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第3章
#3
しおりを挟む文字通り、『頭が真っ白』とはこのことなんだろう。
康祐さんが亡くなったと知らされた時とはまた違う衝撃が、頭に響いた。
「そ、……そんなわけないじゃないですか」
俺はなんとか喉奥から声を絞り出して、裏返らないようにカオリさんに笑う。
でも乾いた笑いにしかならない。
口の中が急速に乾くような感覚を覚え、ほうじ茶を勢いよく飲んだ。
「あぢっ⁉︎」
「ちょっと、大丈夫⁉︎」
タオルタオル、とカオリさんは自分の家かのようにタオルを探しに行き、ほうじ茶をこぼした俺の服や口を甲斐甲斐しく拭いてくれた。
「話半分で聞けってば~」
カオリさんの呆れた声に(いやそれは無理がある)と心で思うが、「はあ」というしかない。
熱々のほうじ茶で火傷した舌がジンジンする。
「まあじゃあ90パーセント、私の勘ってことにしよう。そうしたら落ち着いて聞けるんじゃない?」
言い方を変えて俺に伝わるように、カオリさんは話をしてくれる。
カオリさんが買ってきてくれていたらしいミネラルウォーターを飲んで舌を冷やし、カオリさんの続きの言葉を待つことにした。
「まあ、言いたいことはさっきと変わらないのよ、要くんさ、今の自分の顔、過去生きてきた中で見たことある?」
(今の自分の顔……?)
カオリさんは、カバンから手鏡を取り出して渡してくれる。
それを恐る恐る手に持ち、自分の顔を写した。
「目が落ち窪んで、顔色が悪くて、唇もカサカサ。髪艶もないし……不健康そのものね」
笑い飛ばして言うカオリさんの言葉に、俺はある既視感を覚えた。
(その状況……どこかで、俺が誰かに思ったような……)
カオリさんに手鏡を渡しながら思考を巡らせていると、カオリさんはバッグに鏡をしまいながら話を続けた。
「オメガとアルファって諸説あるけどさ、今の要くんのその身体症状って『運命の番』と出会っているのに、番になれていないが故の欲求不満の現れの症状に似てるのよ」
「とっても」とカオリさんは言った。
俺は「で、でも!」と身を乗り出す。
「俺、マジで誰にもあってません!康祐さんが亡くなってからも、そういうハッテン場?とかオメガ専用の婚活?とかもないし、周藤かカオリさんにしか会ってません!」
そう言うと、カオリさんは「コンビニは?」と言ってくる。
「コンビニはそりゃ行きますよ……スーパーも……でも、え?店員さんってことですか?」
カオリさんは顎に手を当てて首を傾げる。
「いや、でももしコンビニやスーパーとかよく行くところに相手がいたとしたら、よく行くわけだからそこまで身体的には出てこないと思うんだ」
私がそうだったからわかるの、とカオリさんは笑って言った。
い、いくらカオリさんがそうだとしても、それが真実とは限らない。
俺には何か、別の精神疾患を持ち始めたのかもしれないじゃないか。
「最近何か変わったことは?」
カオリさんの追求はまだ続く。
俺は、顔を逸らしてできるだけ落ち窪んだ顔を見せないようにした。
「……そろそろバイトしようかと求人を携帯で見てたくらい、です」
「それじゃあ、出会いにはならないわねぇ」
「だ、だから!」
俺は思わず大声を上げていた。
無意識だった。
なんでか、泣きたくて、悔しくて、苦しくて、たまらなかった……。
だって、だって、そんなの……。
欲しかった『本能』の反応じゃないんだよ……。
「俺は、康祐さんが運命の番だから……」
「うん」
「康祐さん以外の人と、今更どうこうなんて思えない……」
「うん」
「それに、誰とも出会ってないのも本当です……」
「うん」
「3ヶ月前なんて病院に行ったっきりで……」
ぴた、とカオリさんの動きが止まったのと同時に、俺は自分が発した言葉に嫌な予感がした。
(3ヶ月前……病院……)
頭の中で、『思い出すな』と警鐘が鳴らされる。
思い出したら終わりだと、俺の細胞が訴えている気がする。
「……い、いや。やっぱなんでもないです、誰とも出会ってない。俺には康祐さんがいるからそれで十分……」
「要くん」
カオリさんの強い呼びかけに、俺はビクッと肩を揺らした。
彼女に背を向けて、耳を塞ぐ。
でも、手なんかじゃ現実をシャットアウトなんてできなかった。
「その時、誰かと何か……不思議な感覚にならなかった?例えば……」
――……甘い香りがしたとか。
カオリさんの言葉に、……頷くことはできなかった。
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