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第5章
#6
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喫茶店はとても働きやすかった。
客層は穏やかで、読書をしたい人か学校帰りの学生が勉強をするかがほとんどだった。
時折、昼間に淑女会のようなものが繰り広げられている。
混むなんてことはあまりなくて、俺の社会復帰にはちょうど良い程度の労働だった。
接客の合間に仕事を教わり、コーヒーを淹れる以外のことは一通りメモすることができた。
飲食店のバイトをしていたことが功を奏したのかもしれない。
マスターも穏やかで体調を気遣ってくれているし、彼の気さくな人柄は何より楽だった。
無遠慮にプライベートに踏み込まれることも他人ならではだと思う。
こういった人間関係は久しいなと、どこか俯瞰して彼と話すことができた。
そんな日常を送っていたら、いつの間にか康祐さんの家に再訪する日になっていた。
また『藤間』と書かれた表札の前で立ち尽くす。
今日手に持っているのは、百貨店で買ったものではなく喫茶店で見繕った珈琲や茶菓子たち。
マスターに相談したら少し安くして揃えて梱包してくれた。
(まあ、マスターにはパートナーの実家に行くって体になってるけど……)
と、思い返しつつ、深呼吸をする。
深く息を吸ったタイミングで、ガチャっと扉の開く音がしてビクッと体が反応してしまい、衝撃でむせた。
「ケホッゲホッ」
咳き込んでいると「あらあら」とミドリさんの声が聞こえる。
「驚かせちゃったかしら?」
背中を摩ってくれるミドリさんになんとか口角を上げる。
「すみません、ちょっと緊張して……」
「何よ、この間来てくれたじゃないの」
笑い飛ばしてくれる軽さが心地よくて、「そうですよね」と自然に返せた。
「窓から要くんが見えたからね、つい出てきちゃった」
お茶目に笑うミドリさんに、素直に嬉しさを感じる。
(歓迎、されているのかな……)
その小さな変化に頬が緩む。
「あら、要くん。この間より元気になった?」
「え?」
ミドリさんの鋭い指摘に俺はドキッと胸が鳴る。
するとミドリさんが耳打ちするような仕草でこっそり教えてくれた。
「……私、最近3キロ増えちゃって……」
要くんも前よりほっぺたが可愛くなってるなって思って、と言われ、思わず頬を手で隠した。
ミドリさんは笑いながら「さ、入って!」と腕を引っ張ってくれた。
*
この間来た時と同じ、康祐さんの実家の香りがして前よりは明るくなったミドリさんにまた和室へ案内されて康祐さんに挨拶した。
(また来ちゃった……)
心で笑いながらそう言ってみる。
康祐さんだったらなんて返すだろうか。
――死んでから仲良くなるなんて。
って、笑って言いそうだなぁと思いながら、遺影の康祐さんを見つめる。
「要くん、こっちこっち」
後ろにいたらしいミドリさんに手招きされて、「はい」とその小さな背中を追うと、リビングには康祐さんの面影がある寡黙そうな男性と俺に興味津々なのが丸わかりな青年が目をキラキラさせてそこにいた。
男性は新聞を読んで、俺が来てもこちらを見もしなかった。
ミドリさんの言葉を思い出す。
――同性愛に良い印象がなかった。
ミドリさんが二人に向けて言った。
「ほら!康祐の恋人の要くんが来てくれたわよ!挨拶して二人とも!」
ミドリさんの言葉に青年は「初めまして!」と元気よく返してくれる。
「初めまして、美澄 要と申します」
頭を下げると、新聞が動く音がした。
ミドリさんが焦ったように「お父さん!」とたしなめる声が聞こえる。
俺は内心、心臓をバクバクさせながら頭を上げることができなかった。
(おこ……怒られるかも……しれない)
なんでか、そう思ってしまった。
しばらく頭を下げていると、青年が言った。
