羽黒山、開山

季徒川 魚影

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十 蘇我の皇統、女帝即位

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 (そがのこうとう、じょていそくい)


「これで、一の障壁が無くなったか」
 炊屋姫(後の推古天皇)は、天井を見つめながら、ため息のように言った。
 これとは、泊瀬部皇子の自死のこと、また一家離散、そして大伴糠手子の逃亡のことを指している。
 東漢磐井は、直ちに追手を出すことを馬子に進言したが、馬子は捨て置くように命令した。
 もはや敵ではない、と判断したのである。
 単衣の襟元は直されていたが、それでも炊屋姫の白い首元が月明かりに照らされているのが見える。
 ここは、旧葛城邸。
 このところの馬子と炊屋姫の逢瀬の場所であった。
「いや、大事は、敏達大王の遺言でございます。いずれ周囲の知るところとなりましょう」
 遺言とは、敏達天皇が用明天皇の即位の条件としたことであり、それを念を押す意味で、最後に記録したことである。
 すなわち、用明の次期は、押坂彦人大兄皇子とする、という条件である。
 その用明天皇は、即位後、新宮の磐余池辺雙槻宮いわれのいけのべのなみつきのみや(奈良県桜井市にあったとされる)に入ったが、病床にあった。
 生来しょうらいの病弱であった。
 馬子も炊屋姫も、その多病が最大の悩みであった。
 政治的な功績などは望まない。
 ただただ、少しでも生き永らえてもらいたい、その一心である。
 炊屋姫にしても、押坂彦人大兄皇子は、我が第一皇子、竹田皇子(齢十歳)の強敵である。
 少しでも多くの時が欲しかった。
 その間に好機が巡ってくるかも知れないからである。
 押坂彦人大兄皇子は、敏達天皇と広姫の間に生まれた第一皇子であり、「大兄」の付く、まさに誕生の瞬間から最有力の皇位継承者であった。
 幼き頃より、有望視され、然るべき独立した財政基盤、忍坂部おさかべ丸子部まるこべによって養育された。
 それだけではない。
 母、広姫は、当時、天皇家と肩を並べるほどの名家、息長斎皇家おきながさいおうけの出であり、押坂彦人大兄皇子の背後には、常に、息長氏があった。
 息長氏とは、第十四代、仲哀天皇の皇后、かの神功皇后(息長帯比売命おきながたらしひめのみこと)に流れを汲む氏族である。
「我とて、到底太刀打ちできないものもあります」
 流石の馬子も、息長斎皇家を敵に回すことはできなかった。
 加えての、敏達天皇の遺言であった。
 それでも、押坂彦人大兄皇子は、この年まだ齢二十二であり、適齢には達していない。
 用明天皇の即位は、蘇我氏には嬉しい限りだが、それでも全く安泰ではないのだ。
 豪腕に見えて、馬子も心のうちの気苦労が絶えなかった。
 この旧葛城邸にいる時が、唯一心が少し休まる時かも知れなかった。
「それでも、ひとまず、しのぎました。そのうちに、再びの好機が参りますでしょう」
 片や炊屋姫は、肝が座っていた。
 馬子は頭に枕をあて横を向いている。
 か細い横顔からは想像できないほどの、底知れぬ、秘めた力をこの御方は持っている、と馬子は改めて感じている。
 それは今に始まったことではない。
 馬子は、右手を伸ばして、手のひらを炊屋姫の胸に置いた。

「うおおおお」
 秦河勝が泣いていた。
 まるで、童子どうじのように。
「なにゆえに、なにゆえに」
 明朝より、遺体は運ばれるという、そのときになって、河勝は、倉梯宮、泊瀬部皇子の居室にて、一人クワ酒を飲んでいた。
 いつも、謁見する際に、皇子が座っていたところに対面して。
 秦氏というのは、元来、争いを好まぬ人たちであった。
 つまり、倭の民と似ていた。
 だから、秦の時代、大陸から朝鮮半島に逃れ、果に倭国に流れてきたのである。
 ところがである。
 倭国は、このところ争いや戦が耐えない。
 最初に仕えた大和の豪族、葛城氏が滅びたあたりからであろう。
 世の中は変わった。
 その末に、このような悲劇が起こったのである。
 穴穂部皇子の喪も明けない内に、自らの氏族の長とも言うべき、泊瀬部皇子までが、であった。
 河勝は、素焼きの碗を置くと、壺の酒を一気に煽った。
 三つ目の壺だ。
 すでに一刻半(約三時間)以上飲んでいる。
 口からこぼれた酒が、衣に掛かる。
 そして、河勝は仰向けに倒れた。
「皆、居なくなる。あああああ」
 泣き声は、徐々に弱く、消え入るようになり、そのうちに寝入ってしまうのであった。
 
