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第1章
DAY5(#17)
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がらりっと病室を無遠慮に開ける音で、おおよそ誰が来たのか予想がついてしまった。
「よぉ~!見舞いと言えばりんごだよなっつって持ってきたぜ~」
「周藤……」
高校時代からの長い友人に「来てくれたのか」と続けるには少し、照れ臭くて中途半端に口を噤む。
りんごをサイドテーブルに置きながら、近寄ってくる旧友。
「おっ、なんか前より顔色いいじゃねぇか。さっすが大学病院様だなぁ」
「ちょっと、声でかいって」
周藤は元野球部だからなのか、普段の声がでかい。
今も建設会社に勤めているせいか、学生の時よりも一層声が大きくなったような気がして、しーっと言って聞かせる。
「あ、わリィ。個室だからてっきり大丈夫かと思って。案外、壁薄いんだな」
金持ち病院のくせにな、と病室をぐるりと見渡しながら言う。
「ってかどーよ!入院って聞いて安心はしたけどさ、要の場合もっと衰弱してんじゃねぇか、ってヒヤヒヤしたぜ」
にかっと笑う周藤に眩しさを覚える。
俺は久しぶりの「友達」特有の軽さが心地よくて「うん、上々」と返した。
周藤は「いいじゃんいいじゃん」と呟きながら、横の丸椅子にどかっと男らしく腰掛けた。
「ま、カオリから顔色が良くなってたって聞いてたけど、本当に良くなったなぁ。目の下の隈も無くなって元の美人顔になってらぁ」
「美人顔って……」
周藤という人間はなぜか、俺の顔の造形を褒める酔狂なやつなのだ。
「診察とカウンセリング毎日だっけ?」
「そ、7日間」
「7日ってことはァ」と、周藤は目線を上にやって指を折り日数をぶつぶつ呟いていた。
「あと2日で退院か!」
「いや、まだわかんないけどね。7日目の俺が退院しても良い状態ならって話だし……」
一応、条件達成のために最近は朝、昼、夜のご飯を少しずつ全品に口をつけるようにした。
看護師には褒められ、眠剤の量や胃薬の量が減ってきた。
最初の方は水分の摂取も怪しいほどだったが今は、点滴で水分補給をしなくても自分で水分を取れるようになった。
「ってか、7日間診察って、医者もブラックなのな~。俺らは去年からやっと週休2日にしてもらえてんのに」
「ああ、周藤もずっとブラックだったもんな」
「そーだよ、土日祝も関係なし。まあ、週休2日制も結局、公共工事ばっかで、民間は関係ねぇーからなぁ」
周藤は、やれやれ、という仕草をする。
しかしすぐに表情を変え、俺に笑みを向けた。
「けどきっと、この調子で行けばまたあの部屋に帰れるよ、要。よかったな」
周藤のどこか安堵したような表情の笑みに、俺は少し目頭が熱くなる。
(あの、部屋に……)
そうだ。俺はこんな生ぬるい入院生活に充足感を覚えている場合ではない。
これは、康祐さんと過ごしたあの家に帰るための試練なのだから。
「またあの部屋に戻れたらさ、飯作りに行ってやっから」
だから、今のうち食えるもん増やしとけよ、と周藤は俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
これも周藤だけがやる俺への癖。
康祐さんとは手の大きさもガサツさも違う、安心と信頼で成り立つ友人の距離。
「ねえ周藤」
「ん?」
周藤は撫でるのをやめ、両足の間に両手をついて学生のようにラフに座った。
俺は、周藤の少し茶色い瞳を見つめる。
「俺と、康祐さんが運命の番じゃなかったって……知ってた?」
俺の言葉に周藤は一瞬身を固めたが、少ししてふと諦めたように肩をすくめた。
「……まあな。本能的にって意味だろ?」
「うん」
頷けば、周藤は腕を組んで少し窓の外に目をやった。
「俺、よく要と康祐さんの部屋に遊び行かせてもらってたっしょ?カオリも連れてったりさ」
周藤の言葉に、そんなこともあったなと懐かしく思う。
四人で鍋を囲んだり、テレビゲームをしたりしたのが、今は遠い昔のようだ。
「そんで、何度目かに会った時さ、俺と康祐さんの二人になった時があってな。そんときに、俺……ほら、デリカシーねぇからさ、聞いちまったんだよ」
「え?」
周藤は気まずそうに頭をかきながら俺を見た。
「ふざけてな。……『要とは運命の番ってやつっすか?』って」
(そんなこと、あったのか……)
知らなかった二人の絡みに俺は目を丸くさせて周藤を見つめる。
康祐さんからそんな話、聞いたことなかったな。
