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第3章
#6
しおりを挟む畳の部屋に丁寧に置かれた康祐さんの仏壇に、思わず息を飲んだ。
うちに作った簡易な仏壇もどきなんかとは違う。
(本当にここにいるみたいだ……)
骨壷なんかは置いていない。
きっともう墓の下なのだろう。
遺影は、家族が撮ったであろう康祐さんのほんの少し微笑んだ顔だった。
どれもこれもが俺の家にあるものと違う。
きっと家族が見たい康祐さんと、家族が見てきた康祐さんの顔が俺が見てきたものと全く違うんだろう。
俺は、所作に気をつけて一連の流れを終えて康祐さんに挨拶をした。
(一人でお家、来ちゃったよ)
ほんの少し、茶目っ気を出してみるも康祐さんからの返事はない。
そりゃあそうだよなあと思いながら、しばらく康祐さんの写真を見つめた。
(うちにある康祐さんの写真の方が……好きだな……)
失礼かもしれない、こんなことを考えて。
でも、二人で過ごしてきた康祐さんしか知らなくて、その彼が好きだからやっぱり、二人で笑い合っていたあの時の彼が好きだった。
「お茶……飲みましょうか」
後ろから声が聞こえて、物思いに耽っていた俺はハッと振り返る。
「っあ、こ、これもしよろしければ……」
手土産です、と言うのはなんか違うような。
かと言って何て表せばいいのだろうか。
分からないまま先ほどの女性に百貨店の紙袋を渡してしまった。
女性は「まあ、お手数をおかけしてすみません」と頭を下げてくれる。
「こちらの部屋へどうぞ。ソファにでも座っていてくださいな」
物腰柔らかい女性はそう言って俺をソファに座らせて、自分はキッチンへと消えていった。
かちゃかちゃと食器をいじる音や、湯を沸かす音などが聞こえる。
その音に耳を傾けつつ、俺は少し息を深く吸ってみた。
(……ここで、康祐さんは育ったんだな……)
生まれたのもここだったのだろうか。
キッチンで沐浴させてもらっていたのかな。
アルバムとかあるのかな。
康祐さんにも反抗期はあったのだろうか。
彼の、俺以外と過ごしてきた半生を俺は知らない。
開けられていた窓から風が入り込み、真っ白なレースカーテンが揺らめいていて綺麗だと思った。
よく見たら、庭も丁寧に手入れされていて花が少し見える。
(後で、見せてもらえるだろうか)
そんなことを考えていると、女性がかちゃかちゃと音を鳴らしてお盆に茶器を乗せて戻ってきた。
コポコポと、急須から湯呑へお茶を注ぎ俺に「どうぞ」と出してくれる。
「ありがとうございます」
頭を下げつつ受け取り、女性も自分の湯呑に茶を注いだらやっと、俺と目が合った。
「私がお電話させていただいた、康祐の母のミドリと申します」
(やっぱ、お母さんか)
どうりで笑った時の目元が似ていると思った。
俺は背筋を伸ばす。
「あの、先日はお電話くださってありがとうございました。ろくにご挨拶にも伺えず申し訳ございませんでした」
康祐さんの写真の前で何度も口に出して練習をした謝罪の言葉。
練習のおかげかスムーズに口に出せた。
その言葉を聞いたミドリさんは、少し目を丸くした後、ふ、と息を吐いてお茶を啜った。
俺は何を話せば良いのか分からず、ミドリさんの真似をして自分も茶を啜った。
急須で淹れた緑茶なんて、子供の時ばあちゃんが淹れてくれた時以来だ。
ミドリさんはしばらく庭先を眺めていたが、ふと俺を見た。
「……ずっと、連絡できなくてごめんなさいね。……葬式も」
目を伏せたミドリさんは、やはり康祐さんの面影を感じる。
なんだかまだ康祐さんがここに生きているみたいで、不思議な高揚感と一抹の寂しさが俺の心に共存している。
「い、いえ……」
俺は、湯呑をテーブルに置いてミドリさんを見る。
「……俺の方こそ、逃げるように康祐さんと過ごしてしまっていて、すみませんでした」
謝るしかできないのは付き合っている時から覚悟していたこと。
お宅の大事な息子さんを、俺は独り占めしてしまっていたのだから。
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