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第4章
#2
しおりを挟む(みんなしてなんなんだよ……)
結局、佐々木先生はなんの処方箋も出してくれず、俺は「運命の番誰だったか教えてねー!」と、元気よく診察室から追い出されてしまって、仕方なく診察料だけ払って、また中庭に戻って来ていた。
「はぁ……」
眠剤ももらえないのは結構辛いかも……。
曇り空の下、今夜もまた眠れないのか、と嘆いていると中庭に誰かが来たようで話し声が聞こえてきた。
「せんせー!あめふるかも!浴びてもいい⁉︎ 」
「……いや、浴びたらダメかな」
(ん?)
片方の声に聞き覚えがあるように思い、ふと話し声のする方へ目を向けた。
(あ)
そこにいたのは案の定、白衣を着た文月さんとニット帽を被った小学生……低学年ほどの男の子だった。
少年はきゃっきゃと楽しそうに文月さんの周りを走りまわっている。
よくよく見れば、少年は髪の毛や眉毛がないように見えた。
もしかしなくてもきっと、……頑張って戦っている子なのだろうな、とぼんやり見つめる。
文月さんはそんな少年から目を離さずに、目線を合わせて時々何かを言っている。
しかしもう、少年の声しかこちらには届いてこない。
段々と少年の走り回る位置が俺のいる場所から離れていくからだ。
(文月さん、子供似合わないなぁ……)
ふ、と吹き出してしまうが誰にもバレていなから良いだろう。
なんだかベンチから動くのが気だるくなってしまったな。
ぼんやり少年と文月さんを眺めていると、どこからか甘い匂いが鼻を掠めた。
(……?)
風に乗って流れてくるようなこの甘い匂い……どこかで嗅いだような。
ふと顔を上げれば、文月さんは辺りをキョロキョロ見渡して何かを探している。
彼の横顔は、俺と同じく青白くて少し痩せたように見えた。
文月さんはそのまま待合室の方を見たり正面玄関を見たりして落ち着かない。
少年は不思議そうに「せんせー?」と話しかける。
その声にハッとしたのか、慌てて少年の元へしゃがんで話し相手をしてやっている。
(……ああ、もう、わかったよ)
俺は苦笑しながら、文月さんを見つめた。
ここまで言われたら、認めざるを得ないよ。
こんなに遠いのに、甘い香りは鼻に届いている。
バニラのような香りは、俺の体の芯をぽかぽかさせてくれた。
離れていても、『本物』なら声の聞こえない距離でも満たしてくれるんだな……。
康祐さんの時は、抱きしめられたり触れられたりしなきゃダメだった。
近くにいるだけでは渇望は抑えきれなくて、イライラしてしまったりもした。
自分では訳がわからないうちにイライラして寂しくなって悲しくなるから、康祐さんがいつも先に気づいてケアしてくれた。
……香りなんて、触れた時くらいにしか香らなかった。
(『運命』ってやつは、すごいなぁ)
きっとこのベンチは、文月さんといつも座っているベンチじゃないから、文月さんの位置からだと木が邪魔して見えないんだろうな。
シマトネリコが、大きいから。
それでも文月さんは何かを探すように、少年と遊びながらも何かを……きっと『俺』を探している素振りだった。
俺は、この病院の診察券を割って中庭のゴミ箱に捨てた。
そっとベンチを立って裏口の方へまわり、彼にバレないよう病院から立ち去った。
(……ごめんね。文月さん)
届かない謝罪だけを心で呟いて。
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