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第9章
#7
しおりを挟む「……」
抱きしめられているのを良いことに、彼の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「すみません、美澄さん……俺、」
文月さんは俺を抱きしめながら、考えのまとまらないような声音で呟いた。
「文月さん」
涙声の自分に気付きながらも、止めることはできなかった。
「文月さんと、この先……生きていきたいって言ったら……文月さんは困りますか」
「……」
腕の中に閉じ込めた康祐さんの写真にぎゅっと力を込めて、そう聞けば文月さんは何も言わないまま俺をまた強く抱きしめた。
ふ、と呼吸音が耳のそばでする。
「……それは、……運命の番、だからでしょうか」
文月さんの静かな問いが、二人の間に流れ込む。
俺はズビッと鼻を啜った。
そして、ゆっくり首を横に振った。
義務感があったのは事実。
優しくしてもらって絆されるなんて、不義理だと思った。
でもこれは、紛れもない。
文月さんが好き。
やっぱり、こうなってしまえば運命なんてどうでも良いんだ。
「番になんてならなくていいです……」
俺は文月さんから体を離して、康祐さんを抱きしめたままもう一度、鼻を啜った。
「もう、俺の中で貴方が居ない人生は考えられない、かも」
「……かも?」
文月さんが首を傾げる。
俺は苦笑して、手元の康祐さんを見つめる。
(もう、いいよね。康祐さん)
「……番じゃなくて良いから、俺を俺として見てくれませんか」
ダメダメな部分も皮肉屋なのも知ってる文月さんは、康祐さんとは正反対の位置にいるような人。
普通に生きていたら出会わないような人なのに、彼に優しくされるのが辛く苦しい。
「待ってるって言ったのに、すみません……」
「いや、」
文月さんはどうしたら良いか分からないのか、あわあわとしながらもポケットからハンカチを取り出して俺の涙を拭いた。
「……朔さんのことも、文月さんが折り合いをつけてからで構いません」
曖昧だった自分にケリをつけるように、俺は康祐さんの写真をテーブルに伏せて置いた。
「今度こそ俺は、貴方を本当の意味で待ってます」
「……」
「手のひらなんて見せられる時に見せてくれればそれで良いです」
「……」
「俺はもう一度、今度は別の人生を貴方と歩みたいと思ったんです。これは運命の番だからじゃない。だから、うなじは噛まなくて良いです」
俺の言葉を黙って聞いていた文月さんは、俺を見つめ続けている。
深く黒い瞳は、俺だけを写している。
胸を張って顔を上げる。
康祐さんが隣で肩を抱いてくれている気がした。
「俺、文月さんが好きです」
恋に誇りを持っていた朔さんのように、俺も文月さんへの恋心を誇ることにした。
(恋敵になって、しまったな……)
心で朔さんに詫びながら、俺は文月さんを見つめるしかできなかった。
文月さんはしばらく俺を見つめた後、ふ、と息を短く吐いた。
「……何度も美澄さんに言わせてしまってすみません」
彼の言葉にハッとして顔を上げる。
「俺、ここに帰ってきても良いですか」
「え?」
文月さんの台詞の意味が分からず首を傾げれば、文月さんは言った。
「必ず帰ってくるので、少し、時間をいただけますか」
彼は俺の両肩を掴み、俺を覗き込むようにして言う。
「帰って、くる……?」
「はい」
「それは、どうして……」
俺の問いに文月さんは少し笑ったけれど、何も答えてはくれなかった。
「……でも、必ず帰ってきます」
――そうしたら、また話しませんか。
文月さんの言葉に、俺は頷くしかなかった。
俺は「じゃあ」とテーブルの上に置いたジップロックを文月さんに差し出した。
「これ、全てお返しします」
「え?」
文月さんは驚いた様子で、俺とジップロックを交互に凝視している。
「これが必要にならないように、帰ってきてくれますか」
「……!」
彼は絆創膏の巻かれた手で、恐る恐るといった風にジップロックを受け取った。
「わかりました」
と、力強く頷いた彼を俺は、しばらく信じてやることに決めた。
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