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第7章
#5
しおりを挟む朝の風は澄んでいて心地よく、ほのかに熱い頬や額を冷やしてくれる気がした。
目を細め、その風に浸っているとどこからか声が聞こえてきた。
「……っやだ!いやだ!」
「大丈夫だ。大丈夫だから、」
錯乱しているのか、取り乱す少し高い声の男性と、それをいなしているのか低い声の男性が必死に落ち着かせる言葉をかけている。
(襲われてる……?)
一瞬、オメガの患者がアルファに襲われているのかと、窓の外に少し体を出して声の出所を探りつつ、続きを盗み聞く。
「もう無理なんだよっ、ここから出して……っ」
「ダメだ、そこは窓だから落ちてしまうんだ朔!」
(襲われてるわけじゃなさそうだな……)
なら、オメガの破壊衝動だろうか。
「朔」と呼ばれたオメガらしき男性は発狂しながら抵抗しているようで、ドガシャンッと暴れている音が聞こえてきた。
「朔、ごめんっ、ごめんな……っ」
泣きそうな声で何度も朔という人を宥めようとしている男性。
(なんだか、康祐さんが亡くなった後の俺と周藤みたいだな……)
向こうの病室も窓を開けているせいでよく声が聞こえてしまう。
どうやら右隣の病室の患者らしい。
「もうやだ、……死なせてよ、もう来ないで……っ……お願い……せんせぇ……」
縋るように泣き始める朔という人は、相手を「先生」と呼んだ。
(なんだ医者か……)
声のやり取りだけ聞けば妙に二人の距離が近いような気がしたが、気のせいか。
俺は窓を開けたまま、ベッドに戻って「ふう」と息を吐いた。
そうしてしばらく暇を持て余し、うとうと二度寝をしかけていたところで、ノック音が聞こえ「は、はい」と返事をした。
入ってきたのは佐々木先生ではなく、短髪黒髪で硬派そうな男性だった。
「おはようございます、美澄さん」
その声をきいて俺は(あ)と気づいた。
(さっき宥めてた人の声に似てる……)
そうは思うも、盗み聞きしていたことがバレるのは気まずいので初見のふりをして少し体を起こす。
「昨日担当した結城と言います。体調はいかがですか。微熱はあるようだけど……」
「あ、はい。微熱くらいです。昨日みたいな抑えらないほどのものは今のところないです」
そう正直に伝えると、担当医――結城先生は頷いてタブレットに入っているであろう電子カルテに目を通している。
「担当医が佐々木先生だったんですよね?あとカウンセラーが……文月か」
(呼び捨て……知り合いなのか)
「私的には、このまま抑制剤を出して1週間くらい外へは出ず、家にいてくれれば衝動的なものは治るかなと思っていますが……」
(俺もそう思います)
心の中でつぶやいて頷けば、結城先生はタブレットの画面を消して近くまできた。
「ただ、一つ懸念材料がありまして」
真面目そうな結城先生は一才笑うことなく、淡々と医療の話だけをしてくる。
文月先生も真面目で堅物で淡々とそつなくこなしていくタイプに見えるが、なんとなくこの人は自分と仲良くはなれなそうだと直感が言っていた。
結城先生は口を開く。
「カルテを見る限り、番を亡くされて以降ずっとヒートがきていなかったのに、昨日は急にきた、ということですよね?」
「……まあ、そうなんですよね」
俺の返答に結城先生は言う。
「何か心あたりはありますか?」
最近変わったことがあったとか、と言う。
結城先生を見つめながら、頭の中で思い返す。
(うーん。やっぱ、遠目から文月さんを見かけたことが引き金なんだろうけど……)
それを言うと、じゃあ番になって解決してくださいみたいな感じになったら困るしなぁ。
昨日の朧げな記憶を辿りながら話していると、もやがかかっていたような記憶がだんだんと鮮明になってくる。
そういえば、文月さんが入ろうとしてたオシャレなカフェってなんて名前だっただろうか。
看板を見た気がするが……。
ん?いやそもそも、なんで文月さんはカフェに一人で行ってたんだっけ?
(一人……?)
いや、違うな。
一人じゃなかった。
あの人は誰かもう一人の人と一緒にいたんだよな。
それで、世間が狭いなぁなんて思いながら目を凝らして本当に文月さんか?と思っていたら突然――。
(あれ?)
俺がハッとして顔を上げると、結城先生は「美澄さん?」と不思議そうな顔で俺を見ている。
ガタイの良い先生は、身長も高い。
俺は、ほんの少しドキドキと高鳴る鼓動に気付かぬふりをしながら、恐る恐る結城先生に口を開いた。
「……先生って文月さんと知り合いですか?」
俺の質問に結城先生は一瞬目を見開いたが、さっき自分がした文月さんへの反応を思い出したのか、すぐに表情を戻して「まあ、そうですね」とあまり話したがらない様子で返してくる。
(やっぱり……)
「俺、昨日……街を歩いていたら文月さんと結城先生がカフェに入っていくのを見たので」
「ああ、あの辺にお住まいなんですか」
なんでもないように返してくる結城先生になんて返そうか思案していると、結城先生は少し面倒くさそうに言った。
「あのそれより。何か変わったことはなかったか、聞きたいのですが」
とんでもない仏頂面で患者にものを言う人だな……。
文月さん以上の無表情ぶりに俺は、ちょっと笑いたくなるもそんなことをしたら先生に怒られそうだったので、なんて返そうか頭をフル回転させた。
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