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第10章
#8
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「ではうちではアイスコーヒーにしますか?」
「いや寒いので、ホットで……」
苦笑した文月さんがそう言うので、俺は「はいはい」と笑って台所で飲み物の準備をした。
相変わらず、康祐さんに手を合わせてからソファに座ってくれる律儀な文月さんに笑みが溢れてしまう。
(仏頂面のくせに……)
俺は両手にマグカップを持ち、文月さんの隣のソファに座った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
文月さんはまたコートを脱いで、まっくろくろすけになった。
俺は、インスタントコーヒーを飲みながら文月さんを見る。
「どうしました?」
視線に気づいたのか、文月さんはマグカップを置いて俺と向き合う。
「……朔さんとは、折り合いがついたんですか」
ずっと気になっていたことを聞くことにした。
ここまで来たらもう、隠し事なんてなしだろうとまんまと文月さんの策略にハマるのが俺という人間だ。
文月さんは聞かれることを覚悟していたかのように微笑んだ。
「はい。片をつけました」
「なんか物騒な物言いですね」
俺が笑っていえば、文月さんも笑う。
「正直いえば、結構大変でした」
「……そうですか」
俺は朔さんの気持ちを知っているから、なんとも言えない気持ちになる。
だって俺はヒーロー気取って彼に会いに行って、結局、彼の想い人である文月さんを奪ってしまっているのだから。
俺がコーヒーを啜ってその胸の鈍い痛みを誤魔化していると、文月さんは言った。
「朔はあなたに、『俺のことがまだ好き』と言ったんでしょう?」
「ぶはっゲホッ」
まさかそのことを突っ込まれるとは思わずむせてしまった。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です!」
文月さんの場に合わない心配に、俺は自分でティッシュで口を拭う。
「あれは朔なりの、牽制というか……単純に朔は、結城さんのことが嫌いなんです」
(ああ、まあ……アレじゃあな……)
なんとなく朔さんに同情して、俺は首を傾げる。
でもあの日の朔さんの言い方は嘘じゃなかったはずだ。
どう見ても本心にしか思えなかった。
だって、運命に勝った恋って――。
「朔は、俺と運命に勝ってませんよ」
「え?」
俺は自分が声に出していたことに気づいていなかった。
文月さんを見れば、彼は微笑む。
(文月さん、笑う回数が増えたな……)
そんなどうでも良いのか、どうでもよくないのかわからないことに気づいてしまうのは、俺の想い人になったからだろうか。
「俺が朔を言い訳にして前に進まなかったように、朔は朔で俺を言い訳にして俺を好きだと思い込むことで結城さんを拒絶していたんです」
「っでも、俺……朔さんと話したけどそんな風には……」
そこまで言うと文月さんは「ふふ」と笑う。
「朔は元役者なんです」
「へ」
文月さんの楽しげな顔に俺は拍子抜けしてしてしまう。
(や、役者……?)
「俺と朔が出会って恋をしたのは、彼の演技を舞台で見たからです」
「え、高校で再会したからではなく……⁉︎」
そう言うと、「いやそれも正解です」と言った。
「詳しく言えば、朔は劇団に所属しながら高校に通っていて、友達として初めてチケットをもらって観に行った舞台で、改めて俺が恋をしたって言うのが正しい流れです」
そんな淡々とした説明で言って良い重さではないのでは、と思うも本人がこうなのだから仕方ないか、と納得せざるを得ない。
「じゃあ、俺はお芝居に騙されたってこと……?」
「うーん。朔自身、自分でどこまで折り合いをつけたら良いか分かっていませんでしたから、半分本当で半分お芝居だったと思っていいと思います」
(や、役者ってこわ……)
いやでも事実だった部分は確実にあるわけだから、やっぱり文月さんを好きだという気持ちは嘘だと思ってはいけないよな。
俺は少し冷えたコーヒーを啜った。
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