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第7章
#8
しおりを挟む結城先生は、俺をじっと見つめたまま何かを考えているようだった。
俺はそんな彼を見つめ返す義理などもうないかと思い、窓の格子を見つめていた。
(こうしていると、まるで牢屋にいるみたいで気味が悪いな……)
ぼんやり隣の病室にいるであろう、『朔さん』というのがどんな人なのか想像しながら揺れるカーテンの端を、揺れるたびに目で追った。
「君の……すまない。美澄さんの言う通りですね」
急に敬語に戻った結城先生は、自分が今は担当医だったということを思い出したのだろう。
口調を変えたことに対してか、俺の呼び方に対してかは分からないが詫びを入れられ、俺は先生に顔を戻した。
先生は姿勢を戻していて、どこか疲れたような顔をしながら窓を見つめていた。
「美澄さんが、文月のパートナーだと知ってつい感情的になってしまいました……。これ以上、朔とどう関わっていけば良いのか分からず」
先生は急に素直に頭を下げつつそう言った。
(当直明けってやつだろうし、連日、朔さんがあんなんじゃつかれるのも無理はないよなぁ……)
「先生と番になっても、錯乱状態から抜け出せないものなんですね」
そう言うと、先生は苦い顔をする。
「……医学的根拠はまだないですが、医療関係者たちの間では……」
先生は、俯きながらも言葉を続けた。
「……ベータ性のワクチン接種が義務付けられてから、朔のような本物の番がそばにいても、どうしてやることもできないオメガ患者が増加している、と言われています」
口調が医者に戻った結城先生の言葉を聞きながら、ふと、頭の中でいつかのニュースコメンテーター・佐原の声が聞こえた気がして、目を瞑った。
(どいつもこいつも……)
政府の言うことはさしずめ間違いではないと思う。
俺なんかよりも頭の良い奴らが必死こいて考えて、出した答えだから。
でもその答え合わせとも言わんばかりに、今俺の目の前には俺を含めた『被害者』とも呼べる人たちが沢山いる。
これに対して、国はどう折り合いをつけてくれるんだろうか。
(違うよな)
「……国と自分の人生は、関係ないと思うしか俺はないと思います」
「……」
「自分の人生の責任は自分しか取れません。政府の指針も間違いではないと思う。でも正解でもないと思う」
いつの時代も正解だった時なんてなかっただろうよ。
でも、その時その時生きてきた先人たちがまるで「正解でした」とでも言うようにその時代を生き抜いてきたんだと思う。
「俺は前まで政府を憎んでいたし、運命に従わなければいけないことに苛立ったし、受け入れられなかったし……文月さんのこと、『運命だから』って理由だけで好きと思わなきゃ、て思ってた部分がありました」
康祐さんを忘れるみたいで嫌だった。
一度は過去と歩こうと思ったけど、結局それを壊したのはオメガの破壊衝動で。
でもまた前を向いて歩こうと思えたのは、ミドリさんたちの言葉と支えがあったから。
そして何より、周藤夫妻があの時俺が飛び降りるのを止めてくれたから。
……あの一羽の白い鳥も、偶然だけど俺を止めてくれた。
童話のような、作り物のような純白の鳥。
今はどこを飛んでいるのだろうか。
「でも、そんな生き方しなくていいんだって思うようにしたんです。運命だから文月さんを無理に好きと思わない。……でも、本能の嫌なところって、好きと思おうとしなくても、好きになっちゃうんだから嫌になりますね」
困ったように笑って言えば、結城先生は少し考えたのちに「ふ、」と笑った。
「……もし、美澄さんがよければ退院許可を今日出します」
「え、本当ですか!」
俺の喜びように、結城先生は呆れたように微笑む。
「ただし、私が言ったことは守ってくださいね。番になる気がないのであれば、元気だとしても1週間は処方薬を飲んで家に引き篭もること」
「はい!」
家に帰れることが何より嬉しかった俺は、満面の笑みで頷く。
結城先生は、少し間を置いた後、「あの……」と言った。
「はい?」
俺が首を傾げれば、結城先生は少し思案した後、意を決したように口を開いた。
「美澄さん、1週間後体調に問題がなければ診察も兼ねてもう一度私の元へ来ていただけませんか」
「え?あ、はい、診察ならもちろん」
(医者にこいと言われれば来ざるを得ないだろうよ)
そう思いながら頷くと、結城先生は一瞬視線を彷徨わせた後、言った。
「……もし、美澄さんの様子が問題なければ、少しだけ……朔に会って欲しくて」
「え?」
(文月さんの元パートナーに?)
それはどうだろうか……。
俺は眉を顰めて先生から視線を逸らした。
もちろん、俺で役に立てるのなら構わないが……。
俺は朔さんの気持ちがわかる側の人間だ。
結城先生もだから、今俺に医者の立場を放って頼んでいるのだろうが……。
「もし、朔さんを説得してほしいとか、そういう願いだったらお断りします」
俺は、結城先生を見つめてはっきりと断った。
彼の感情の折り合いは彼がつけなければいけない。
朔さんが考えることが必ずしも俺と似ているとか、同じかとかそんなことは話してみないと分からないけど、番になるために……落ち着くために俺を利用するのだとしたら、それは嫌だと、思ってしまった。
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