ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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序章

第六話 中世の日常②

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 老人だった体から血が吹き出た。周りの人に血がべっとりとかかる。そしてゆっくりと死体がその場に倒れていく。だというのに武装した男たちはただゆっくりとその場を後にしていった。しかし、町の人々は何事もなかったかのように日常に戻る。

 僕はその奇妙な光景に違和感を覚えながら、さっき起こった出来事に怒りでうち震えていた。

 僕は今、何も武装していない、でもこんなこと……。こんなこと見過ごすわけにはいかない……! 気が付けば、僕はさきほどの男たちを追っていた。道の真ん中を堂々と人にぶつかりながら歩いていると、ふいに手を強引につかまれる。

「やめておけ」

 振り返るとそこにはメリッサがいた。

「あいつらを許すわけにはいかない」

 僕が強く答えると、メリッサは真剣な目で、「これが中世だ」と投げかけた。無理やり彼女に引っ張られ、僕は宿の部屋へと連れてこられる。そして僕は開口一番、

「なぜ止めた」と僕はメリッサをにらむ。

「なぜって、これがここでは普通なんだ」

 メリッサの答えに僕は驚いてしまう。

「普通? あの老人が何をしたって言うんだ!? ただにこやかに立っていただけだろ。それを、なんで!?」

 たまっていた鬱憤うっぷんを彼女に吐き出した。メリッサには関係がなかったが、やり場のない怒りを抑えきれなかったんだ。

「あの馬上の男はこの地方を治めるプランタージュ伯の息子、モンターニュ子爵だ。残忍で冷血極まりない。なんで殺したかって?

 それはわからない。イライラしていたのか、相手が乞食だから試し切りをしたのか、ニタニタしていたのに気分を害したのか──」

 非情な現実をメリッサは淡々と答える。彼女の態度に僕は思わず怒鳴ってしまう。

「そんなことで!」
「そんなことで殺されるんだ。中世では領民なんて物扱いだ。貴族がその気になったらいつでも殺す。人権がないんだ」

 僕はメリッサのこの言葉を黙って聞いていた。

「自力救済といってな、法が整備されていない時代は自分の権利は、自分で守らなければならない。誰かが害されても他人は誰も助けない。

 貴族の非道な行為は、自分で武装して守らなければならない。反乱だ。そうして血を流した果てにようやく徐々に権利が認められる。そういう時代なんだ」

「なら、なんでこの町の人々は反乱を起こさない? こんな非道を黙ってみているだけなのか?」

 怒り混じりに言葉を吐き出していくのに対し、メリッサはため息をついてしまった。

「なら、例えてみよう。お前が死ぬ前、現実の日本社会に不満があっただろう。私はヴァルキュリアとしてお前の人生、心の動きを見ている、だからわかる。

 だったら、何故テロを起こさない? 自衛隊の駐屯地から武器を奪って、原発なり国会議事堂でテロを起こしてみろ、かすみが関がひっくり返るぞ。できるか? できないだろう」

 僕はハッと何かに気づきおもわず口ごもってしまい、何も言い返せない。確かに、確かにそうだけれども……。そんな理不尽が許されていいのか。僕の思いにかかわらずメリッサは続ける。

「できなくて当然だ。民衆は体制に対して圧倒的に弱い。みんな自分が生きるので精一杯だ。赤の他人を救うコトなんて、夢のまた夢だ。

 それでいい、弱いんだから。その弱さを受け入れるんだ、自分の大切な者、自分の愛してる者、仲間、友人を救え。

 そのほかのことは考えるな。手に余る同情や憐憫れんびんはその身を滅ぼす、いいな」

 この現実にどこか寂しげに言うとパタンとベッドに寝て、「疲れたから寝る」メリッサはそう、つぶやいた。

 部屋を見るとベッドは一つしかない。何故この宿の主人はこの狭い部屋を用意したのだろう、よくわからない。しかたないから僕は木の板で作られた床で寝た、固い床に難儀なんぎしながらもよっぽど疲れていたのか、すぐに眠りへと誘われた。

 気が付けば、部屋にまばゆい光が差し込む、その強い日差しに当てられて目が覚めた。どうやら朝だ。あくびをしながら外を見た。そこにはビルやマンションはない、ひたすら石造りの家が並んでいた。