「あ、お父さんは堅物だから気にしないでいいよ要さん!こっち座りなよ!」
パッと顔を上げると、青年は康祐さんに似たような明るい笑顔で手招きしてくれていて、(ミドリさんの息子だなぁ……)なんて呑気に思った。
一方、堅物と呼ばれたお父さんはまだ新聞から顔を上げない。
その新聞で壁を作られている気がして、俺も思わず目を逸らしてしまった。
「あ、ありがとう……」
青年にお礼を言うと、彼はにかっと笑う。
「俺、琉誠って言うんだ!要さんて呼んでいいっしょ?」
若者らしいフレッシュな声に俺は「うん、琉誠くん。よろしくね」と返す。
すると琉誠くんはわざとらしくため息を吐いて、テーブルにあったチラシをぐしゃっと丸めてお父さんにポンッと投げた。
「りゅ、琉誠くん⁉︎」
俺は驚き立ち上がってあわあわすると、丸めたチラシの塊を当てられたお父さんはようやく新聞を下ろして「何するんだ」と琉誠くんに言った。
(そうだ、何するんだ……)
余計機嫌が悪くなっちゃうだろ……と心で思いつつ、二人の動向を見つめていると、琉誠くんが呆れた顔をお父さんに向けた。
「大人げねーよ。ダサい」
短いその言葉はお父さんに刺さったのか、しばらく沈黙したのち、新聞とチラシを片付けてまた同じ場所に座り直した。
そして、またしばらく沈黙を作ったのちに重々しく口を開いた。
「……康祐の父だ」
「マサタカです、ってちゃんと言えよ」
「うるさいなお前は。さっきから」
マサタカさんと琉誠くんのやり取りがテンポ良くて少し笑ってしまう。
二人が同時に俺を見たので、思わず背筋を伸ばして「よ、よろしくお願いしますっ」と言えば、ミドリさんがお盆を持って来てくれた。
お茶と一緒に、俺が持ってきたお菓子が茶菓子として出された。
「あらあら、固いわねぇ~。お父さんのせいだわ~」
「そうだよ、父さんのせいだよ。可哀想に」
今度はミドリさんと琉誠くんのタッグがテンポ良くて笑ってしまった。
(康祐さんはここで育ったんだなぁ)
今更ながら、『元恋人』のあたたかさの由来がわかった気がした。
客層は穏やかで、読書をしたい人か学校帰りの学生が勉強をするかがほとんどだった。
時折、昼間に淑女会のようなものが繰り広げられている。
混むなんてことはあまりなくて、俺の社会復帰にはちょうど良い程度の労働だった。
接客の合間に仕事を教わり、コーヒーを淹れる以外のことは一通りメモすることができた。
飲食店のバイトをしていたことが功を奏したのかもしれない。
マスターも穏やかで体調を気遣ってくれているし、彼の気さくな人柄は何より楽だった。
無遠慮にプライベートに踏み込まれることも他人ならではだと思う。
こういった人間関係は久しいなと、どこか俯瞰して彼と話すことができた。
そんな日常を送っていたら、いつの間にか康祐さんの家に再訪する日になっていた。
また『藤間』と書かれた表札の前で立ち尽くす。
今日手に持っているのは、百貨店で買ったものではなく喫茶店で見繕った珈琲や茶菓子たち。
マスターに相談したら少し安くして揃えて梱包してくれた。
(まあ、マスターにはパートナーの実家に行くって体になってるけど……)
と、思い返しつつ、深呼吸をする。
深く息を吸ったタイミングで、ガチャっと扉の開く音がしてビクッと体が反応してしまい、衝撃でむせた。
「ケホッゲホッ」
咳き込んでいると「あらあら」とミドリさんの声が聞こえる。
「驚かせちゃったかしら?」
背中を摩ってくれるミドリさんになんとか口角を上げる。
「すみません、ちょっと緊張して……」
「何よ、この間来てくれたじゃないの」
笑い飛ばしてくれる軽さが心地よくて、「そうですよね」と自然に返せた。
「窓から要くんが見えたからね、つい出てきちゃった」
お茶目に笑うミドリさんに、素直に嬉しさを感じる。
(歓迎、されているのかな……)
その小さな変化に頬が緩む。
「あら、要くん。この間より元気になった?」
「え?」
