【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第7章

#7

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 俺は苦笑して、結城先生に体ごと向き合って言った。

「俺たちは悪くないんですよ。『運命』っていう最悪なものがこの世にあるから、俺や文月さんや結城先生……文月さんの元パートナーが苦しんでるんです」

 結城先生は「いや」と前のめりになって眉を顰めた。

「『運命』があるから幸せになれるんだろう?オメガとアルファは。だから、運命に抗って恋愛をする奴らが――」

 感情が乗ってしまった結城先生は俺のカルテの内容を思い出したのか、ハッと気づいたように「すまない」と口を噤んだ。
 
 俺は「いえ」と首を振って笑った。

「……私は、『運命』こそがだと思っている」

 短い彼の言葉に俺は頷かなかった。
 
 いつの間にか、敬語を完全に外した結城先生。
 自分の話もこんな簡単に俺にしてしまうし……。

 文月さんとは一週間一緒にいても、俺が聞かない限り文月さんの話を聞けたことはなかったと思う。
 
 価値観程度の話はしたけれど、それ以上のプライベートな部分に関しては、彼はきっと「医者としての位置」を守っていたのかもしれない。
 
 そういうところは文月さんとは違うんだな、といつの間にか彼とこの人の違いを見つける癖がついてしまった。

(人間ってわからないなぁ……)

「俺は、『運命』なんてクソ喰らえ派です」

 いたずらっ子のように笑って言えば、結城先生は少し息を吐いた。

「……でも運命こそがこの世界のルールじゃないか」
「はい」

「それに背くのは、……その、……まあ、怖い、と思ったりしないのか?」
「怖い?」

 康祐さんと出会った時にそんなこと思ったっけ。
 いや、思っていないな。

 ……いや、思ったのか?
 でも、康祐さんと一緒にいたらどうでも良くなったんだよな。

 世間の目とかよりも、康祐さんのご両親……ミドリさんたちにどう思わせようか、そういうのは考えていた。

 でもそれ以外の他人に何を思われようが言われようが、何も思ったことはなかったと思う。

 それこそ、前の職場では女のオメガに関しては何も言われていなかったけど、男のオメガに関しては差別的意識が強くて、ありきたりな陰口を言われていたようだけど、何も思わなかった。

 康祐さんにはよく『要ってそいうところ漢らしいよね』と笑われた記憶がる。

 だって康祐さんがいたから。
 康祐さんが好きだから、それ以外はどうでも良かったんだよな。

 他者が視界に入ることはなかった。
 
「まあ、みんなと違うことを主張して、違う道を進むことが怖いのは当たり前だと思います。前例がないと怖いって思う気持ちはすごく良くわかる」
「……」

 今度は先生が俺の言葉に耳を傾ける番に変わっていた。

「でも、好きになっちゃったなら仕方なくないですか?」
「……は、はあ?」

 結城先生の呆れたような声に、俺は「ふは」と吹き出してしまった。
 この人はかなり堅物で真面目なんだな。

 敷かれたレールの上を歩いてきた、この国の「見本」みたいな人。

 だから、文月さんや俺や周藤夫妻みたいな考えの人間が理解できない。
 
 でも、いくらお手本だからって俺たちみたいな選択をした人間に対して、自分の否定的な感情を押し付けて良い理由にはならない。

「好きになっちゃったら、男も女も、オメガもアルファもベータも関係ないんですよ」
 
「いや、関係あるだろう」

 そんな夢物語じゃあるまいし。と先生はふんぞり返り、どこか、俺を軽蔑するような目で見てきた。

(この人これで本当にお医者やれてんのかな……)

 傲慢さはアルファそのものだ。

 俺は少し呆れながら先生に目をやった。

「先生って、『人を人として』見たことあります?」
「は?」

 俺の言葉の意味がわからないようで首を傾げている。
 オメガの俺は努めて優しく、医者である結城先生にわかるよう、説明をした。

「ベータ性や性別だけで人を判断してないかって言ってるんですよ」
 
「いや、そんなことは……」

「今のあなたのパートナーさん……朔さんでしたっけ?朔さんのこと、『ただの運命の番だから』っていう理由で看病してませんか?」

 先生は驚いた顔をして「そうだが?」と、さも当たり前かのように言ってくる。
 
 俺は心底呆れてため息を吐いた。

 すると「な、なんだ……!」と怒ったような戸惑ったような声を出す先生。

 (こんなんで医者になれんなら、俺でもなれるかもな)

 じとっと先生を見て言ってやることにした。

「先生も俺も、文月さんも朔さんも。ベータ性や性別がある前に一人の人間じゃないですか。だから運命の番じゃなくても友人になったり職場の同僚になれたり、運命じゃなくても恋をしてしまうんです」

 ――人として、相手を見て、人として、好きになってしまうから。

「……」

 先生は考え込むように俺が座っているベッドの白い掛け布団をじっと見つめていた。

「人として相手と向き合って人生を歩んできた人間は、この世の中においてそんなに異質な存在でしょうか」

 彼は、俺と康祐さんの人生を否定しているようなものだ。
 でもそれ自体に怒りなどは湧いてこない。

 不思議だな。
 前ならムカついたと思うのに。

(ああでも、この人も『運命』と『国』の被害者だと、思ってしまうからかな……)

 先生は膝に両肘をついて、両手を組む。
 前屈みになったせいで表情が見えなくなってしまった。

 俺は彼のワックスがつけられた短髪を見つめる。

「……分からない」

 静かにつぶやいた先生の声は、本当に理解できていない人間の戸惑いがそのまま出ていて、俺は、ふ、と肩の力を抜いた。

「それもまた、1つの人生の歩き方ですよね」

 パッと顔を上げる先生に笑いかける。
 間違いではないのだ。大衆からすれば。
 
 間違いなのは文月さんで、俺で、周藤。
 でも、それを間違いと言われる筋合いは誰にもない。

 俺は、先生に向き合うためもう一度顔を上げる。
 バチっと目が合ったから、俺も「これはあくまでも俺の考えですが、」と前置きをつけて、口を開いた。

「……先生には朔さんのためにも、文月さんを必要以上に否定しないであげてほしいとは思います。文月さんを罵倒するという行動自体は、先生の感情として正しくて仕方のないことだと分かります。でも……」

 俺は、息を吸った。

「文月さんを罵倒するのって、同時に朔さんを罵倒していることにもなりませんか」

「……っ」

 息を飲む彼は、自分が俺の担当医だと忘れているのだろうか。
 でも今は、そんなことよりも大事な話が俺たちにはある。
 

「先生は文月さんだけを責めているつもりでも、実はその攻撃は、朔さんにも向いてしまっていると思います」

 
 彼は真剣に俺を見据えた。

 
「先生が嫌っている文月さんの過去は、朔さんの過去でもありますから」
 

 だから俺も、先生を真剣に見据えた。
 
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