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第7章
#2
しおりを挟む「これでいいかな」
流石に商品の場所がわからなかったので店員さんに聞いて探した。
商品も色々あったので、俺は自分とカオリさんの関係性を説明した。
女性の店員さんだったけど親身になって自分の経験談を踏まえながら、商品を一緒に選んでくれた。
会計を終わらせて外に出るともう夕暮れどきで、学生たちが多かった。
いつもは歩かない道を歩いている自分がなんだか新鮮で、思わずキョロキョロとしながら、歩いている人間やお店を見ていた。
バスで周藤家の最寄りまで帰るか、またタクシーを使うか、徒歩か、と考えていたところ、見覚えのある人物が目に入った。
(あれ?文月さん……?)
車の走る大通りの向こう側で、おしゃれなカフェに入ろうとしているのは文月さんと、見知らぬ男性だった。
(世間って狭いなぁ)
そう思いつつも本当に文月さんか?ともう一度思い、その場で立ち止まって、店内に入ろうとしてドアを開けた文月さんを目を凝らして見ていたら、ふと強いバニラの香りに自分が包まれて(え?)と心で呟いていた。
「え、なに……」
全身がバニラの香りで包まれたかのような強烈な匂いに、思わず鼻を押さえるけれど、これが鼻腔からくるものではないことがそこでやっと分かった。
思わず顔を上げると文月さんも同じようにして、焦ったようにキョロキョロと辺りを見回している。
(あ、これ、やばい……っ)
体の奥がじゅくじゅくと熱を持つ感覚に、俺はそれが何かを悟り慌ててその場から走り出した。
気づけば大通りを歩くアルファらしき人たちは俺の匂いに気づいているのか、遠巻きに俺を見てざわついている。
(やばいやばいやばい……っ)
とりあえず、文月さんに気づかれないところへ行かなきゃいけないと何故か思った。
どこかもわからない、土地勘のない場所をひたすら走りまくって見知らぬ路地裏に入りしゃがみ込む。
「はっ、はぁ……っ」
(なんで、今更……っ)
全身が熱を帯びて熱い。
これは、捕食者を受け入れようとしている、オメガの発情期――。
もうずっと来ていなかったから、突然の衝動に俺はどうしたら良いのかわからずただ路地裏でうずくまる。
(おさまれ、おさまれ……っ)
自分で自分を慰めたくなる醜い衝動に、俺は腕を噛んで耐えた。
どうしよう、カオリさんに電話する?
でも、カオリさんは妊婦さんで臨月だ。
これで産気づいちゃったらやばい、どうしよう――。
周藤?でも多分仕事中で気づくはずないし、仕事中なのに……
ミドリさん、……の連絡先もわからないし琉誠くんの連絡先も知らない。
(どうしよう、誰か――)
ふと頭に浮かんだのは『あの人』だった。
震える手でなんとかスマホを操り、電話をかける。
コール音が鳴り、(早く出てくれ……っ)と願う。
ほんの数秒だったのかもしれない呼び出し音がやけに長く感じていた時、ようやくその音が途切れ『はい、喫茶店――』と店名を名乗ろうとする声が聞こえた。
「は、……ひゅ、っ、ま、ますたぁ……っ!」
『ん?要くん?』
電話口のマスターは不思議そうな声で『どうした?』と聞いてくる。
その声音になぜか泣きそうになりながら、俺は必死でマスターに呼びかけた。
「た、たすけて……っ」
『え⁉︎ 何どうしたの⁉︎』
マスターは一瞬大きい声を出したが、そこに誰かいるのかすぐに声を顰めて『何かあった……?』と言う。
俺はボロボロと涙をこぼしながら、自分の体をどうしたら制御できるのかわからず腕を掻きむしっていた。
「ひっ、ひーと、ひゅっ、……っひーときちゃって、……まちで、はっ、ますたぁ……っ」
わけのわからない動悸の速さに、過呼吸を思い出してしまい呼吸自体も怪しくなる。
(やばい、呼吸、できない――……)
電話口に縋るようにぼんやりとした意識の中、ただ幾度も「助けて」と繰り返した俺は、マスターが何を言ったか聞き取ることができないまま、どさりと体の力が抜け、見知らぬ路地裏で意識を手放していた。
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