 そうか、異世界に来たんだったな。日本とは違う世界。外国。僕は旅立てたんだ。ベッドを見るとメリッサがすうすうと眠っていた、本当にこの娘は……。でも本当に寝ているのだろうか、いじらしく可愛い寝顔だよ。こう見ていると十五ぐらいの少女にしか見えない。僕の心にやさしい感情が広がる。

 ん、何だ、この感覚は? 俗にいうムラっと来るってやつか。おい、何を考えているんだ、やめろ、それはセクハラだ。だがしかし、異世界に来て確かめておかなければならない。自力救済というものを。彼女はきっと戦士だ。僕に対してあらがうことも殺すこともできるだろう。

 か弱き女性じゃない。なら、やってみる価値はある。いやいや、待てやはりセクハラはやめておこう、僕は大人の35の男性だ分別がつく。こんなこと考えてもいけないし、やるなんてもってのほかだ。

 ──ということで、とりあえず彼女の胸を揉んでみる。

「おっぱい」

 メリッサはそうつぶやいた。手のひらに広がる柔らかな温かい独特の不思議な感覚。ほう、これがおっぱいか初めて知ったぞ。赤ん坊のころなんて覚えてないし。メリッサはもちろん起きていたし、ぱっちりと目を開きこちらを見る。ははは……。

 よしこれでいい、僕は今死んだ。あっけない人生だった。だがしかし女の子のおっぱいを揉むことに成功した、もはや悔いはない……。殺せ! 今すぐ僕を殺せ! 心の中で叫んでいると、メリッサは素足で力いっぱい僕の股間を握りつぶしてくる。

「痛ってええ、いたたたた!!」

 僕あまりの痛みに床にひっくり返る、メリッサは僕の股間を踏み、足を巧みに使い股間を握りつぶした。ありがとうございます! じゃない、何考えてるんだ、やっぱやるんじゃなかった。

 セクハラする奴は殺されて当然だ。僕はおとなしく彼女の審判を待った。前科一犯、あ-あ死刑だな。あっけない人生だった、でも、おっぱい……、あ、いや、なんでもない。

 彼女は僕の股間を握りつぶしながら大声で僕を罵倒していく!

「この部屋にベッドが一つしかないのはなあ! 奴隷は外のうまやで寝るからだ!」

 はい、申し訳ございません。僕の股間をさんざんもてあそぶと気分が収まったのだろう、窓に向かってあくびをし、そして何事もなかったかのように「さあ、朝食だ行くぞ」といそいそと外に出る支度して宿の部屋のドアを開けた。えっ……許されたのか、いや違う、執行猶予だ。

 後で十回ぐらい殺される、まあ当然だろう。35のおっさんが見た目15ぐらいに見える少女の胸を揉んだのだからな。どうせ、本当の年齢はもっといってるんだろうけど重罪だ。みんな、セクハラはいけない、絶対に!

 股間を抑えながら下の階に降りる僕、この宿の二階は寝室で一階は食堂になっていた。そばにいたメリッサがあれこれメニューを頼むと食事が運ばれてくる、パンとスープと豚肉だろう、肉料理たちがそれぞれに木皿に盛り付けをされてスプーンが並べられた。

 僕はどうしていいかわからずとりあえずパンをつかんだ。

 パンにかじりついた僕はかみ切ろうとするがあごが動かず、口は四角い形で固まった。硬い……。

 あまりの硬さに歯が欠けるかと思った。メリッサを見てみる、彼女はパンをスープにひたしていた。僕も彼女の真似をしてスープにパンをひたしてパンをかじる、それでも硬い。

 よくメリッサを見るとパンをもみながら、小さくちぎって食べていたので、僕もそれを真似をしてみた。

 そしてパンを口に運ぶ、が、あまり味がない。スープの旨みで甘みがあったが、僕の口には合わなかった。でも出された食事だ、文句一つ言わず食べる。僕は貧乏人だからな、農家の人の気持ちを考えるんだ。僕が黙って食べていると、

