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第3章
#5
しおりを挟む『藤間』と書かれた表札が目に入り、どことなく胃がキリキリと痛んできた。
2階建てで壁はクリーム色、屋根はオレンジ色に近い赤なのだろうか。
可愛らしい一軒家の前で、俺は場違いとも思えるような格好でそこに立っていた。
もう時期的には『ご挨拶』と言うのが相応しいのかもしれないが、俺にとっては初の弔問。
だからこそ厳かにするべきだと思い、康祐さんの葬儀以来の喪服を取り出してクリーニングに預けたのが1週間ほど前のこと。
一応何かを持って行くべきだよな、と思い百貨店なるものへ久しぶりに行ってみたが、店内のテンションと自分のテンションが合わず、何かしらを適当に買い漁って早々に立ち去ったのが昨日のこと。
見た目としては完璧だと思う。
血色の悪い顔も、弔問ならおあつらえ向きだろう。
「はぁ……」
康祐さんのご両親を初めて見たのは、康祐さんが見せてくれたアルバムの中で幸せそうに笑って写っていた時。
2度目に見たのは、康祐さんの葬儀の時に泣き崩れていた姿。
ご挨拶に伺わなければならないのは分かっていたけれど、なんとなく二人とも、重い腰を上げられなかった。
俺と付き合っていることを知っていたらしいご両親も、「挨拶に来い」とは言わなかった。
それが答えなんだろう、と俺は勝手に思っていた。
しかし、康祐さんはいつも言っていた。
――……『今度、ちゃんと挨拶しに行こうね』
と。
(一人での『ご挨拶』なんて気が重いよ、康祐さん……)
甘えるように空を見上げると、憎たらしいほどの青空が広がっていて、俺はもう一度「はぁ……」とため息を吐いて覚悟を決めた。
「よし」
小さく自分を鼓舞して、インターホンのボタンを押してカメラに写るようになんとなく立ち位置を微調整する。
しばらく待っていると、ざざっと機械のノイズと共に『はい』とはっきりとした女性の声が聞こえた。
俺の心臓は一気に激しく鼓動し始め、肩がこわばる。
できる限り『普通』に見えるように、いつもよりも声帯を震わせてマイクに向かって話した。
「あ、私……先日ご連絡いただきました、美澄 要と申します」
『あ、はい!今、開けます』
女性は思い当たったのか思い出したかのような返事をして、マイクを切った。
なんとなく、インターホン越しに『お付き合いさせていただいておりました者です』と言うのは憚られた。
また少しして、今度はガチャと音を立てて玄関が開く。
顔を出した女性は少しやつれているように見えたが、俺を捉えるとパッと笑顔になり、玄関を開けて「どうぞ」と会釈をしてくれた。
なんだか思っていたような反応とは真逆で、心がホッとするのと同時に、不思議な気持ちになった。
俺は、彼女の会釈に合わせて自分も頭を下げる。
金属音を立てながら可愛らしい門扉を開けて、女性が待つ玄関へと足を進めた。
「さ、どうぞ」
女性は柔和な雰囲気で、相変わらず笑顔で俺を迎え入れてくれる。
「あ、ありがとうございます……」
こういう時はどんな顔が正解なのだろうか。
笑うのは不自然であり不謹慎であることなど俺にでも分かる。
玄関で靴を脱いで室内に上がれば、「先に、康祐に会いに行きますか?」と母親らしき女性は言ってくれる。
「……ぜ、ぜひ……!」
俺は本物の仏壇に手を合わせられることに嬉しさを感じて、思わず前のめりになって返事をしてしまった。
その様子がおかしかったのか、母親らしき女性はくすくす笑いながら「こちらです」と家を案内してくれた。
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