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第6章
#4
しおりを挟む二人で腰掛ければ、いつの日かの中庭での記憶が思い起こされ、懐かしく感じた。
「文月さんとこうして並んで座るのって何回目なんでしょうね」
俺の言葉に文月さんは返事をしない。
横顔を見れば、真面目に振り返って数え直しているような手の動きと顔で、「いやいや」と笑った。
「真面目すぎですって。数えようなんて話じゃなくて、ただの話題の導入です」
「ああ」
なんだ……と呟く文月さんに、呆れて笑う。
「それで、どうしてバイト中の俺を連れてきちゃったんですか」
意地悪い言い方をしてやれば、文月さんは少し間を開けて言った。
「……元気かな、と思いまして」
と言う文月さん。
ふと見上げれば今日も晴天だ。
最近は晴れが続いていて、洗濯物がよく乾く。
晴れている時は、空の上の人たちが笑っている……んだっけか。
じゃあ父さんも、母さんも笑っているのだろうか。
康祐さんは微笑んでいるのだろうか。
木々のざわめきと、遠い場所で車の走る音や公園のそばを自転車が走り抜ける音に耳を傾ける。
「元気ですよ、皆さんのおかげで」
そう言ってやれば、少し安堵した顔をする文月さん。
顔色は悪くなさそうだ。
「文月さんは、元気ですか?」
風が吹くたびに艶の戻った黒髪がゆれる。
前髪が時折瞳を隠すから、表情の意図が汲み取りづらい。
横顔じゃ、何を考えているのかわからないな。
「俺も、元気です」
淡白なその回答に、俺は(まあでしょうね)と頷き、二人で誰もいないのに正面に顔を向けてぼんやり風に身を任せていた。
この間ほど強い香りはしなかったが、微かに香るバニラの香り。
きっと文月さんも気づいている。
気づいていて何も言わないのだ。
それってこれ以上の関係性を拒んでいるということ……なんだろうな。
俺は、息を吐いて少しバニラの香りを吸った。
「これからも、物々交換で行きますか?」
今の俺は、文月さんの物があれば大丈夫そうだし。
文月さんが嫌なら無理強いする必要もない。
彼には、パートナーになることに躊躇いがあるようだし。
文月さんはしばらくぼんやり前を見つめている。
それに倣って俺も、前をただ見つめた。
そこには何もない。
子どもが怪我をして危ないから、と撤去されて街の公園から遊具がなくなった。
だから、目の前には何もない。
ただ広い砂利が広がっているだけ。
隅っこには、申し訳程度の砂場があるけれど。
「子どもの頃は、遊具がたくさんあって休日は子どもたちが遊具の取り合いをしていましたよね」
俺の提案には答えずに、文月さんはそんなことを言う。
しかし、似たようなことを考えていた俺は「そうですね」と返した。
「俺はいつもブランコの順番が回ってこなくて、でも何も言えないまま帰ってました」
「へえ?文月さんが?」
言う時は言いそうなのに。
そう思っていると、苦笑した文月さんが言う。
「昔から言葉選びが下手くそで、……友達が作れなかったんです。だから、知らない子に声をかけるのも、ビビってできませんでした」
(へえ……まあ確かに言葉選びは上手くないな)
俺も何度か(「は?」)って思った時があったし。
ぼんやり記憶を思い返していると、文月さんは言葉を続ける。
「でもある時、いつものように諦めて帰ろうとしたら、助けてくれた子がいたんです」
「……へえ?」
たまにいますよねそういう子、と言おうと文月さんの横顔をなんとなく見たら、何かを堪えるような顔で前だけを見つめていたので、なんとなく口を開くのをやめた。
「その子は細くて俺よりも誰よりも背が低かったのに、気だけは強くて、ブランコを占領している年上の男の子たちを追い払ったんです」
「勇ましいですね」
当時の幼い文月さんが拙いながらにもお礼を言ったら、その子は「何が?ほらブランコ」とだけ言って去ってしまったという。
「その時の優しさと強さがかっこよくて忘れられず、俺もその後その子の真似っこして、遊具を占領している子どもらに声をかける、ということをして優越感に浸っていた時期がありました」
(文月さんでもそんな時期があったのか)
なんだか、誰かの真似っこをして悪ガキを追い払っているのが想像できなくておかしくなる。
「その恩人と再会したのが、高校の入学式でした」
ざあっと風が吹いて木々が、俺を嘲笑うかのようにざわめく。
(ああこれは……)
「それが後に、俺の元パートナーになる子でした」
(やっぱりか……)
初恋が忘れられず、相手が男だろうがオメガだろうが関係ないと、文月さんは真っ直ぐに相手にアプローチをして無事に初恋の芽が実ったのだと言う。
「けれどそんな甘い夢はすぐに消されました」
相手に運命の番が現れ、文月さんの元パートナーは辛い人生が幕を開けてしまった。
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