「何か話せ」

 と、メリッサがぶっきらぼうに投げかけた。え? 静かに食べるのがマナーじゃないのか? 周りを見てみると、男たちがぺちゃくちゃしゃべりながら食事をしている。

 ほう、なるほどカルチャーショックだ、まあ、でもここは大人の男だということを証明しなければならないな。彼女を楽しませる話題を考える。よし、あれだ、大人のトークを披露ひろうしよう。

「なあ、昨日エインヘリャルを倒したときヴァルキュリアも光に包まれて消えたな。あれはなんだ?」

 出た言葉は無骨な事柄だった。

「ああ、それか。ヴァルキュリアはエインヘリャルと一心同体だ。エインヘリャルの魂が消えるとヴァルキュリアはヴァルハラに戻される。

 ──と言っても人格、記憶、体すべてが消える。このスプーンの中にあるスープがスープの皿に戻される。何か変化あるか? ないだろ? ボールの中の量が多ければスプーンの中のスープなど何事もなかったかのように元に戻る。

 ヴァルキュリアはヴァルハラの魂の集合体からこぼれた人格だ。単純に見れば文字通り、この数あるすべての世界から存在が消える」

 メリッサは平然といった。ちがう、そうじゃない。そういうことじゃないんだ。

「なんでそのことを説明しなかったんだ! 僕が死ぬと君も死ぬことになるんじゃないか!」

 僕は荒げた口調で彼女に畳みかけた。何で言ってくれなかったんだ。君の安全はどうなるんだ!

「重荷になりたくない。他に質問はないか?」
「そんなに大切な戦いなのに何故僕一人に戦わせた。二人で戦った方が勝てる可能性が高いだろ?」

 そう尋ねると、メリッサは急に真面目な顔になっていく。

「ヴァルキュリアはエインヘリャル同士の戦いには参加できない。もし参加すると因果律が狂ってパートナーが不利な目に遭う。見方を変えれば、私は敵のエインヘリャルに襲われても無抵抗であるしかない」

 呆然としてしまう。つまり、僕は自分の身を守ると同時に、メリッサを守らなければ彼女に害があたえられると言うことだ。ひどい話しだ、こんな可憐な少女が無防備で戦闘の中に放り込まなければならないとは。くそ、なんてことだ……。

「もう一つ質問させてくれ。イメージした武器を変えたいとき、君がいなければどうなる」

 僕の質問に対し、彼女は木のコップの中にある水を少し飲む。一息ついた後、話をつづけた。

「どうにもならない。私がいなければ新しい武器を創ることはできない。加えて、昨日クロスボウをイメージしたとき、矢は十本しか創造できなかっただろう? イメージには制限がある。

 確固たるイメージがなければ矢や弾は創造できない。つまり、イメージできる武器には弾の数の制限があると言うことだ。そして始めにイメージした物を消して次に生み出すとき約3分から5分かかる。ざっと説明すると、こんな感じかな」

 それに彼女は少し付け加えた。

「イメージした武器を創造するという、特殊能力ゆえの不便さがあると言うことだ。ちなみに元から武器が与えられているタイプのエインヘリャルにはヴァルキュリアがついている必要性はない」

 彼女はふっと息をつき、

「まあ、足手まといにならないよう逃げ回るやつもいるだろう。お前は、私がそばにいなければ特殊能力を発揮できない。そこら辺は不利だな」

 スープをかき混ぜた。冷静だ、さすがは戦士だ。よくさっき殺されなかったな、僕。怖ろしいことしでかしたものだと、今更ながら恐怖を感じてしまう。

「だが考え方を変えると私がそばにいる状態ならば敵に合わせて、様々な武器を使える。敵のエインヘリャルと相性によって負けることはない。すべてはお前の知恵、機転、頭の回転の良さにかかっている」

 なるほど肉弾戦じゃなく頭脳戦か、それならこの戦いにも勝ち目が見えてくる。ひとまず話がすんで、食べ終わったころメリッサは明るいトーンで言った。

「朝食を済ませたら、買い物に行くぞ」

 買い物となるとなんかメリッサは楽しそうだ、こういうところに女の子っぽさがあっていいな。うんいいな、こういうの。

 ナイフ、ショートソード、小さな鞄、大きく背負うタイプのバッグ、毛布、地図、食料。どんどん荷物が増えてくる。もちろん持つのは僕だ。当たり前だろ、女の子に荷物なんて持たせられるか。