周藤は俺の様子を窺いながら言葉を続けた。
「俺、ベータじゃん?だからさ、アルファとオメガが、どれだけ『本能』とか『運命』ってものに敏感なのか知らなくて……」
いや、言い訳だな、とぼりぼり頭を掻いて、顔を上に向けた。
「とどのつまり、俺はノンデリカシーを発揮して、なんでもないことみてぇにさ、康祐さんに聞いちゃったわけだ」
そしたらさ、と周藤の続ける言葉に俺は真剣に耳を澄ませて周藤を見つめた。
「……康祐さん、しーっとでも言うみてぇに人差し指立ててさ。……『運命だよ』って笑って言ってたんだ」
困ったように笑う周藤に、俺は目を見開いた。
目に映した周藤がどんどん涙に滲んでいくのがわかる。
「……でもそん時は俺、康祐さんの言葉と仕草の意味がわからなくて、帰ってからカオリに聞いたらめちゃくちゃキレられてさ、次会えたら謝ろうと思ってたんだ……」
もう会えなくなっちまったな、と俯く周藤。
俺は、心臓を鷲掴みされたような痛さに思わず胸元の服をグシャリと握りしめた。
それはいつの話なのだろうか。
二人で運命じゃないことを自覚した後の話なのだろうか。
……それとも、康祐さんだけが知っていた時があったのだろうか。
「だから、要からの問いに答えるんだとしたら、それはイエス。でも、俺は、康祐さんが言ったようにお前らのこと、『運命の番』だと今でも思ってるよ」
顔を覆い止まらない涙を隠す俺の頭を大胆に撫でる周藤の声は、本心から思っているように聞こえて、一層涙が溢れて止まらなかった。
「それにさあ、俺とカオリだってお前らと変わんねぇーのよ」
周藤の困ったような声音に、思わず顔を上げる。
ぐしゃぐしゃな顔にティッシュを2、3枚当てられる。
その白い紙の隙間から見えた周藤も、何かを堪えるような顔をして俺から目を逸らしていた。
「……俺はベータだから、俺にとっての運命はカオリ。だけどさ、カオリはオメガだからさ」
周藤は諦めたように笑う。
「……カオリには生物学的な『本当の相手』がこの世のどこかにいるはずなんだよな」
その言葉に俺は思わず「すどう……」と呟いた。
しかし、次の瞬間、パッと顔を上げた周藤の顔にはさっきまでの苦しげな色はどこにもなかった。
にかっと爽やかに笑う彼は、「でもな!」と言葉を続けた。
「俺、本能に勝つつもりで結婚したから、どーでもいいんだわ!」
(……嗚呼、)
人として、それが当たり前のようにできる人間が、今この世にどれだけいるのだろうか。
(……”美しさ”って、きっと、こういうことを言うんだろうな)
「よぉ~!見舞いと言えばりんごだよなっつって持ってきたぜ~」
「周藤……」
高校時代からの長い友人に「来てくれたのか」と続けるには少し、照れ臭くて中途半端に口を噤む。
りんごをサイドテーブルに置きながら、近寄ってくる旧友。
「おっ、なんか前より顔色いいじゃねぇか。さっすが大学病院様だなぁ」
「ちょっと、声でかいって」
周藤は元野球部だからなのか、普段の声がでかい。
今も建設会社に勤めているせいか、学生の時よりも一層声が大きくなったような気がして、しーっと言って聞かせる。
「あ、わリィ。個室だからてっきり大丈夫かと思って。案外、壁薄いんだな」
金持ち病院のくせにな、と病室をぐるりと見渡しながら言う。
「ってかどーよ!入院って聞いて安心はしたけどさ、要の場合もっと衰弱してんじゃねぇか、ってヒヤヒヤしたぜ」
にかっと笑う周藤に眩しさを覚える。
俺は久しぶりの「友達」特有の軽さが心地よくて「うん、上々」と返した。
周藤は「いいじゃんいいじゃん」と呟きながら、横の丸椅子にどかっと男らしく腰掛けた。
「ま、カオリから顔色が良くなってたって聞いてたけど、本当に良くなったなぁ。目の下の隈も無くなって元の美人顔になってらぁ」
「美人顔って……」
周藤という人間はなぜか、俺の顔の造形を褒める酔狂なやつなのだ。
「診察とカウンセリング毎日だっけ?」
「そ、7日間」
「7日ってことはァ」と、周藤は目線を上にやって指を折り日数をぶつぶつ呟いていた。
「あと2日で退院か!」
「いや、まだわかんないけどね。7日目の俺が退院しても良い状態ならって話だし……」
一応、条件達成のために最近は朝、昼、夜のご飯を少しずつ全品に口をつけるようにした。
看護師には褒められ、眠剤の量や胃薬の量が減ってきた。
最初の方は水分の摂取も怪しいほどだったが今は、点滴で水分補給をしなくても自分で水分を取れるようになった。
「ってか、7日間診察って、医者もブラックなのな~。俺らは去年からやっと週休2日にしてもらえてんのに」
「ああ、周藤もずっとブラックだったもんな」
