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第1章
DAY3(#12)
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翌る日。
俺が昨日、泣き喚いたことなど無かったかのように、文月さんはいつもと変わらぬ表情と声音をぶら下げて病室へとやってきた。
いつもの丸椅子に堂々と鎮座。
バインダーを開いて、またいつものように、ほんの少しの世間話を始めたのだ。
……彼の考えていることは分からないが、仕事としてこの対応は「まあ正しいか」と俺も特に気にせず、昨日のことはひとまず無かったことにして、文月さんと向き合うことにした。
「……美澄さんは、本は読みますか?」
文月さんは謎の黒いバインダーを左手に、万年筆を右手に持ち、俺に唐突な質問をしてくる。
今日はなんの話をすれば仲良しこよしだと認めてもらえるのだろうか。
ひとまず、文月さんの問いへ答えることにする。
「……はあ。何冊かは」
「あまり好きではないですか。読書は」
本人自体は能面のくせに、文月さんに隠した俺の本音はなぜかお見通しのようで、俺は苦笑する。
「……活字が苦手なんです、昔から。なんでか、目がチカチカしてしまって……」
前に、康祐さんが読んでいた本を自分も真似して、読む格好だけしたけれど「要には似合わないね」と笑われてしまった。
その上、相変わらず活字に目がチカチカしたのだ。
結局、読書に良い思い出が何1つないのは覚えている。
それ以来、本を読むのはやめたのだ。
「じゃあ、唯一読んだ本はどんなだったか覚えてますか」
「それって……カウンセリングに関係あるんですか……?」
(読んだ本なんて答えてどうする……?)
思った疑問を素直に問うてしまった。
昨日、泣き喚いてからどことなく心の何かがスッキリして、文月さんには、少しだけ思ったことを言える心持ちになっている自覚があった。
まあ、「文月さんと仲良くなる」という目的が明確になったから、嫌でも話さなければならない……という気持ちもあるけど。
文月さんはバインダーから顔を上げる。
「……あ、いえ。カウンセリングはしていないです。私が美澄さんと話したいことをただ話しているだけなので」
「…………へ?」
(……じゃあその謎の黒バインダーはなんなんだよ)
……というか……あれ?
カウンセリングと診察が退院条件……というか入院条件ではなかったか?
俺が考え込んでいると、ぱっと顔を上げた文月さんが能面のまま口を動かす。
「まあとりあえず、読んだ本を教えてくれませんか」
(……うわ、傲慢……)
安心感を覚える箇所はあるにせよ、所詮、アルファか。
(……やっぱり、康祐さんみたいに寄り添ってくれる傲慢じゃない『アルファ』……いや、『人』は稀有なんだろうなぁ……)
ぶつくさ、頭の中で考えながら俺は手遊びをしながら思い出した情景を出来る限り言語化してみた。
「覚えているのは、『バース性のない世界の恋愛小説』です」
「……というと?」
文月さんは首を少し傾げる。
その仕草で、文月さんの後ろにある窓から、シマトネリコだかシトネリマコだか、と昨日文月さんから教わった木が、風でそよいでいるのが見えた。
俺は質問に答えるべく読んだ本の内容を思い出す。
「……『アルファとかオメガはなく、性は男と女だけの、“人間同士の恋愛”がある世界だったら』というのが設定の恋愛小説です」
その設定が衝撃的でずっと覚えている。
確かその小説は遠い昔に映画化されていたはずだ。
「……もしかしたら、同じ話を読んだかもしれません」
文月さんの静かな呟きに俺は少し、目を開いた。
(ああいうベタでファンタジックな話、嫌いそうなのに……)
俺は少し間を置いて、言葉を続けた。
「……まあ、そんな世界があったら、今より生きやすいのかなぁって思って気になって読み進めてました。それが後にも先にも最後まで読めた小説です」
ほんの少し口角を上げて少しちゃらけて言えば、文月さんは言う。
「その話の最後ってどんなものでしたっけ」
彼の言葉に、俺は顔を前に向けて記憶を思い出す。
