【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

文字の大きさ
67 / 112
第6章

#5

しおりを挟む

 オメガの「後遺症」というのは酷いものなのだ。
 俺でも知っている。

 パートナーが生きている状態でのパートナー解消も、オメガにとっては精神的にも身体的にも負荷がかかること。
 
 相手がベータでもそれは変わらない。

 元パートナーは元々体が強くなかったらしくそれも災いして、オメガの隔離病棟に入院中だと、文月さんは淡々と言った。
 
 後遺症は俺みたいに衰弱するだけじゃなくて、ホルモンバランスが崩れてしまって点滴で調整剤のようなものを注入し続けて治していくしかないんだけれど、それでも破壊衝動に見舞われたり、安定したかと思ったらまた壊れたり。

「彼は今、あの大学病院のオメガ隔離病棟にいるんです」
「……」

 まだ戦っている彼の支えに自分はなる資格すらないと言う文月さんは自嘲気味に笑った。

(隔離病棟、か……)

 一瞬俺も入れられてしまうんじゃないかって思ったなあ。
 
 でも、俺の後遺症が文月さんの元パートナーほど酷くなかったのは、きっと康祐さんが亡くなってしまったからだろう。
 
 亡くなってしまったら、婚姻関係ではない限り勝手にパートナーを解消されてしまう。
 
 ただその代わり、俺にはまだ、発情期ヒートは来ない。

 それが俺の後遺症なんだろう、と佐々木先生にも言われたことがある。

「……だから俺には、美澄さんに手のひらを見せる資格がないんです」

 文月さんの言葉に、俺は自分の手のひらを見つめた。
 
 白くて薄い自分の手のひら。
 何度も康祐さんが繋いでくれた、手。
 
 初めて手を繋いだ時、康祐さんは言った。

 
 ――『要の手は薄っぺらいね』

 
 それの意味がわからず首を傾げた。
 手のひらというものはこういうもんじゃないのか、と。

 その時に初めて、自分が他人と手を比べられるほど、心の距離を許したことがなかったことに気がついた。

 文月さんは地面を見つめながら、言葉を続ける。

「彼の見舞いに行く資格も権利もなくて……。俺は、一人の大切な人の人生を壊した贖罪のために、生きていかなければならないんです」

 見えない十字架を背負う彼を見つめる。
 
 ただ人を好きになっただけで、ただ愛し続けたいと思っていただけなのにね。
 
(運命とやらをロマンチックだと宣う奴らに言って聞かせてやりたい)

 ……運命ってのは、『残酷』なんだよ。

 人から細胞レベルで大切な人を奪う。
 思い出も食らい尽くされる。

 そんなのが本当にロマンチックと言えるのだろうか。

「こんな生き方をしなければならない人間に、美澄さんを巻き込むことはできない」

 諦めたように笑う文月さんに、俺は何を返してやれるのだろうかと天を仰ぐ。

 空はいつだって俺たちを見下ろしている。

 ねえ、そこにいる俺の大切な人たち。
 
 今俺はこの人に何を言えると思う?

 雲ひとつない青い空は、何も示すことなどない。

 俺の心が映し出されることもない。
 
 ただそこにあるだけの存在。

 「上手く話せないのは、俺も同じなんですよねぇ」

 俺はため息を吐いて、「ふ」と笑う。

「俺も、康祐さんを忘れられることなんてできないし、したくないんです」

 俺の言葉に文月さんは、まるで分かっていたみたいに笑う。
 
「じゃあやっぱり、死ぬまで物々交換でもしますか」

 文月さんはそう言ってまたハンカチを取り出すそぶりを見せた。
 
 だけど俺はそれを制止して、彼の顔を見つめて言った。

「文月さん。俺ね、康祐さんと一緒に生きることにしたんです」

 俺の言葉の意味がわからない文月さんは、首を傾げた。
 
 彼はハンカチを再びポケットにしまい、俺の顔を見つめる。

「それってね、生涯康祐さんしか選ばないことじゃなくて、自分の人生を生きていたら自然と康祐さんや両親と生きることになるって、気づいたんです」
「……?」

 まだ意味が分かっていなそうな文月さんに俺は、笑いかける。

「例えば、俺がちょっとばかり料理ができるのは、小学生のころ、欲しいおもちゃがあって母さんを手伝って好感度を上げようとしたから」

「……」

「俺が競馬やボートに少し詳しいのは、父さんの休日の趣味で一緒にテレビ観たり、たまにボートレース場に連れてってもらったから」

「……」

「洗濯や掃除がきちんと綺麗にできるようになったり、物を返す時に何かを添えて返すようになったのは康祐さんに教わったから」

「……」

 きっと今の俺は清々しい顔をしているだろうな、と自分で分かった。
 
 もう一度、手のひらを見せて文月さんに差し出す。
 

「俺、過去と一緒に生きることに決めたんです。
 だから俺は、何度でもあなたに手のひらを見せられます」

 
 文月さんは目を見開き、俺の手のひらを見つめる。

 
「なんで、『運命』ってやつに翻弄されなきゃなんないんでしょうね、俺たちは」

 
 国がベータ性にするのはやっぱり、良い案だったのかもしれない。
 それがちゃんと進めば、運命なんて残酷なものは消えるだろう。

「……ロマンチックな運命の出会いにしてあげられなくて、すみません」

 ぼそりと呟いた文月さんの声に、俺は思わず吹き出してしまった。

(ロマンチックな運命の出会いって……っ)

 文月さんとその言葉が不釣り合いに思えて、俺は「くくっ」と我慢しても声が漏れてしまう。

 文月さんは少し不満そうな声で「何か……?」と言ってくる。

 笑いの止まらない俺は目尻に溜まった涙を拭いながら、「いや」と顔を上げて、文月さんの不満げな顔を視界に入れた。

「だって文月さんさ、」
「なんですか」

 不満そうな仏頂面の彼は、彼らしくないように被せ気味で言ってくる。

 それもまた面白くて、「あははっ」と笑ってしまった。

「だから……」

 痺れを切らした文月さんの呟きに被せるように、俺は言った。




「ロマンチックなんて、俺らには似合わないっしょ!」



 ケラケラ笑う俺に、文月さんはポカンとした顔を向けていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

たとえ運命じゃなくても、僕は

mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。 たとえ運命から背を背けようとも」 音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。 努力家の先輩αと、 運命の番だと告げられた天才α。 運命か、愛情か―― 選ぶのは、僕自身だ。 ※直接的な描写はありません。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

ノエルの結婚

仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。 お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。 生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。 無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ 過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。 J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。 詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。

王太子殿下は命の恩人を離したくない

まんまる
BL
セネシス王国の第一王子レイヴィンは、10歳になった時、父王から側近候補のエース公爵家のオリバー、スペット侯爵家の コルトン、そしてガナー伯爵家のサランを紹介される。 4人は親睦を深める中、自分達だけで街に遊びに行く計画を立て、実行した。 楽しい一日を過ごすうち、四人はかけがけのない親友になる。 しかし、王城へ帰ろうかという時、レイヴィンを狙った暴漢に襲われてしまう。 その時、レイヴィンを庇って犠牲になったのは、かけがえのない親友だった。 成長したレイヴィンは、事件の前と変わらない態度で接してくれる友への切ない気持ちが、罪の意識からなのか恋なのか分からず戸惑う。 二人が自分の気持ちに気付いた時、一度分かたれた人生がもう一度交わる。 受けに負い目がある王太子レイヴィン(α)×傷を負った伯爵令息サラン(Ω) 短いお話の予定です オメガバースは話の流れで触れる程度です Rは15程度ですが※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

処理中です...