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第5章
#9
しおりを挟む「大体な、謝るのも筋違いだな」
「……」
ミドリさんは呆れたようにため息をついて俺の隣に座る。
琉誠くんも諦めたのか、やれやれと言った様子で携帯をいじり始めた。
「康祐のことが本気で好きだったなら、謝罪なんてしてはいけない。胸を張って『好きでした』というべきだ」
私の息子に失礼だ、とぷんすこ言うマサタカさんに、俺はなんて返したらいいか分からず、「は、はい……」と返事をした。
「父さんはツンデレだから」
「何がツンデレだ」
「ツンデレよ」
三人の掛け合いに、俺は体の力が少し抜けた。
ごほんっと、咳払いをして「そ、それで、」とマサタカさんは仕切り直して再び俺の顔を見た。
俺も見つめ返す。
「康祐は君を愛する自分を、誇りに思っていたぞ」
「……」
「まあ兄貴いつも自慢してきたからなぁ」
「え、そうなの?」
(何それ、知らない……)
「康祐はねぇ。要くんと本気で結婚したかったのよ」
ミドリさんが思い出すように言う。
いやまあ結婚はしたかったけど……。
でも二人でいた時に結婚の話を強調して話したことがなかった。
いつまでも二人でいられたらいいねぇ、くらいの温度感でしか話してなかったような気がする。
でも、あなたはまた勝手に一人で戦ってたのか……?
ふとマサタカさんが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「要くん」
「は、はい!」
少し声を上擦らせてしまったが、マサタカさんに体を向けた。
マサタカさんは僅かに間を開けて、ゆっくりと口を開いた。
「君には、康祐と交際していたことを誇って生きてほしい」
(……)
「アイツの、最初で最後の婚約者だから」
無表情にそんな愛の強い言葉を言わないでほしかった。
ずっと、結婚したかったの知っているくせに、今更――。
「今更、申し訳ない」
「……っ」
ぽろっと、自分の瞳から雫が落ちたのが分かった。
マサタカさんの顔が歪んで、次第に見えなくなった。
海の波が押し寄せた時のように、景色が揺らぐ。
「だからもう……君も、時間のせいにして、前に進みなさい」
――うちにも、もう顔を出さなくていい。
そうマサタカさんは告げて、黙った。
俺はどうしたら良いか分からず、顔を手で覆う。
ミドリさんと琉誠くんが両側から背中をさすってくれる。
その手のあたたかさも全てが、優しくて、この家の全てが優しくて、だから康祐さんを好きになったんだと思った。
「……前に進むっていうのはね」
ミドリさんが静かにそばで呟く。
「康祐を忘れることじゃないのよ」
ゆっくりと顔をあげれば、ミドリさんの優しく細められた瞳からも涙が一筋流れていた。
「前に進むっていうのは、康祐と一緒に歩いて行こうねってことなのよ」
(一緒に……)
「上書きでもない。ただ一緒にそこにあの子が居るだけ」
思い出ってそういうものでしょう?と笑うミドリさん。
(そっか)
父さんと母さんが亡くなった後、俺は前に進んでいる。
その時、二人の思い出が上書きされてしまうだとか、自分だけ幸せになんて……とか思っただろうか。
いや、思ってない。
父さんと母さんも一緒に、康祐さんとの日々を過ごしていた。
両親から教わったことを時折日常に織り交ぜて、康祐さんとの日々を彩っていた。
それは、一緒に歩んだという証……なのではないだろうか。
「俺らのこと、忘れてもいいんだよ」
琉誠くんの言葉に思わず振り向く。
彼は、困ったように笑いながら俺の背に手を当てている。
「忘れたく……ないよ……」
小さな自分の呟きは静かな部屋だから、マサタカさんにも届いてしまったらしい。
彼はこちらに背を向けて鼻を啜っていた。
「幸せでした……っ!」
俺は精一杯声を張り上げた。
「康祐さんを、産んでくれてありがとうございました……っ」
ミドリさんは俺の背から手を離し、両手で顔を覆う。
「俺たちのこと、……色々、思うところがあったはずなのに……っ」
琉誠くんが天井に顔を向けて袖で目尻を拭っていた。
「遠くからだとしても、見守ってくださり……、
ありがとうございました……っ!」
四人の涙は、全員が康祐さんを想って前を向くためのものだったと、俺は思っている。
(一緒に行こう、康祐さん……)
置いてかないよ、上書きもしない。
ただ、そばにいるだけ。
それがきっと、人生というやつなんだろう。
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