「たしか、その世界には運命の出会いが2回あると言われているんです。1人目の人とは、運命の人かもって錯覚するくらいたくさん楽しいことをして、新しいことを教わって……すごく好きになるんです。……でも、別れなきゃいけなくなってしまう」
主人公は大学生の女性だった。
大学で出会った1つ上の男の先輩は、いろんな知識を持っていて、現代に置き換えれば、アルファのような優秀な人物だった。
「別れてしまった後、女性は社会人になって、職場で出会った同僚から猛アプローチされて、だんだん気になって付き合うんです」
映画として作品を観た時、相手の俳優は今や引っ張りだこの人だったな、なんて余計なことを思い出す。
「そして、幸せな結婚生活を送り、最後は、老後に男性が女性を寝床で看取るんです」
お爺さんになった男性は、しわくちゃな顔をさらにくしゃっとさせて、微笑みながらしわくちゃな手で彼女を撫でる。
そして、
――……幸せを、ありがとう。
と呟くのだ。
文月さんは、少しの沈黙の後、口を開いた。
「……美澄さんは、バース性のない世界だったら、生きやすいと思いますか」
昨日の話とリンクしているのだろうか。
今、世界が人類をベータ性に統一させようとしていることが頭を過ぎる。
確か、性被害が酷かった国から進められている改革だったはず。
ニュース討論でよく話されていて、ラジオやテレビで聞き流していても、なんとなく耳に残っていた。
俺は少し上を見て、息を吐く。
「前に、文月さんと同じ質問を康祐さん……亡くなった番にもしたことがありました」
ソファで本を読む康祐さんの隣に、我が物顔で座り、本と康祐さんの顔の間に手を挟みいたずらをする自分。
呆れた顔で笑う康祐さんに、俺は聞いた。
――……『ね、康祐さんさ。もしこの世にバース性がなくてさ、俺がオメガでもなくて普通の男で、康祐さんもアルファとかじゃなくて普通の男だったら、どうしてた?』
何気なく聞いたその質問。
件の恋愛小説を書いた作家の真似っこがしたかっただけの質問だった。
だけど、康祐さんは笑って俺の頭を撫で、頬に手を添えながら言った。
――……『それでも要に出会いたいな』
彼の声が脳内に反芻し、胸がジクジクと傷んだ。
俺が昨日、泣き喚いたことなど無かったかのように、文月さんはいつもと変わらぬ表情と声音をぶら下げて病室へとやってきた。
いつもの丸椅子に堂々と鎮座。
バインダーを開いて、またいつものように、ほんの少しの世間話を始めたのだ。
……彼の考えていることは分からないが、仕事としてこの対応は「まあ正しいか」と俺も特に気にせず、昨日のことはひとまず無かったことにして、文月さんと向き合うことにした。
「……美澄さんは、本は読みますか?」
文月さんは謎の黒いバインダーを左手に、万年筆を右手に持ち、俺に唐突な質問をしてくる。
今日はなんの話をすれば仲良しこよしだと認めてもらえるのだろうか。
ひとまず、文月さんの問いへ答えることにする。
「……はあ。何冊かは」
「あまり好きではないですか。読書は」
本人自体は能面のくせに、文月さんに隠した俺の本音はなぜかお見通しのようで、俺は苦笑する。
「……活字が苦手なんです、昔から。なんでか、目がチカチカしてしまって……」
前に、康祐さんが読んでいた本を自分も真似して、読む格好だけしたけれど「要には似合わないね」と笑われてしまった。
その上、相変わらず活字に目がチカチカしたのだ。
結局、読書に良い思い出が何1つないのは覚えている。
それ以来、本を読むのはやめたのだ。
「じゃあ、唯一読んだ本はどんなだったか覚えてますか」
「それって……カウンセリングに関係あるんですか……?」
(読んだ本なんて答えてどうする……?)
思った疑問を素直に問うてしまった。
昨日、泣き喚いてからどことなく心の何かがスッキリして、文月さんには、少しだけ思ったことを言える心持ちになっている自覚があった。
まあ、「文月さんと仲良くなる」という目的が明確になったから、嫌でも話さなければならない……という気持ちもあるけど。
文月さんはバインダーから顔を上げる。
「……あ、いえ。カウンセリングはしていないです。私が美澄さんと話したいことをただ話しているだけなので」
「…………へ?」
(……じゃあその謎の黒バインダーはなんなんだよ)
……というか……あれ?
