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第6章
#6
しおりを挟む「出会いだって病室だし。何度喧嘩になりそうだったか」
文月さんは顔を少し上に向けてベンチの背もたれに体重を預けた。
「まあ……それは」
「でしょう?」
それに俺は『運命』なんて大嫌いなのだ。
そんなものに翻弄されて今を生きられない自分も嫌い。
だからいい加減、もう折り合いをつけよう。
運命と自分に。
「文月さん」
「はい」
俺は至極穏やかな気持ちで文月さんに目をやる。
「あなたも、元パートナーさんを理由に運命から逃げるの、やめませんか?」
文月さんの見開かれた瞳に、俺はえも言われぬ気持ちになった。
前に、カオリさんから言われた言葉が頭を過ぎる。
まさか自分が同じ言葉を誰かにかけるなんて思いもしなかった。
「俺は康祐さんを無意識に言い訳にして現実から逃げていました。それを友人に指摘されて初めて、彼に不義理なことをしていたなと思ったんです」
もう一度空を仰ぐ。
変わらぬ晴天がそこにあった。
「俺、幸せになることが怖かったんですよね。康祐さんに申し訳ないとも思うし、彼と歩むはずだった未来を別の人間と歩むかもしれないことにも抵抗があった」
文月さんは相変わらず静かに俺の話を聞いてくれている。
「でもさ、俺がどう生きてようと、もう心にみんな住み着いちゃってるんだから関係ないんですよね。彼らと一緒に生きていけばいいって……」
これは康祐さんのお母さんから言われたんですけど、と笑えば文月さんは少し驚いた顔を見せた。
「いつまで過去に縋っても、康祐さんは戻ってこないし……。もし、死後の世界が本当だったとしたら、空から彼が見てるかもしれないし……。そしたらやっぱり、康祐さんに怒られちゃう気がして」
もし見てたら嫉妬してる?
でも、もう康祐さんには何もできないよ。
だから俺が、笑って生きようとしていることに安心してほしいかな……。
「文月さんの元パートナーには、支えてくれる人がいて、今を生きているんでしょう?」
文月さんは複雑そうに頷く。
それでも煮え切らない顔なのは、彼の中に別の感情があるから?
「じゃあ、まだ文月さんが彼のこと好きなのか」
運命に抗えるほどの恋を俺は知っている。
大きな愛を実らせた自分や周藤夫妻がいるから、文月さんの気持ちが痛いほどよくわかる。
文月さんは考えているのか静かに地面を見つめ、ふと口を開いた。
「……いや。もう恋愛感情はないです」
その言葉に驚き、彼を見つめれば彼は自分の手を弄んで言葉を選ぶように何度か口を開きかけ、やっと声を発した。
「自分の後悔に踏ん切りをつけられない……だけなんだと思います」
自己分析ができるからこそ、後悔の念に駆られ追い詰められている文月さんに、何を言えるだろうか、と今の彼と同じものを見るため地面に目をやった。
ずっと一人で戦っているんだろうな。
だからあの時、俺にエンドロールの話ができたんだ。
そういう人、だから。
「じゃあ」
俺は顔を上げて、文月さんを見た。
文月さんは眉尻が下がって情けない顔をしていた。
いつもなら笑ってやれるけど、今は情けない彼の表情さえも……ほんの少し愛おしいのだと、白状しようか。
「今度は俺、あなたのこと待ちますよ」
「……え?」
言葉の意味が理解できていない文月さんに俺は笑う。
「前も言ったかもしれないけど、俺、待つのは慣れてるんです。両親を待っていた時も、康祐さんを待っていた時も……まあ、帰ってこなかったけど」
早く帰ってきてね、と伝えても、誰も帰ってこなかった。
「でも、文月さんのこと俺、待ちたいなって思ったんです」
全てのことに折り合いをつけるのは、難しい。
「それこそ、三文小説ならここらへんできっと番になってハッピーエンドってのがお決まりなのかもしれないけどさ。俺らは俺らの進み方でいいんじゃないですかね」
「でも美澄さん、それは――」
「だって俺、文月さんのこと好きだと思う。だったらもー、しょーがないじゃん?」
「……っ」
文月さんの見開かれた目に俺と背景の木が少し映り込んでいた。
(やっぱり、黒が深い……)
瞳を覗き込めば、そこにいるのはかつての自分じゃなかった。
誰かの帰りを期待している自分。
何をして待っていようかと、ワクワクしながら待っている自分の顔がそこにあった。
「文月さんの好きな時に、『運命』に帰ってきてよ。俺、それまで適当に生きてるからさ」
彼の歪んだ顔は初めて見たな、とまた俺は笑った。
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