【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第1章

DAY5(#18)

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 周藤が帰った後、しばらくして文月さんが来た。

 彼は規則正しく患者の部屋を回っているのか、いつも同じ時間帯に俺の病室が3回ノックされる。

 今日もいつも通りの時間に、いつも通りの服装で、いつも通りの彼が現れ静かに何も言うことなく、腰を下ろしていた。

「最近、少しずつご飯の食べる量が増えていますね。夜も眠れていると佐々木先生や看護師から窺ってます」

 「はい」

 頷いた俺に、文月さんはふとバインダーから顔を上げた。

「頑張っていますね」

「え?」

 文月さんはなぜかそれだけを言ってまた、バインダーに目を落とす。

(頑張ってるねって言った?)

 褒められたのか?俺。

 なんとなく、じんわり体がぽかぽかした気分になり、何も返すことができなかった。

 「この調子なら本当に家に帰れるかもしれませんね」
 「え!本当ですか」

 俺は身を乗り出して先ほどまでの違和感を忘れ、文月さんを見つめた。
 文月さんは「まあまだ少し食べる量が少ないですが……」と何やらぶつぶつ言っていたが、そんなことはどうでも良かった。

 帰れるかもしれない。
 それを医療従事者から言われたことが何より嬉しかった。

「帰りたいですか」

 文月さんの問いに俺は口角を上げる。

「もちろん」

 短く返した俺の言葉に、文月さんは何も返すことはない。
 なんとなく沈黙が嫌で、俺はまた疑問が口に出ていた。

「そのバインダーって何が書いてあるんですか?」

「患者さんの体調記録だったり小話です」

「小話?」

 首を傾げたがすぐに思い当たった。

(ああ、AIいじりしたこととか色々書かれてるのか)

 じゃあ中庭に出たことも……いや、あの時、俺が話していた時、彼はバインダーを開いていなかった。
 同じようにベンチに座って、同じように空を見上げながら話をしていただけだ。

(あの話は書いていないのか?)

 ……文月さんに話した時点で報告書に書かれるのは覚悟の上だったけど。

「何人分くらい書いてあるんですか?全部毎回メモして見返したり報告書作るの大変そうですね」

 何気なく言うと、文月さんはバインダーを見つめながらパラパラと中にある用紙をペラペラと捲る。

「……まあ、2、3人程度ですかね」

 「?ふーん?」

(程度、とは)

 と聞きたがったが、なんとなく文月さんから「これ以上聞くな」というオーラが出ていたような気がして、俺はそれ以上彼に踏み込むのはやめた。

「美澄さんは、家に帰れたら真っ先に何がしたいですか」

 今度は文月さんのターンらしい。
 その質問に俺は考える余地なく、ほんの少し笑って返す。

「康祐さんに”ただいま”って言います」
「……仏壇に手を合わせるんですね」

 文月さんの言葉に「いいえ」と笑った。

「彼の骨も本当の仏壇も、全て彼の実家にあるので。そういう意味ではなく……。家に、自分用の康祐さん追悼用のセットを置いてあるんです」

 文月さんは黙って俺をみている。

「彼が俺をみて笑っている写真と、花とお線香とお供えが勝手にできるようにしてあるから」

 俺は今まで、「いってらっしゃい」の立場で、皆に「おかえり」と言えなかった。
 簡易で偽物と言えども、康祐さんには同じような思いはしてほしくないから。
 ……だから早く家に帰って、「ただいま」って笑いかけてあげたいんだ。

 それで、仏頂面の文月さんと陽気な佐々木先生の話でも聞かせてあげよう。

 この濃い7日間の出来事を、あなたは笑って聞いてくれるだろうか。

 食べられるようになってしまってごめんね。

 笑えてしまってごめんね。

 腹は鳴るし、涙も出るようになってしまった。

 他人と冗談を言い合えるようになってしまったよ。

 でも、康祐さんが居なきゃやっぱり、俺の人生……正しくならないんだよなぁ。

 「幽霊でも良いから、そばにいて欲しいなぁ」

 俺の呟きに、文月さんはバインダーを閉じた。

「……きゅうりと茄子がありますよ」
「へ」

 真面目な顔で、そんなことを言う文月さんが面白くて、俺は「フハハっ」と吹き出してしまった。

 そうだな。
 お盆には、きゅうりと茄子があるんだ。
 それに足をつけてあげて、康祐さんが乗りやすいものを作ってあげよう。

 帰る場所が2箇所もあって大変かな。
 でも、こっちにだって帰ってきてよね。

「……俺、文月さんのそういう少しズレてるとこ、結構好きですよ」

 笑って言えば、ほんの少し目を丸くした文月さんが顔を逸らした。



「……どうも」



 とだけ返した彼の耳が、ほんの少し赤く見えたのは気のせいだろうか。
 
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