【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第5章

#8

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 不意にマサタカさんが口を開いた。

「……康祐と付き合ったこと、後悔してるってことか」

 冷たいような、刺すようなその言葉に胸がズキっと痛んだ。

 琉誠くんが「父さん!」とたしなめる。

 俺は顔を上げて、まっすぐにマサタカさんを見つめた。


「違います」


 今までよりも姿勢を正してマサタカさんを見つめれば、彼もまた俺にまっすぐ向き合ってくれる。

(こういう人に育てられたから、康祐さんもあんなにまっすぐな人だったんだな……)

「全く後悔していないから、困っているんです」

 眉尻を下げ笑えば、ミドリさんは俺から目を逸らして少し鼻を啜っていた。

 「後悔があるとしたら、それは……今も、俺の隣に康祐さんがいないことだけです」

 マサタカさんはじっと俺を見つめていたが、ふとまた口を開いた。

「……康祐は、……ずっと君のことばかり話に来てくれたんだ」

 静かな彼の声に耳を傾ける。

「私は、康祐の近況が聞きたいのにアイツはいつも君の話ばかりで、少し言い返せば場の雰囲気が悪くなることもしょっちゅうでな」

 康祐さんが穏やかに話せていない状況が想像できなくて、少し驚く。

 俺の中の康祐さんはいつも穏やかで一定だったから。

 マサタカさんは深く息を吐いて、俺から目線を外した。

「……私はオメガに偏見はない。でも、同性愛には偏見がある。それは今でも変わらん。同じ男だから余計に……かもしれない」

 マサタカさんの言葉に、俺は静かに頷いた。

「でもいつも、琉誠に怒られてたな。私とミドリは」

 苦笑するマサタカさんに、琉誠くんは「当然」と呟いた。

「考えが古いんだよ。今は令和なの。昭和の考えで令和の幸せを壊されちゃたまんないっしょ」

 琉誠くんの考えは最もかもしれない。

 でも俺は、「いや」と口を開いていた。

「時代が変わっても、その人の考えは尊重されて然るべきだと俺は思ってるよ。だから、琉誠くんの考えも分かるし大切で、でも同じくらいミドリさんやマサタカさんの感覚も大切だと思うんです」

 だって、と続ける。

「ここにいる俺を含めた四人は、見てきたものがまるで違いますから……」

 どんな相手でも目に見えない部分がある。

 そこは自分が相手を推し量るしかない。

 だからこそ、軽率に否定も肯定もするつもりはない。

 しかし、尊重はするべきだとは思っている。

 俺が嫌いなのは、かつてのニュースコメンテーターのように時代に沿って自分が有利になるためだけに手のひら返しをするような奴ら。
 
 経営者としては正しいのかもしれない。

 でも俺は、嫌いだ。

 その時代を生きてきたからこそ言えること、というものを大切にしている人の方が何百倍もかっこいいと思ってる。
 
 自分とそぐわない意見をぶつけられても当たり前だと思っている。

 だからこそ、生きてきた知見を無碍にしろとは思わないし、相手の立場に立てば「そうだよな」と思う。
 
 そんなことを考えていたらいつの間にか三人の視線を一身に集めていて、少し恥ずかしくなる。

「でもさ。正しいとしても、その価値観を押し付けるのは違うでしょ?」

 琉誠くんの困ったような表情に俺は「それもそうだね」と頷く。

「押し付けも違います。……だから、全てに折り合いをつけてなんとか納得した顔をしながら生きていくしかないんだと思うんです」

 俺はそうしてきた……するしかなかった。

 オメガであり、同性の恋人を持つ自分が世間でどんな目を見られるか分かっていたから。

 『運命の番』ならば全て許されることも、運命じゃないだけで差別の対象になる。
 
 そんな世の中で生きるしか術がなかったから。

 器用に生きられる人間じゃなかったから。

 ……上手くやれれば、怒りも悲しみも世間にぶつけられたのかもしれない。
 
 ミドリさんがそっと口を開く。

「要くんは……そうやって、無理やり納得してきてしまったのかな」

「え?」

 ミドリさんの台詞の意味が分からず、俺は顔を上げてミドリさんを見る。

 彼女は慈愛に満ちたような瞳で俺を包み込むように見つめていた。

「……だって、要くんは私たちに怒っていい立場なのよ。時代の変化についていけてない私たちが悪い部分もあるの。私たちが折り合いをつけてあげられなかったから、葬儀にすらあなたを正式に呼ぶことができなかった」

 その言葉に、葬儀の時の情景が頭に思い起こされる。

 火葬される康祐さんを近くで見ることもできず、ただ長方形の箱が運ばれて機械に押し込まれていくところを、窓ガラスの反射を避けながら見つめていた。

 ミドリさんが泣き崩れていたのも見ている。

 マサタカさんや琉誠くんが顔を逸らしていたのも覚えている。

 自分は泣き崩れることも、目を逸らすこともなくただずっと長方形の箱を見つめていた。

「……君が、私たちに怒れないのは、君が一番自分自身に偏見を持っているからかもしれないな」

 マサタカさんの言葉にパッと顔を上げた。

 マサタカさんは困ったように息を吐いて茶を啜る。

(俺自身が……?)

「康祐は、君の存在を当たり前に『ただの恋人』として話してきていた。でも今君と話していればなんだ。君が一番、じゃないか」
 
「……」

 マサタカさんの言葉に、俺は何も言うことができなかった。

 図星だと思ったからだ。

「康祐は君がオメガでも男でも、職があろうがなかろうが大好きで仕方なくて、もう私たちの付け入る隙なんてないくらいに愛を語っていたというのに……君ときたら」

 マサタカさんはだんだんボルテージを上げる。

 ミドリさんが焦ったように「ちょっと」と言うが、マサタカさんは無視して続けた。

 






「……っ」



 マサタカさんの怒りの滲んだ言葉は、どうしてか俺の胸を暖かくさせた。

 ……同時に、視界が滲んで慌てて下唇を噛んで俯いた。


(康祐さん、……初めて、お父さんに怒ってもらえたよ……)


 泣きたいのに、笑いたいのは、なんでだろうか。
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