【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第1章

DAY4(#16)

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 ただ何気なく、好奇心の一環で聞いたその質問がこの病室の空気を重くしたようだった。

 僅かに伏せられた文月さんの長いまつ毛のせいで、瞳が何を写しているのか分からない。

 俺は、外を眺めながら呟いた。

「……文月さん、中庭……行きませんか?」

 俺の言葉に、文月さんはハッとした顔をして「え?」と聞き返してくる。

 俺はほんの少し笑った。

「やっぱ、直で見てみたいなって。シマトネリコ。それに今日は、天気がいいみたいだし」

 薄い雲がほんの少し見えるだけ。

 空は晴天だった。

 ふと窓を振り返って外の様子を確認した文月さんは、また俺の方に体を戻す。

「そうですね。たまには外に出ましょうか」

 その返事に、俺はほんの少しだけワクワクとした感情が心に現れたことに気づいて、胸を押さえた。

 ……この喜びは、監獄から出してもらえることの嬉しさ。

 でもあまり、この胸の高鳴りは好きではないな……。

 (……なんだか、康祐さんを置いてけぼりにしているみたいだ)

 俺と文月さんは立ち上がって、上着を羽織り文月さんの支えを借りて初めて、病室から出ることに成功した。





 *





「わぁ……」

 やっぱり広葉樹は、窓から同じ高さで見るよりも、下から見る方が圧巻だなぁ。

 外は天気もよく、気温も穏やかで病院着の上に1枚上着を羽織るだけで十分な陽気だった。

 中庭には、たくさんの木と、広い芝生が広がっていた。

 花壇には色とりどりの花々が咲いており、きちんと手入れされているのが素人目にも分かる。

 運よく空いていたベンチに、文月さんと並んで腰掛ける。

 ベンチから見える景色は、平和そのもので……なんだか羨ましかった。

 車椅子を押して老人を運ぶ看護師。
 
 病院着を着た子供がボールを追いかけまわし、男性看護師と遊ぶ姿。

 見舞いに来た女性と、それを見つめて嬉しそうに話す松葉杖をついた男性患者。

 それぞれが今、それぞれの人生を歩んでいて、きっとこの中には寿命が近い者もいるかもしれない。

 それを分かった上で、笑顔で穏やかに接している医療従事者も当然、いるのだろう。

 普遍的なものは、曖昧で嫌だと思っていたけれど、その『普通』という価値基準があってこの平和が成り立っているのなら、なんだかそれは、悪いことじゃない気がしてきた。

「……なんだか、平和ですね。病院なのに」

 俺の言葉に文月さんは少し頷きながら「そうですね」とだけ返す。

 カウンセラーなら話題を広げる努力をしてくれても良いんじゃないか、といつもなら毒づくところだったが、この爽やかな空の下だからだろうか。

 ……どうにもそんな、意地悪な気分になりはしなかった。

「俺、こうなる少し前……康祐さんがまだ生きてた頃にここにきたことがあるんですよ」

 俺の言葉に文月さんはうんともすんとも言わなかった。

 もしかしたらカルテで共有されているのかもしれない。

 知っているだろう、という前提で話を続けることにした。

「その時は、一人でここに来て、自分が家族を作れるかどうかを知るために怖いなぁって思いながらも、検査を受けたんです」

 保険適用外だったブライダルチェックの費用は高額だった。

「……検査結果は郵送やメールだと康祐さんにバレちゃうかもしれないからって、また一人でここに来て結果を聞きました」

 俺は空を見上げ笑う。

「結果は、ダメでした」

 その時の医師の顔なんてもう覚えていなかった。

 診察室に呼ばれて淡々とだめだったことを伝えられ、俺は子供も成せないただの『男のオメガ』というなんの利点もクソもない事実を、ただ突きつけられて終わった。
 
「……まあ正確には、駄目、というより極めて出来にくい……できたら奇跡だねという感じらしいけど」

 細かいことは覚えていない。

 結局「だめだった」ことに変わりはなかったから。

「俺、初めて康祐さんに隠し事したんです。その結果のこと」

 サプライズとかは別ですよ?と文月さんに笑いかけるけど、文月さんは何を考えているのか分からない顔のまま、静かに俺の言葉に耳を傾けていた。

「……その時、初めて本気で自分が『男』ってことを恨みました」

(だって)

「女だったら、『普通の結婚』ってやつが出来たはずなのにな」

 このシルバーリングも、右手じゃなくて左手の薬指に出来たはずなんだ。
 女だったら。

 ……可愛くて、慎ましやかで、ドラマの主人公みたいな皆が好きそうな”いい女”のように振る舞えば……子供が産めないオメガだとしても、法的に認められたはずなのに。
 
 空は憎たらしいほどに青い。

 火葬場で見上げた時と同じ空の色をしている。

 灰色の煙は、この空に溶けていった。

「……私は、」

 ふと、文月さんの声が久しぶりに耳に届く。

 
「どうでもいいと思いますけどね。男とか女とか、オメガとかアルファとか」

 文月さんを振り返る。



 彼の黒い髪は、風にそよがれ木々のざわめきと共に揺れていた。


 前髪の隙間からは、端正な顔立ちが見え隠れしている。



 奥にある黒い瞳には、晴天が映り込んでいた。





「ほんっと、クソ喰らえですよね」





 目が合った文月さんは、僅かに眉根を寄せて……微笑んだ。

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