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第7章
#6
しおりを挟む「変わったことはありました」
「なんですか」
早く言え、と言わんばかりにもう一度タブレットの画面をつけて、入力しようとしてる。
俺は一か八か、言ってみることにした。
「だから、結城先生と文月さんを見つけた直後にいきなりヒートが来たんです」
「え?」
結城先生は目を丸くして入力しようとしていた手を止めた。
(ここまでできっと察するだろう)
だって昨日、俺だけじゃなく文月さんもあの瞬間様子をがおかしくなっていた。
その後、どうなったかは分からないけど、きっと結城先生はすぐにわかったはずだ。
先生は何も言わず俺をじっと見つめている。
ふと、爽やかな風が病室に流れ込み顔を窓に向けた。
カーテンが風に身を任せて、キラキラと揺らめいている。
「窓……開けたのは美澄さんですか」
結城先生の声に、俺は「……はい」と返す。
きっとそれだけで伝わったのだろう。
俺は思ったことをそのまま素直に伝えることにした。
「……ああいうのが、オメガの『後遺症』というやつなのでしょうか」
チラリと先生を見れば、彼は少し息を吸って、そして深く吐いた。
昨日カオリさんが座っていた丸椅子に腰掛けて、ギッと金属の擦れた音が鳴る。
「まあ聞こえてしまいますよね」
先生の諦めた声に、俺は「聞こえちゃいましたね」と返す。
「悪びれないんだな」
いつの間にか敬語を外した結城先生に苦笑して言われ、俺も同じように笑う。
「聞こうと思って、開けた窓じゃないから」
先生はタブレットをサイドテーブルに置いて足を組み、「ふぅ」と息を吐く。
アルファらしさ満点の人だな。
「美澄さんは、文月の……番になる予定の相手ですか」
(運命の番、とは言いたくないのだろうか)
遠回しなその台詞に俺は頷く。
先生は「そうか」と窓を見つめながら、つぶやいた。
「……なら、彼の元パートナーの話も聞いていますか」
「恐らく、大まかな部分でしょうけどあらすじ程度なら」
そう返せば、先生は少し考えた後に重々しく口を開いた。
「私が昨日文月と一緒にいたのは、その元パートナーの話をするためです」
(じゃあ)
俺はなんでか分からないけど、布団を無意識にぎゅっと握っていた。
先生はそんな様子もお構いなしに、話を続ける。
なんでか今は、聞かなきゃいけないような……でも聞いちゃいけないような気もして、どうしようもない感情に囚われる。
「私は、元パートナーの本物の番です」
やけに「本物」と言った時の言葉尻が強いような気がして、この人の内にはまだ怒りが残っているのだと悟った。
(文月さんに『お前のせいだ』って言ったくらいだもんなぁ)
そう思いながらも、先生の言葉に耳を傾けることにした。
「本当は言ってはいけませんが、彼に恨み言をぶつけるためにあのカフェに呼び出しました」
まるで今自分が、刑務所の面会室で罪の告白を聞いているような気分になる。
先生は、文月さんを思い出しているのか俺と目線を合わせないまま、窓の方を見つめて話を続けた。
「でも店内に入ろうとした時、彼も体調を急に崩してしまったので昨日はお開きにしました」
昨日は、ってことは定期的に開かれている会なのだろうか……。
それはメンタルにくるな……。
「……美澄さんの大切な人であるのを承知の上で、私は今でも文月を許すことができません」
結城先生の言葉は重石のように、俺の胸を締め付ける。
これは誰に向けた胸の痛みなのだろうか。
文月さんか、結城先生か、元パートナーさんか……。
「だからこれからも、文月には恨み言を言い続けると思います。……朔の分まで」
(朔……やっぱり、隣の病室にいるのが文月さんの元パートナーだったのか)
黙っていた方が良いよな。
「美澄さんの大切な人でしょうけど、申し訳ない」
謝る気のない謝罪に関しては、文月さんと大差ないけどな、と俺は心で苦笑した。
なにを言ってやれるだろうか、と窓に目をやる。
真っ白で清潔感あふれるカーテンが揺れていて、目がキラキラした。
(俺は、俺でしかないからなぁ……)
「別に良いんじゃないですか?ずっと恨み言でも言ってあげれば」
「え?」
結城先生は何かを身構えていたのか、俺の言葉が予想外だったとでも言いたげにポカンと口を開けて俺を見ている。
(何か言われると思ったのかな……)
俺はなんとなく口を開いた。
「だって仕方ないですよ。悪いのは全部『運命』ですから。それってどこにも怒りの矛先を向けられないじゃないですか」
「ん……?」
結城先生は理解していないような顔で首を傾げた。
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