 途中、大柄の男がメリッサに絡んできた、が、彼女はあっさりと組み伏せ、喉にショートソードを当てていた。笑いながら。ははは……。絶対、逆らうのはやめとこう。

 メリッサとの買い物が終わる頃にはもう日がくれていた。

「私とのデートは楽しかったか?」
「ええ、もちろん。お姫様」

 お世辞じゃない、彼女は楽しそうによく話す。ときには一歩引いて僕を立ててくれたり、わざと頼るふりをしたり、褒め上手でもある。非常に気立てのいい娘だ。

 これで口が悪くなければ男の理想とする女の子だろう、僕はそう感じてしまう。

 二人並んで歩いていく、良い雰囲気だ。こういうの生前やってみたかったな。途端、狭い裏路地を通っていると周りが真っ暗になる。どうやら声が聞いてみると喧嘩けんかのようだ。僕らは聞き耳を立てていく。

「やめてください! 子爵様!!」
「誘ってきたのはそっちだろう? なに十分に喜ばせてやる」

 異常事態を察して、僕らは隠れて成り行きを見ていた。周りには2人ほど武装した兵士がおり、老人を殺した、あのモンターニュ子爵が美しい町娘に絡んでいる、そうしてけだものの感情のおもむくまま子爵は町娘の服を脱がした。

「いやあああ――! 誰か! 誰か!」

 子爵は現れた乳房と尻に舌なめずりをしている。……僕は冷静に怒りを抑えてメリッサに告げた。

「――ヴァルキュリア、僕に力を貸せ」

 やれやれといった様子でメリッサが目を光らせ、瞳の色が碧眼から金色に変わる。しだいに世界がゆがんでいく。

「――イメージしろ。お前は何を思い描く?――」

─────────────────

「いや、やめてえ! やめてえ!!」

 子爵がいやらしく笑ったところで、はっと目を開く、……奴の動きが止まったのだ。美しい町娘は何が起こったかわからない様子で、どさっと倒れる子爵を呆然とみていた。

 ──子爵の尻には深々と矢が刺さっている。

「誰だ!」

 二人の兵士は周りを見渡す。だがこの暗さだ、まともに見えないだろう。

「敵国の刺客かもしれん、この場は子爵をお守りするために館に帰るぞ」

 二人の兵士は今後のことを考えて、激痛で気絶した子爵を抱えてこの場を立ち去った。僕は町娘に近寄る。金髪ブロンドで黒い瞳をし、美しい顔立ちをしていた。こんな娘を……。奴ら許せないな。

「大丈夫かい?」
「いやあああ――! 来ないで!」

 あっ、しまった言葉が通じないんだ。僕はクロスボウを後ろに隠し、危害を加えるつもりはないことを表した。

「いや! いや! いやああ!」

 だがブロンドの町娘はパニック状態、みかねたメリッサが中に割って入ってくれた。

「この男はお前を助けたんだ。スケベ面して、セクハラもするが、根は優しい男だよ」

 どうやら女同士で話をしたようだ。僕には何を言ったか解らないが、現地語だろう。町娘は落ち着き、僕とメリッサをみて、安心した様子で衣服を整えた。ふう、セクハラに続いて、強姦犯の疑いはごめんだ。いや、セクハラはしたけども。試しだよ、試し! ごめんなさい。もうしません。

「家まで送っていこう、もう夜だ」
「この男は家まで送りたいそうだ。家はどこだ?」

 僕の言葉をメリッサが通訳してくれた。おかげで無事、ブロンドの町娘を家に送れた。その頃にはあたりは真っ暗、空には星屑と三日月が見えている。娘が家に入っていくのを確認したら、メリッサはふうっとため息をついた。

「他人などほっとけって言っているだろう」

 そう言って一呼吸置いて彼女は笑ってくれた。なんだよ、可愛いじゃないか。

「まあ、でも、そういうところのお前は結構好きだぞ」

 メリッサが美しく微笑んだ。月影に銀髪が透き通って光り、ふわりと風になびかせながら、嬉しそうに歩く。その美しさに僕は心が安らいだ。……はは、今晩はいい夢が見られそうだ。

 こうやって僕たちは二人でとりとめのないことを話しながら、ひっそり宿へときびすを返したのだった。
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