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第4章
#8
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「……さあ、落ち着いて話そうぜ!な、要」
「うん……」
周藤の明るい声がさっきまでの自分達の修羅場を忘れさせるようだった。
「その前にシャワーでも浴びて来ちゃえば?」
カオリさんの冷静な声に、俺が答えるより早く周藤が返す。
「いや、風呂場も荒れてたから片付けが先だぜ」
「あー……じゃあもうウチに来ちゃう?」
カオリさんの言葉に、周藤は「あ、それいいな」と乗っかり俺はぼんやりしていたので反応が遅れてしまった。
「えっ、あ、いや」
周藤はにかっと笑って言う。
「ほら、最低限パンツくれぇーでいいよ!康祐さんの写真も持って、もうウチに行こうぜ!」
カオリさんもしゃがんで俺に目線を合わせた。
「こんな荒れた部屋じゃ考えなんてまとまらないわ。ウチに行きましょう」
二人の言葉に逆らえることはもうなかった。
気まずい気持ちのまま頷けば、対照的に二人は嬉しそうに頷く。
「よし!そうと決まれば準備だー!」
周藤の意気揚々とした声は、この荒れた部屋に不釣り合いで思わず、笑ってしまった。
ここまでしてくれているのに。
(不義理だな俺は)
今なんとなく、空の上から康祐さんに怒られた気がした。
――『自虐は要の悪い癖だよ』だなんて。
*
「よし、体もさっぱりしたことだし話しましょうね、要くん」
目が笑っていないカオリさん。
ニッコリとはしているものの逃がさないぞ、という圧を感じ、俺は久しぶりのお風呂でほかほかとした心が一瞬で冷えた。
その様子に周藤はコーヒーを飲みながら笑っている。
俺は「その前に……」と、恐る恐るカオリさんと周藤を見た。
二人は「ん?」と仲良く声を揃えて首を傾げる。
俺はバッと立ち上がって、すぐにしゃがみ床に頭を擦り付けた。
「さっきはごめんなさい‼︎ カオリさんを突き飛ばしちゃったり、酷いこと……たくさん言いました……すみません」
いくら友人と言えど、言って良いことと悪いことがあるのは流石に俺でも分かる。
俺の謝罪に呆気に取られたのか二人は一瞬固まっていたが、すぐに俺の体を起こして「ちょっと、良いってば!」とカオリさんに頬を撫でられた。
「オメガのホルモンバランスが荒れると誰でもああなるのよ。あたしも経験あるから分かるわ。ねえヒロくん」
カオリさんの言葉に周藤は困ったように笑う。
「いやマジで。カオリの場合、研いだばっかりの包丁向けられたから、あー俺ここまでか、って思ったもんな~」
と言う周藤は懐かしげに目を細めていた。
カオリさんは何か文句言いたげに周藤を見ていたが、すぐに俺の方に向き直った。
「ま、そういうわけだからあたしらは覚悟して来たわけよ。部屋があんな風になってるとは流石に思わなかったけど」
と、笑われ俺は「すみません……」と二人含め、ここにいない大家さんにも謝罪をした。
「それでさ要くん」
カオリさんは俺をソファに座り直させ、本題とばかりに口を開く。
「もう気づいてるんでしょ?運命の番が誰か」
カオリさんの言葉に、周藤は黙って俺たちを見つめている。
俺はもう観念して、静かに頷いた。
「はぁ……」
安堵したのか、周藤とカオリさんの深く吐かれた息が重なるのが聞こえた。
「……それはあの病院の関係者。そうよね?」
「……はい」
それくらいならば良いだろう、と頷けばカオリさんは「やっぱりね」と俺の隣に腰掛け力を抜いた。
たったこれだけの真実を確認するために、この二人にどれだけ労力をかけさせてしまったのだろう。
俺は申し訳なさに俯く。
「要」
周藤の呼び声に顔をあげた。
「お前があんな破壊衝動起こしちまったのは、そいつに振られたからか?」
周藤の言葉に僅かに目を開いたが、ゆっくりと首を横に振った。
「……違うよ」
俺の台詞にカオリさんが口を開く。
「じゃあ、要くんから離れたの?」
そう言われたら、そうかもしれないがそうとも言い切れないというか。
そもそも俺と『彼』の間には何もないのだ。
「離れたというか、……そもそも何も始まっていないので」
短く簡潔に伝えると二人は目を合わせた。
「向こうも何も言ってこないってこと?」
「まあ、……はい。そう、ですね」
まるで『彼』が悪いかのような言い方をされてしまい、そうではないのだと伝えるにはどうしたら良いのだろうか。
康祐さんの言葉を探そうと胸の内を探るけど、何も出てこなかった。
「……もしかして、相手にはパートナーが?」
カオリさんの言葉に俺は首を傾げる。
「分かりません」
ただ、居ないと思う。
これは勘だけれど、最後に見た中庭での様子は紛れもなく番を探すアルファの動きだった。
パートナーがいてもあんな行動をするだろうか。
きっと見て見ぬふりをするのではないか。
……いや、これは俺の推測か。
もしくは、彼と康祐さんを重ねてしまっているかもしれない。
もし、生前に康祐さんが運命の番と出会っていたら、あんな風に探して欲しくないと思った。
見て見ぬふりを……して欲しいと思ったから。
「まあ……。事情は分かったわ」
カオリさんの言葉に、周藤も頷いた。
「じゃあ、行きましょうか!」
「ん?」
カオリさんは立ち上がって上着と鞄を手に持つ。
「ヒロくん、要くんの髪の毛乾かしてあげて。あと服も上着がないと寒いだろうから」
「オッケー」
「え、ちょ、ちょっと……!」
俺が理解しきれていない間にドライヤーを持った周藤が近寄って来てしまう。
カオリさんは戸惑う俺に笑いかける。
「なぁに、おどおどしてんのよ!会いに行くのよ、『彼』に!」
「え゛⁉︎」
会いに行くって、……え⁉︎
いやいやなんで⁉︎
「あのねぇ、要くん。あなたは生きていく以上、その飢餓状態で生きるしかなくなるのよ?本物の『運命の番』が亡くなったわけじゃないなら、今度は本能が騒いでる方に会いに行ってやりましょうよ」
カオリさんは言う。
「それからでも良いじゃない。『本能』と『自分』が対話するのは」
周藤によってドライヤーのスイッチが入れられてボワーっと大きな音で、カオリさんの言葉はそれ以上聞こえなくなった。
(どうするよ?康祐さん)
縋るように問いかけても、ドライヤーの音と周藤の鼻歌しか聞こえなかった。
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