【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第6章

#7

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 文月さんとはまた物々交換をして、今回はお互いにハンカチを交換し合った。
 ウサギさんは無事に戻ってきたが、ウサギのハンカチは持っていなかったからまだ返せていなかった。

 愛の告白というものを久しぶりに……しかも文月さん相手にしてしまった俺は、それ以来なんとなく会うのが気まずくて物々交換をするのさえもなんだか億劫だった。

 けど、待つと決めたのはこちらだ。
 何をどう待てば良いのか、待ってたらくるのか来ないのかわからないけれど、俺はいつの間にか本能とやらに従っていた。

 ――あれだけ嫌だと思っていたのに。

 喫茶店のバイトから帰ってきて、俺はバイト着であるエプロンを洗濯機に放り投げ、何かご飯を食べようかと思案していると、尻ポケットに入れていたスマホが鳴った。

「?」

 取り出せば『周藤』と表示されている。
 応答と書かれた緑ボタンをタップすれば『よぉ!』と相変わらずでかい声が聞こえてくる。

「どうしたの……」

 バイト終わりで若干疲れていた俺は、その声の大きさに少し辟易しながらも肩と耳でスマホを挟みながら手を洗う。

『今、時間あっか?ちょっと話したいことあってなー』

 と、どこか浮かれたような様子の周藤の声に俺は「あるよ」とだけ返して、濡れた手を拭き、洗濯洗剤を入れてスイッチを押した。
 
 ガージャーと洗濯機の動き出した音がする。
 
 最近はバイト先でも水をよく扱うため手先が荒れかけていたので、薬局で安いハンドクリームを買った。

 無臭のそれを手早く塗り込み、ベタつきげ減ったところで今度は反対の耳と肩でスマホを挟む。

 周藤の声がより鮮明に鼓膜を揺らした。

『いや、まあ実はな。俺たち、んだよな』
「ん?何が?」

 文月さんから預かったハンカチをまた同じジップロックに入れて保管し、テーブルに置いて、今度は夕飯の準備に取り掛かろうとキッチンを漁っていた時、周藤は言った。

『赤ちゃん、できたんだよ』

(赤ちゃん、できたんだよ?)

 俺は行動を全て止め、肩に挟んでいたスマホを手で持ち直して周藤にもう一度聞き開返した。

「赤ちゃん?」
『そう、赤ちゃん』

「周藤の子ども?」
『そ。俺とカオリの子ども』

(あか、ちゃん……?)

 なんだか胸の奥がザワザワして、落ち着かなくなった。
 周藤夫妻はなんとなく、二人でこの先も過ごしていくのかと思ったけれど、オメガで女性のカオリさんは妊娠しやすいはずだ。
 
 そりゃ子どももできる。

 そんな当たり前のことを見落としていた。

(なんだろう、この言い難い気持ちは)

 これは嫉妬とかじゃない。
 羨ましいとかそんなものじゃない。

 じゃあ、なんだ。

 これは――。

「嬉しい……」
『え?』

 そうか、これは嬉しいんだ。
 腹の底から嬉しさが込み上がってきているんだ。

 思わず頬が緩み口角が上がってしまうくらいには、自然と嬉しさに心が支配されている。
 
 まるで、自分が妊娠したかのような幸福感、多幸感。

 友人夫婦の間に起きていることなのに、そこに『生』があることが何より嬉しくてたまらない気持ちになった。

「おめでとう……!」
『……っありがとう』

 俺が不妊体質だって、周藤夫妻も知っているのかもしれない。
 どこか安堵したような声音で感謝を伝える周藤に、俺は一人部屋で前のめりになって聞く。

「予定日は?いつのなの?」

 俺の問いに周藤は照れくさそうに言った。

『実は半月後なんだ』 
「まじ!」

 出産祝い何にしようか、と一人でワクワクしていると周藤が続ける。

『なあもし要がよかったら、カオリに会いに来てやってくんね?』
「え?」

 周藤の提案に俺は、ソファに座ってノートPCを開きながら聞き返す。
 周藤は少し不安げな声で言った。

『いや、お前のバイトがなくて体調が良い日でいいんだ。俺が、出産まで会社休めなくてさ……』

 周藤が言うには、どちらの実家も近くにはないからカオリさんに何かがあって自分がいなかったとき、真っ先に頼れるのが俺だと言うのだ。

 オメガだという点も安心材料なのかもしれない。
 もちろん、周藤はそんなこと決して言ったりしないが。

「俺でよければ……だけど、散々二人にはお世話になったし。でも、カオリさんはそれでいいって言ってるの?」

 一番大切なのは、本人の意思なのではと思い聞けば周藤は笑った。

『カオリはむしろ、要がいる方が暇つぶせてラッキーだって言ってんだわ』

 相変わらず優しい夫妻だな、と俺も思わず笑みをこぼしてしまった。

「わかった。じゃあ、カオリさんと連絡とってそのうち会いに行くよ。でもまずお祝いさせてよ。周藤もいる日にさ」

 そう言えば、周藤は心底嬉しそうな声で『さんきゅ!』と言った。

 簡単に日取りを決めて、通話を終える。

「妊娠、か……」

 きっと俺が感じてたカオリさんの変化は間違いじゃなかったんだな。
 
 なのに突き飛ばしたりして危なかった……本当まじで、やばいことした。
 
 あの時、カオリさんの真後ろに周藤が待機していたのはそういうことだったのか。

(お詫びと祝いの品を両方持って行こう……)

 何も映っていない電源を切った携帯電話をしばらく見つめ、ノートPCに目をやった。

 何を持っていくか調べなきゃな。

「康祐さん、カオリさん妊娠したんだって」

 よかったよね、と笑う康祐さんの写真に話しかけるけど、答えはない。

 でも、久しぶりに心が躍った気がした。
 
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