々を眺めているのだ。
 
 本当は、他の『本物』を失ってしまったオメガの結末を嫌というほど知っていた。

 だから自分も、康祐さんが亡くなったと知ったその日に首を吊った。……けど、死ねなかったのだ。
 
 周藤が、無遠慮に飯を片手に鍵の開いていた玄関から入ってきてしまったから。


 鍵を閉め忘れたことを後悔する暇もなく、無我夢中で降ろされ、……泣きながら怒られたから。

 友人の泣き顔を見たのは、初めてだった。

 ……分かっていたことを口に出されたくはなかった。

 図星だ。けれど、俺と康祐さんのことを何も知らない第三者に言われるのは、こんなにも腹立たしいのか。

 ……人の皮を剥ぐのが『カウンセラー』というものなのだとしたら、……俺は絶対に、なりたくない。 

 
 嗚呼……だから、病院は嫌だと、あれほど周藤に言ったのに。



 俯く俺を無視した文月さんは無情にも、「だから、」と言葉を続けた。
 





「……貴方のは、大切な人を失ってしまった、『ただの哀しみ』による身体症状なんです」
 
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