カウンセリングと診察が退院条件……というか入院条件ではなかったか?
俺が考え込んでいると、ぱっと顔を上げた文月さんが能面のまま口を動かす。
「まあとりあえず、読んだ本を教えてくれませんか」
(……うわ、傲慢……)
安心感を覚える箇所はあるにせよ、所詮、アルファか。
(……やっぱり、康祐さんみたいに寄り添ってくれる傲慢じゃない『アルファ』……いや、『人』は稀有なんだろうなぁ……)
ぶつくさ、頭の中で考えながら俺は手遊びをしながら思い出した情景を出来る限り言語化してみた。
「覚えているのは、『バース性のない世界の恋愛小説』です」
「……というと?」
文月さんは首を少し傾げる。
その仕草で、文月さんの後ろにある窓から、シマトネリコだかシトネリマコだか、と昨日文月さんから教わった木が、風でそよいでいるのが見えた。
俺は質問に答えるべく読んだ本の内容を思い出す。
「……『アルファとかオメガはなく、性は男と女だけの、“人間同士の恋愛”がある世界だったら』というのが設定の恋愛小説です」
その設定が衝撃的でずっと覚えている。
確かその小説は遠い昔に映画化されていたはずだ。
「……もしかしたら、同じ話を読んだかもしれません」
文月さんの静かな呟きに俺は少し、目を開いた。
(ああいうベタでファンタジックな話、嫌いそうなのに……)
俺は少し間を置いて、言葉を続けた。
「……まあ、そんな世界があったら、今より生きやすいのかなぁって思って気になって読み進めてました。それが後にも先にも最後まで読めた小説です」
ほんの少し口角を上げて少しちゃらけて言えば、文月さんは言う。
「その話の最後ってどんなものでしたっけ」
彼の言葉に、俺は顔を前に向けて記憶を思い出す。
「たしか、その世界には運命の出会いが2回あると言われているんです。1人目の人とは、運命の人かもって錯覚するくらいたくさん楽しいことをして、新しいことを教わって……すごく好きになるんです。……でも、別れなきゃいけなくなってしまう」
主人公は大学生の女性だった。
大学で出会った1つ上の男の先輩は、いろんな知識を持っていて、現代に置き換えれば、アルファのような優秀な人物だった。
「別れてしまった後、女性は社会人になって、職場で出会った同僚から猛アプローチされて、だんだん気になって付き合うんです」
映画として作品を観た時、相手の俳優は今や引っ張りだこの人だったな、なんて余計なことを思い出す。
「そして、幸せな結婚生活を送り、最後は、老後に男性が女性を寝床で看取るんです」
お爺さんになった男性は、しわくちゃな顔をさらにくしゃっとさせて、微笑みながらしわくちゃな手で彼女を撫でる。
そして、
――……幸せを、ありがとう。
と呟くのだ。
文月さんは、少しの沈黙の後、口を開いた。
「……美澄さんは、バース性のない世界だったら、生きやすいと思いますか」
昨日の話とリンクしているのだろうか。
今、世界が人類をベータ性に統一させようとしていることが頭を過ぎる。
確か、性被害が酷かった国から進められている改革だったはず。
ニュース討論でよく話されていて、ラジオやテレビで聞き流していても、なんとなく耳に残っていた。
俺は少し上を見て、息を吐く。
「前に、文月さんと同じ質問を康祐さん……亡くなった番にもしたことがありました」
ソファで本を読む康祐さんの隣に、我が物顔で座り、本と康祐さんの顔の間に手を挟みいたずらをする自分。
呆れた顔で笑う康祐さんに、俺は聞いた。
――……『ね、康祐さんさ。もしこの世にバース性がなくてさ、俺がオメガでもなくて普通の男で、康祐さんもアルファとかじゃなくて普通の男だったら、どうしてた?』
何気なく聞いたその質問。
件の恋愛小説を書いた作家の真似っこがしたかっただけの質問だった。
だけど、康祐さんは笑って俺の頭を撫で、頬に手を添えながら言った。
――……『それでも要に出会いたいな』
彼の声が脳内に反芻し、胸がジクジクと傷んだ。
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