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第7章
#10
しおりを挟む俺はベッドからゆっくり降りて、点滴を持つ。
(俺もつくづくおせっかい焼きかも)
そう思いながら、「結城先生」と声をかけた。
「立ってくれませんか?」
「え?」
先生の驚きを無視して、カラカラと点滴を引きながら「来てください」と窓辺に呼び寄せた。
結城先生は頭にハテナを浮かべている様子で、俺の後ろを着いてきた。
窓には格子があって外は見づらい。
開けた窓の格子の隙間から、中庭を指した。
「あそこに植ってる木、何か知っていますか?」
俺の指の先を覗き込むように俺に身を寄せた先生。
近づくと、ほんのりポマードの香りがした。
俺は場所を退いて、先生に見えるようにすると先生は「いや、すまない」と謝る。
(普通はきっと知らないんだろうな……)
そんな人としての違いも面白く感じて、「ですよね」と笑う。
「あれは、シマトネリコって言うんです。病院ではよくある植物らしいです」
「へえ?」
それが何か?と言いたげな顔をする結城先生。
「俺、あの木がなんて名前か知ったの文月さんのおかげなんです」
「……」
「あの木は、初夏に花を咲かせるそうで。でも咲いたり咲かなかったりする『ほぼ木』みたいな植物なんです」
「……」
結城先生は何も言わず、豆粒みたいなシマトネリコを見つめる。
「木だって満足に規則的に咲こうとはしていないんですから、先生ももう少し気楽に生きてもいいかもしれませんよ」
――運命にも朔さんにも、文月さんにも……過去というものに囚われずに。
そう告げると、先生は少しぼんやりした後、ほんの少し息を吐いた。
「……文月はなんでそんなこと知っているんだろうか」
(また敬語外れちゃってるんだよなぁ……)
いつまで俺の病室にいるのか、と思いながらも「ふふ」と笑った。
「文月さんは医者を全うしようと、患者のために勉強したらしいですよ」
(少しだけ良い風に言ってやろう)
文月さんの真面目さは評価されているだろうけれど、患者からの評判というものの方がきっと一番良いだろう。
そんな患者様とでもいうような自分の考えに自分で呆れつつも、結城先生を見れば、どこか柔らかい表情で豆粒のようなシマトネリコを見つめていた。
「……医学知識ばかり増えても使い物にならないんだよな」
ぼそっとこぼれてしまったのか、結城先生は自分が声に出してしまっていることに気づいていない様子だった。
「先生」
「はい」
先生は、俺の方に向き直る。
「俺、朔さんとお話しても良いですよ。もちろん、彼が良ければですが」
一週間後、自分がどんな人生を送っているかわからないけれど、先の約束をするのは嫌いではなくなった。
診察でも、――見知らぬ人との対話でも。
「あくまでも俺は俺として話すだけです。それが朔さんにとってどんな影響を与えるかわかりません。でも、先生がもうどうしたら良いかわからないっていうなら、俺も一緒に悩んであげても良いです」
そう言うと、先生は「ぷは」と吹き出した。
「……確かに、ものの言い方には気をつけないと、伝わり方が変わってしまうな」
先生の笑いに、俺もつられて笑ってしまう。
「でしょう?」
そう返せば、先生は「ああ」と頷いた。
「では、美澄さん。1週間後外来で私の診察予約入れておきます。それまでは、何度も言いますが薬を飲んで安静にしていてください」
「はい」
俺はベッドに戻って座りながら話を聞く。
先生は「それから」と付け加えた。
「朔のことも気負わなくて大丈夫です。余裕があって暇だったら、お互いの気晴らしに話す、その程度の認識でいてください。美澄さんの体を守ることも私の仕事ですから」
その言葉に俺は笑って頷く。
「わかりました」
そう返せば、先生は「このお礼はいつか必ず」と頭を下げて病室から出ていった。
(文月さんとも佐々木先生とも違うタイプの医者だったなぁ)
俺は背中をベッドに預け、「はぁ」と息をはいた。
もしかしたら、朔さんと会うかもしれないのか。
それが良いのか悪いのか俺にはわからないけど……。
(良い方に向かったら良いよね、康祐さん)
どこにいるのか分からない彼が、きっと空の上にいると信じて俺は窓の外を見つめた。
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