【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第2章

#8

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 微笑めば、ほんの少し文月さんの顔が歪んで俺からパッと顔を逸らした。

 そんな彼を見つめるなんて無粋なことはしないでおこう。

 看護師に嗜められている子供を見遣りながら、言葉をつむぐだけにする。
 

「今度は、どこで誰役にしましょうか」
 

 病院以外がきっと、良いですね。と付け加えて笑ってあげれば、文月さんは困ったように微笑んだ。

 
「どこが……たちに合いますかね」

 
 文月さんの呟きに、俺はざわざわと葉が風で擦れる音に耳を澄ませた。

「俺は、白衣を着てないまっくろくろすけの文月さん、結構好きです」

 にしし、と笑ってやると、文月さんも「ふはっ」とほんの少し年相応に笑う。

「なら今度は、……美澄さんの行きたい場所で、あなたの話を聞きたいです」
「俺の話?」

(別にもうないけどなぁ)

 一週間でだいぶ文月さんに話してしまっているし。

 そう思いながら聞き返せば、文月さんは目を細める。

「……美澄さんの声は心地が良いので」

 時折、毒を吐かれますが、と言われ、俺は(まだ根に持ってんだ)と呆れて笑ってしまった。

 文月さんの顔色がだんだんと良くなっているような気がして、俺はなんでか少し心が落ち着いた。
 
 もっと、元気で仏頂面のいつもの貴方でいてほしい。

 この気持ちは、恩義であってほしい。


 そうでなければ……。


 俺は、おもむろに口を開く。

「なんでか知らないんですけどね。俺、……康祐さんがもう、心に住んでる気がするんです」
「……はい」
 
 文月さんは相槌を打つ。

 俺はそれに安堵して、言葉を続けた。

「それで、心に住んでる康祐さんが言うんです」

――……『朝起きなさい』『布団を干して、ご飯を食べなさい』『少しは外に出なさい』……。

 「……『俺は俺だから、要は要を生きなさい』って、言ってる気がするんです」

 ほんの一ヶ月前には思わなかった。

 そんな都合の良い声も聞こえなかったのに。

 今は、自分の都合の良い康祐さんが胸にすみついている。

 でもそこまで、俺を立て直してくれたのはやっぱり「ここ」なんだ。

「すごく都合の良い妄想だって言われちゃそれまでなんですけどね。でも、康祐さんって亡くなっても正しいことばっか言うなぁって、なんか面白くなっちゃって」

 俺は文月さんに向き合う。

「だからね文月さん。俺は康祐さんと共存してるけど、俺は俺の人生を生きようと今は思えてるんですよね」

 「だからさ、」と口角をあげにっこり笑って、文月さんに言った。

 
「あんま根詰めないでほしいです。役名を変えたとしても、文月さんも文月さんとして生きてほしいなあって」

 
 こうやって今、笑えるようになった俺を作ったのは紛れもなく、……文月さんだよ。
 

 「俺みたいなのがたくさんいて大変だろうけど、彼らにとって貴方は一人だから」
 

 俺にとって、文月さんが唯一だったように、きっと他の苦しんでる誰かにとっても文月さんは唯一のはずだ。

「……精神科医になろうがなるまいが、貴方はすでにここで一人は確実に救っています。それだけは、伝えたかったので……」

 言っていてクサい台詞だろうかと思ったけれど、文月さんはどこか眉根を寄せて下唇を噛みながら俺を見ていた。

 ふと彼の手元に目をやれば、握りしめているのか白くなっていて僅かに震えていた。

(触れても、良いだろうか……)

 ゆっくりと、その震える手に自分の手を重ねた。

 少しかさついていた文月さんの手の甲。
 
 アルコール消毒をたくさんしているのだろうか。

 少し、荒れているように思えた。
 
 びくり、と文月さんが肩を揺らす。

「……すみません、震えていたから」

 そう呟いた時、なぜか自分の腹の奥が熱くなるような感覚と、強烈な甘い……バニラの香りがして思わず顔を上げた。

 なんだろう、この体の奥から何かを感じている気がする。

 毛羽立つような寒気とも違う、何か。

 頭皮の毛穴もぶわっと逆立つような、震えてしまいたくなるような熱い……熱が籠るような……。

 全身の細胞がに反応している――……こんな強い衝動は、初めてだった。

 文月さんは何に驚いているのか、目を見開いて俺をただ見つめている。

 「……文月さん、今――……」

 

 そう続けたかったけれど、13時を告げるチャイムが鳴り響きお互いにハッとして触れていた手を離した。

 触れていたところがなぜか熱い気がする。

 文月さんは口元を腕で隠しつつ、「……すみません、仕事戻ります」と慌てて立ち上がった。

 俺は手の熱さをじんわり感じながら、文月さんの背中を見る。

(あ、文月さん結局ハンカチ置いてってる……)

 お菓子も買ったのに。

 紙袋を二つとも置いて、もう院内に入ってしまった。

(さっきの強烈に甘い香りはなんだったんだろうか、香水……?)

 いや、医療従事者である彼が香水なんてつけるわけもない。
 
 康祐さんと番になった時も甘い香りがしたけれど、あの時はほんの少し、鼻を掠める程度。
 
 耳の裏に顔を埋めてようやく、洋菓子のようなクッキーのような少し美味しそうな香りだった。


 ――……あそこまで強い匂いは嗅いだことがない。


(甘かったな……柔軟剤?)
 

 まあでも。
 
 なんだか今日は文月さんのいろんな顔を見ているような気がして気分が良かった。

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