「そーだよ、土日祝も関係なし。まあ、週休2日制も結局、公共工事ばっかで、民間は関係ねぇーからなぁ」
周藤は、やれやれ、という仕草をする。
しかしすぐに表情を変え、俺に笑みを向けた。
「けどきっと、この調子で行けばまたあの部屋に帰れるよ、要。よかったな」
周藤のどこか安堵したような表情の笑みに、俺は少し目頭が熱くなる。
(あの、部屋に……)
そうだ。俺はこんな生ぬるい入院生活に充足感を覚えている場合ではない。
これは、康祐さんと過ごしたあの家に帰るための試練なのだから。
「またあの部屋に戻れたらさ、飯作りに行ってやっから」
だから、今のうち食えるもん増やしとけよ、と周藤は俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
これも周藤だけがやる俺への癖。
康祐さんとは手の大きさもガサツさも違う、安心と信頼で成り立つ友人の距離。
「ねえ周藤」
「ん?」
周藤は撫でるのをやめ、両足の間に両手をついて学生のようにラフに座った。
俺は、周藤の少し茶色い瞳を見つめる。
「俺と、康祐さんが運命の番じゃなかったって……知ってた?」
俺の言葉に周藤は一瞬身を固めたが、少ししてふと諦めたように肩をすくめた。
「……まあな。本能的にって意味だろ?」
「うん」
頷けば、周藤は腕を組んで少し窓の外に目をやった。
「俺、よく要と康祐さんの部屋に遊び行かせてもらってたっしょ?カオリも連れてったりさ」
周藤の言葉に、そんなこともあったなと懐かしく思う。
四人で鍋を囲んだり、テレビゲームをしたりしたのが、今は遠い昔のようだ。
「そんで、何度目かに会った時さ、俺と康祐さんの二人になった時があってな。そんときに、俺……ほら、デリカシーねぇからさ、聞いちまったんだよ」
「え?」
周藤は気まずそうに頭をかきながら俺を見た。
「ふざけてな。……『要とは運命の番ってやつっすか?』って」
(そんなこと、あったのか……)
知らなかった二人の絡みに俺は目を丸くさせて周藤を見つめる。
康祐さんからそんな話、聞いたことなかったな。
周藤は俺の様子を窺いながら言葉を続けた。
「俺、ベータじゃん?だからさ、アルファとオメガが、どれだけ『本能』とか『運命』ってものに敏感なのか知らなくて……」
いや、言い訳だな、とぼりぼり頭を掻いて、顔を上に向けた。
「とどのつまり、俺はノンデリカシーを発揮して、なんでもないことみてぇにさ、康祐さんに聞いちゃったわけだ」
そしたらさ、と周藤の続ける言葉に俺は真剣に耳を澄ませて周藤を見つめた。
「……康祐さん、しーっとでも言うみてぇに人差し指立ててさ。……『運命だよ』って笑って言ってたんだ」
困ったように笑う周藤に、俺は目を見開いた。
目に映した周藤がどんどん涙に滲んでいくのがわかる。
「……でもそん時は俺、康祐さんの言葉と仕草の意味がわからなくて、帰ってからカオリに聞いたらめちゃくちゃキレられてさ、次会えたら謝ろうと思ってたんだ……」
もう会えなくなっちまったな、と俯く周藤。
俺は、心臓を鷲掴みされたような痛さに思わず胸元の服をグシャリと握りしめた。
それはいつの話なのだろうか。
二人で運命じゃないことを自覚した後の話なのだろうか。
……それとも、康祐さんだけが知っていた時があったのだろうか。
「だから、要からの問いに答えるんだとしたら、それはイエス。でも、俺は、康祐さんが言ったようにお前らのこと、『運命の番』だと今でも思ってるよ」
顔を覆い止まらない涙を隠す俺の頭を大胆に撫でる周藤の声は、本心から思っているように聞こえて、一層涙が溢れて止まらなかった。
「それにさあ、俺とカオリだってお前らと変わんねぇーのよ」
周藤の困ったような声音に、思わず顔を上げる。
ぐしゃぐしゃな顔にティッシュを2、3枚当てられる。
その白い紙の隙間から見えた周藤も、何かを堪えるような顔をして俺から目を逸らしていた。
「……俺はベータだから、俺にとっての運命はカオリ。だけどさ、カオリはオメガだからさ」
周藤は諦めたように笑う。
「……カオリには生物学的な『本当の相手』がこの世のどこかにいるはずなんだよな」
その言葉に俺は思わず「すどう……」と呟いた。
しかし、次の瞬間、パッと顔を上げた周藤の顔にはさっきまでの苦しげな色はどこにもなかった。
にかっと爽やかに笑う彼は、「でもな!」と言葉を続けた。
「俺、本能に勝つつもりで結婚したから、どーでもいいんだわ!」
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