【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第1章

DAY2(#11)

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 悔しかった。
 苦しかった。


 運命の番であって欲しかった。 


 不謹慎なんだよ、俺は。
 ……不謹慎にも期待してたんだ、火葬されたあの日。
 
 ……康祐さんの体が文字通り灰になれば、『オメガの喪失障害』の症状が出てくれるかなって。
 
 ……自分の意志じゃない。
 「本能」が番のいないオメガという遺伝子を消そうとする『自死行動』へ、導いてくれるかもしれないって。

 いくら検査しても、体を重ねても証明出来なかった事実が、亡くなって初めて分かるかもしれないって……。


 でも、なかった。


 ……俺は『自分の意志』でしか死を選べなかった。
 
 でも、椅子を蹴って宙吊りになった時、本当は『もう少し生きていたい』と思ったのをはっきりと覚えている。

 ……周藤に抱きしめられて、自分が息をしていることに安堵した。

 ……そして、『本当』に運命の番ではなかったんだと、知ったんだ。

「……何で、誰も、……放っておいてくれないんだよ……」

 誰も大切な人が亡くなった後の生き方なんか、教えてくれないくせに。

 両親が死んだ時だって、康祐さんが死んだ時だって、『自死』は悪にされてきた。

 「飯を食え、そしたら元気になる」「生きていれば良いことあるから」「まだ若いんだから、楽しいことたくさんあるよ」……。

 ありきたりな言葉の羅列と無責任な奴ら。

 そんなヒーロー気取りの奴らが居なければ、俺はもう死ねていたかもしれないのに。

 このまま食べなければ、餓死できたかもしれないのに。


「……飯なんか……」


 、美味しくないんだよ。

 何度もえづいて吐くのがわかっているのに、どうして飲み込まなきゃいけないんだよ。
 
 その吐き戻しは……生きることへの本能的拒絶じゃないのか?

 だから……それは、やっぱり……やっぱり、『運命の番』だったという証明になるんじゃないのか……?

 こんなにも身も心も壊れているのに、どうして……証明されないんだ。


 何も持たない俺だけが、……なんでまだ生きてんだよ。


 人肉の焼ける匂いが消えなくて、世界に色なんて何もないのに――……。



「……っなんで、生きなきゃなんないんだよ……」


 おはよう、と言ってくれる人がいないこの世界に、俺はもう用なんてないのに。


 朝日が眩しくても「今日は天気がいいね」と笑い合う相手も、もう居ないのに。


 俺は両手で顔を覆う。
 止まる気配のない涙で、顔がぐしゃぐしゃになっていた。

 分かってたんだよ、運命の番じゃないこと。

 二人とも分かってたんだよ。それでも一緒にいたんだよ……。

 それだって、赦されて良い愛の形だろうよ。



「美澄さん」 



 俺は覆っていた手を静かに退かして、涙も鼻水もそのままのぐしゃぐしゃの顔で、文月さんを睨んだ。
 
 文月さんは自分のポケットから清潔そうな白いハンカチを取り出して、俺に差し出した。


「……すみません。言葉を間違えました」

 
 口では謝っているくせに、ちっとも悪そうな顔じゃない。


(目は口ほどに物を言うって言葉、教えてやりたい……)


 文月さんから目を逸らす。

 差し出されたそれを受け取らない俺の手元に、彼はハンカチをそっと置いて口を開いた。

「……すみません。貴方は特別に衰弱しているわけじゃない、と伝えたかった。もちろん、オメガのホルモンバランスの影響は多少なりともあるとは思います。でも、それよりも私が伝えたいのは……」

 少し間をおいた文月さんは視線を少し彷徨わせて、またすぐに俺を見た。
 


 「……美澄さんは、『普通』に、ただ今を必死に生きているんだということを伝えたかったんです」

 
(……また、"普通"ね)


 
 普通という概念を強要されて生きてきたけれど、いまだにその言葉と、自分の温度差だけは分からない。

(……『普通』だなんて、薄っぺらいよな)

 俺は深い息を吐いて、ベッドに背を預けた。

 文月さんは少し身じろぎをして、何かを必死に考えている様子で、口元に手をやったり、胸ポケットに刺している万年筆を少し撫ぜたり……落ち着かない様子で、言葉を続けた。

「……えっと、なので、……特別なオメガ用の治療とかそういうものは必要ないんです。……佐々木先生は恐らく、衰弱の度合いが酷いのを見て、精神科の観点から、美澄さんが、ご飯くらいは食べられるように訓練してほしかっただけだと思います。……現に、診察もいつもすぐ終わるでしょう?」

 文月さんからの問いを興奮し切った頭でぼんやりと考える。

 ……まあ、言われてみれば、佐々木先生は午前中の昼食の前くらいに来て様子見て帰るだけだ。
 
 時折、脈を測るくらい、か。

「佐々木先生は、私と美澄さんが信頼関係を……いや、仲良くなれば、きっとすぐ退院させてくれます。……とつまり、伝えたかったんです。すみません、口が下手なもので」

 無表情ながらにも、ほんの少ししょんぼりした様子が伺えて俺は、なんとなく手元に置かれたハンカチを手に取った。
 
 真っ白い純白のハンカチを鼻に当てて、ズビーっ!と思い切り鼻をかんだ。

「えっ」

 驚く文月さんの声に、俺は無視するようにもう一度、面を変えてズビーっ!と鼻をかんだ。
 
 すっきりした。

 文月さんの顔を見れば、呆気に取られたような表情をしていた。

「……口が下手すぎてイラついたので」

 そう言ってやれば、文月さんは少し眉を八の字にして汚れたハンカチを見つめている。

「いやこれは洗いますけど」

 借り物だし、と言うと、文月さんは「……洗ってください、ぜひ……」と力無く返してきた。

 ほんの少し仕返しがしてやりたかっただけだが、やりすぎただろうか。

 まあでもいい。
 
 ようは、文月さんと仲良しこよしに見えるよう行動して、ご飯も食べられるようになってれば帰れるということがわかった。

 あと5日、このカウンセラーのくせに無表情な人間とどうやって仲良くしてやるかは甚だ疑問だが、やってやるしかない。
 
 愛する人と過ごした、思い出溢れるあの家に帰るために。
 
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