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第6章
#2
しおりを挟む「時間あるなら寄って行かれますか?」
「お、営業もやるんだここ」
「時間ないんですね、失礼しました」
「いやあるあるあるある!」
イラつきながら返せば佐々木先生は、てへ、と言わんばかりの顔で「コーヒー飲もうっと」と呟きながら、勝手に店に入って行った。
(ったく……)
その背を追いかけるように俺もカランコロと音を鳴らして店に戻る。
もうマスターと佐々木先生が話していて、マスターに「おしぼりとお冷出しといて~」と言われたので、カウンター席へ座った佐々木先生に「どうぞ」とおしぼりとお冷を渡す。
佐々木先生は「ありがとぉ」と言いながらおしぼりで手を拭いた。
マスターがコーヒーを淹れるまで暇だったので、カウンターの内側から佐々木先生に話しかけてやることにする。
「白衣じゃない先生、初めて見ました」
「いや~俺も人間ですからね?」
その指摘はごもっともだと思い少し笑う。
「あそこから労働までできるようになるなんて……」
佐々木先生はそう言いながら、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
そのおじさん特有――と言っても佐々木先生は30代だろうけど――のいやらしい笑みに辟易しつつも、なんだよ、という思いを込めて目線を返す。
「出会えた?」
(やっぱりな)
質問の意図を理解はしたが「なんのことでしょう」と、とぼけてマスターが拭き残しているグラスを拭くことにした。
「え~だって、最後に診察へ来た時は衰弱してたでしょう?」
衰弱って美澄さんの十八番でしょ?と楽しそうに言われる。
ノンデリカシーな医者を無視していると、マスターが奥からホットコーヒーを持って戻ってきた。
「いや、要くんは良い人いるもんね?だってさっき――」
「マスター!」
勝手なことを言うな、と制すとマスターは肩をすくめながら「はいホットコーヒー」と佐々木先生の前に置いた。
「へえやっぱいるんじゃん!」
「いやだから――」
佐々木先生に反論しようとした時、カランコロと扉の開く音が鳴り反射で顔をあげて「いらっしゃいませ」と声をかければ、俺は目を見開くこととなった。
入ってきた人物も俺を驚いたように見つめている。
「あれ。飛鳥じゃん」
振り返った佐々木先生の声に、俺は「はぁ……」とため息を吐きながら、「お好きな席へどうぞ……」と店員失格の案内をする。
文月さんは、白いカットシャツに黒スキニーで爽やかな服装をしていた。
文月さんの存在を知っているマスターには(ほれほれ)と肘で突かれ、イラっとしつつ佐々木先生の横へ座った彼にメニューを渡す。
物珍しそうに俺を見る文月さんへ「何か」と返せば彼はハッとしてメニューに目線を落とした。
「アイスコーヒーください」
マスターが「あいよ」と返事をして、また厨房へ消えてしまう。
文月さんにおしぼりとお冷を渡すと、佐々木先生が文月さんに話しかけた。
俺は会話には混ざらず、グラス拭きに戻る。
「どうしたの飛鳥。喫茶店なんて珍しい」
「……遠目から、恭司さ――いや佐々木先生が見えたので」
「外だし、恭司で良いんじゃない?」
「……わかった」
(お、文月さんが敬語じゃないの新鮮――)
「今ね、美澄さんの運命の番が誰か~って話してたの」
「ぶはっ」
「うわきったね」
「……っ!」
文月さんがお冷を吹き出し、俺がグラスを取り落としそうになって店内で二人だけがあわあわしていると、アイスコーヒーをこさえたマスターが朗らかに戻ってきた。
「はい、アイスコーヒー」
「あ、どうも……」
おしぼりで口元を拭きながら会釈をする文月さんを横目に、俺は息を吐いた。
佐々木先生はコーヒーを啜りつつ、また口を開く。
「そういや小児科はどうよ。そろそろ終わりだろうけど」
話題が転換し、ホッと安堵する。
佐々木先生の問いかけに、文月さんはアイスコーヒーを啜りながら「ええ、よくしてもらってます」とだけ返していた。
「精神科医じゃなくて小児科医になるかい?」
佐々木先生のイタズラ顔に、俺は思わず顔を上げて文月さんを見てしまう。
彼も俺の視線に気がついたのか、ふと顔を上げたせいで目が合ってしまった。
「まあぼちぼち考えときます……」
「それ絶対嫌なやつじゃーん」
ねえ?美澄さん、と話を振られ、文月さんから目を離して「は、まあそうですね」と適当に返した。
「じゃあ甥っ子も反抗期だし、俺は先に失礼するかな~」
いつの間にか飲み終わっていたらしいコーヒーカップを差し出されたので、慌てて受け取りレジへと移動した。
佐々木先生は「ごちそうさま~」と言い背を向ける。
暇だったので、ドアを開けて外で「ありがとうございました」と言うと、佐々木先生は振り返る。
「頑張ってね」
そう言われ、「はい、また来てください」と穏やかに返せば佐々木先生はニッコリ笑って「ううん、違うよ」と言った。
「はい……?」
(違う、とは――)
「飛鳥は頭でっかちだから、面倒だと思うけど、頑張ってね」
颯爽と手を振って病院の方へと歩いて行く佐々木先生の背中を呆けながら見つめるしかなかった。
「……え゛っ」
遅れてきた衝撃に思わず声を出してしまった。
(ば、バレてんのかよ……!)
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