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第7章
#9
しおりを挟む「いえ……」
結城先生は力無く「そうではありません」と呟いた。
彼は頭をかいて、いきなりバッと俺に頭を下げた。
「私が……朔の思ってることが理解できないんです……。医療従事者に相談しても、周りはアルファばかりですし、医学的観点のアドバイスや治療方針は相談に乗ってくれますが、メンタル面はどうも……」
鈍い奴しかいなくて、と今度は本当に申し訳なさそうな顔をした結城先生。
文月さんよりは感情が見えやすい人だな、と心で思った。
(最も、文月さんの感情を殺しているのはこの人なのかもしれないけど)
俺は、どうしたもんかと首を捻る。
「普通に、佐々木先生とか精神科医に相談した方が良いのでは?」
(俺が言うことなのか、これは……)
いつの間にか、立場が逆転してしまっているような状況に辟易しつつも、文月さんの元パートナーだしな、という温情で彼の話を聞いてやることにする。
(退院許可と交換条件みたいなのが引っかかるけど……)
モヤモヤしつつ、この人とはやっぱどこか相容れないな、と思う。
「佐々木は、同期ですが……文月の叔父なので」
(言いづらい、と)
「なら他の精神科医の方が俺より良いのでは?プロでしょう?」
素人が下手に手を出して悪化しても嫌だし、なんなら俺患者側なんですけど。
と、思いながら先生を見れば結城先生は少し考えて、「無理にとは、言えません。もちろん。ただ……」と歯切れ悪く言う。
「美澄さんなら朔の言わんとしていることが、同じ患者として分かるかなと思ってしまっただけなので……」
結城先生は「やはり、患者さんに言うことではありませんでした」と立ち上がる。
「すみません。私の気の緩みが美澄さんを混乱させてしまいました。申し訳ございません。もう一度、医者として彼と向き合うことにします」
結城先生はもう一度電子カルテの画面をつけて、「では、退院手続きを……」と話を進めようとしたところで、俺はふと口を開いた。
「その『医者として』って気持ちが無意識に口から出るから、ダメなんだと思います」
医者にダメ出しをする人生が来るとは、思わなかったよ康祐さん。
心では苦笑いをしているものの、顔は真剣に結城先生を見た。
「心で思ってることって案外、表情と目に出るんですよ。ご存知とは思いますが。それは言葉の端々にも出るんです」
例えば……と思考を巡らせた。
「『俺が何かをしてやる』とか『俺がいるからもう大丈夫だろ』とか、本人はその自覚はなくても言われた側は『上から目線だなぁ』とか『傲慢だな』とか思いますし、さっきで言えば」
と、俺は結城先生の足を指差した。
「足、組んでましたよね。あれ、嫌だなと思う患者さんもいると思います。あなたからしたらきっとただの癖なんでしょうけどね」
そう笑って言うと、結城先生は「……すみません、以後気をつけます」としょんぼりしたドーベルマンのようになってしまい、俺は笑ってしまった。
「いや、責めたわけじゃないんです。ただ、貴方は文月さんと違って感情が表に出やすいみたいなので、朔さんにも何かしらそぐわないものが伝わってしまっているのかも、と素人ながら思っただけです」
結城先生は「……そうかも、しれません」と言った。
「はあ……つくづく私は、臨機応変というものができない」
立ち上がっていた結城先生はまた丸椅子に座り直して項垂れてしまった。
(相当、言ってしまっただろうか)
いい加減、退院手続きしてくんねーかな、と思いつつもどうにも、この人たちを放っておけないのは、世話好きな周藤夫妻の性分が移ったのか、康祐さんの思いやりが移ったのか。
……それとも、文月さんの背中を少しでも軽くしてあげたい、なんて傲慢なことをオメガの俺が思ってしまっているからだろうか。
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