ミドリさんの鋭い指摘に俺はドキッと胸が鳴る。
するとミドリさんが耳打ちするような仕草でこっそり教えてくれた。
「……私、最近3キロ増えちゃって……」
要くんも前よりほっぺたが可愛くなってるなって思って、と言われ、思わず頬を手で隠した。
ミドリさんは笑いながら「さ、入って!」と腕を引っ張ってくれた。
*
この間来た時と同じ、康祐さんの実家の香りがして前よりは明るくなったミドリさんにまた和室へ案内されて康祐さんに挨拶した。
(また来ちゃった……)
心で笑いながらそう言ってみる。
康祐さんだったらなんて返すだろうか。
――死んでから仲良くなるなんて。
って、笑って言いそうだなぁと思いながら、遺影の康祐さんを見つめる。
「要くん、こっちこっち」
後ろにいたらしいミドリさんに手招きされて、「はい」とその小さな背中を追うと、リビングには康祐さんの面影がある寡黙そうな男性と俺に興味津々なのが丸わかりな青年が目をキラキラさせてそこにいた。
男性は新聞を読んで、俺が来てもこちらを見もしなかった。
ミドリさんの言葉を思い出す。
――同性愛に良い印象がなかった。
ミドリさんが二人に向けて言った。
「ほら!康祐の恋人の要くんが来てくれたわよ!挨拶して二人とも!」
ミドリさんの言葉に青年は「初めまして!」と元気よく返してくれる。
「初めまして、美澄 要と申します」
頭を下げると、新聞が動く音がした。
ミドリさんが焦ったように「お父さん!」とたしなめる声が聞こえる。
俺は内心、心臓をバクバクさせながら頭を上げることができなかった。
(おこ……怒られるかも……しれない)
なんでか、そう思ってしまった。
しばらく頭を下げていると、青年が言った。
「あ、お父さんは堅物だから気にしないでいいよ要さん!こっち座りなよ!」
パッと顔を上げると、青年は康祐さんに似たような明るい笑顔で手招きしてくれていて、(ミドリさんの息子だなぁ……)なんて呑気に思った。
一方、堅物と呼ばれたお父さんはまだ新聞から顔を上げない。
その新聞で壁を作られている気がして、俺も思わず目を逸らしてしまった。
「あ、ありがとう……」
青年にお礼を言うと、彼はにかっと笑う。
「俺、琉誠って言うんだ!要さんて呼んでいいっしょ?」
若者らしいフレッシュな声に俺は「うん、琉誠くん。よろしくね」と返す。
すると琉誠くんはわざとらしくため息を吐いて、テーブルにあったチラシをぐしゃっと丸めてお父さんにポンッと投げた。
「りゅ、琉誠くん⁉︎」
俺は驚き立ち上がってあわあわすると、丸めたチラシの塊を当てられたお父さんはようやく新聞を下ろして「何するんだ」と琉誠くんに言った。
(そうだ、何するんだ……)
余計機嫌が悪くなっちゃうだろ……と心で思いつつ、二人の動向を見つめていると、琉誠くんが呆れた顔をお父さんに向けた。
「大人げねーよ。ダサい」
短いその言葉はお父さんに刺さったのか、しばらく沈黙したのち、新聞とチラシを片付けてまた同じ場所に座り直した。
そして、またしばらく沈黙を作ったのちに重々しく口を開いた。
「……康祐の父だ」
「マサタカです、ってちゃんと言えよ」
「うるさいなお前は。さっきから」
マサタカさんと琉誠くんのやり取りがテンポ良くて少し笑ってしまう。
二人が同時に俺を見たので、思わず背筋を伸ばして「よ、よろしくお願いしますっ」と言えば、ミドリさんがお盆を持って来てくれた。
お茶と一緒に、俺が持ってきたお菓子が茶菓子として出された。
「あらあら、固いわねぇ~。お父さんのせいだわ~」
「そうだよ、父さんのせいだよ。可哀想に」
今度はミドリさんと琉誠くんのタッグがテンポ良くて笑ってしまった。
(康祐さんはここで育ったんだなぁ)
今更ながら、『元恋人』のあたたかさの由来がわかった気がした。
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