 この翌日、敏達天皇十四年(五八五年)九月二十五日。発見された四日後、石棺に納められた泊瀬部皇子の亡骸は、倉梯陵くらはしのみささぎ(いわゆる赤坂天王山古墳)に埋葬された。
 それは盛大な葬列だった。
 秦の者たちの技術の粋を結集した副葬品も多く納められた。
 陣頭指揮の全ては、秦河勝が執った。
 前日の弱気な河勝は消え去っていた。
 そのかわり、河勝には珍しく、心に恨みの炎が灯っていた。
「皇子様、このことは決して忘れることはないでしょう。代が変わりましても、きっと、晴らしてくれましょう。いかなる形であれ。黄泉の国にて安らかにいらしてください」
 
 それから、およそ二年が経過した。
 遂に、用明天皇が崩御されたのである。
 五八七年、四月八日。
 これは、あらゆる意味において重大な事態であった。
 恐れていた空位が現実味を帯びてきたからである。
 最も年かさの、押坂彦人大兄皇子ですら、まだ皇位継承の適正年齢に遥かに及ばない。
 皇族、豪族の誰にも、妙案はない。
 武烈朝の再来か、と危ぶむ声しか聞こえてこなかった。
 ところが、馬子と炊屋姫には、すでに筋書きが出来上がっていたのである。
 二年では足りなかったが、彼らにしてみれば、それでも最低不可欠の、この二年であった。
 皇太后。
 馬子は、敏達天皇崩御の際に、布石を打っておいた。
 万策尽きた時のために。
 用明天皇の殯に入り、約半年が過ぎた頃、遂に。
「これより、合議を執り行う」
 馬子が発声した。
 皇位継承の議事であった。
「用明天皇の崩御にあたり、皆々様にはすでに御承知の通り、御代継みよつぎの議とお集まりいただきました。まずはご意見を頂戴したいと存ずる」
 ところが、誰も意見を言うものが無かった。
 馬子の隣には、皇太后(炊屋姫)が座していた。
 馬子は、堂々と振る舞っていたが、内心は冷や冷やしながら、皆の様子を伺った。
 衣摺れの音もしない静寂である。
 どうやら、敏達天皇の遺言の内容は、漏れていないということらしかった。
 だとすれば、この沈黙は当然のこと。
 馬子は、巨勢臣こせのおみ膳臣かしわでのおみ平群臣へぐりのおみと順番に顔を見据えていった。
 物部、大伴が居ない合議は物足りない。
「恐れながら、申し上げたい議がございます」
 合議には、珍しい出席者であった。
 額田部連ぬかたべのむらじ
「ほう、本日は、わざわざのお運び、恐縮でございました」
 馬子が白々しく労う。
「このところの、疱瘡の流行、名だたる皇子様らの御不幸。朝廷におかれましては、大儀が続かれ、心より哀悼を申し上げます」
 前置きだった。
「この世相を案ずるに、額田部では、先ごろ、大々的な卜筮を執り行った次第にございます。そうしたところ、大臣様(馬子)には大変、恐れ多く申し上げにくいことにて、無き事にするべく取り計らったのではございますが、巫女の多くが、隠しだては倭国のために良からぬ事、そのようにしては、かえって神々の怒りに触れ、さらなる祟り、災が起こるであろう、とのこと」
 額田部連は馬子の崇仏を気遣った、と言うのである。
 馬子が、約束通りの言葉を挟んだ。
「国の大事。そのことを取り決めるための合議である。我がどうとか、そういう事は抜きにしまして、ここは、はばからずお話しいただきたい」
「はは、それでは」
 額田部連は、つばを飲み込み、息を吸って話を再開した。
 これも半分は演技であった。
「これらの災いの元は、出雲の神の祟りにございます」
 議場に、どよめきが起きた。
 馬子が用意された言葉を発した。
「それは、蛮神を倭国に持ち込んだ祟り、と申しますか」
「いえ、私が申しておるのではなく、あくまで、卜筮の結果、巫女の多くが申しております」
 馬子は、言葉を飲むように、顎を下げて黙りこくった。
 この演技につられて、息長氏が口火を切った。
「やはり、神代より続く正統をおざなりにした祟り、と言われますか」
 それは暗に、蘇我大臣と彼が操る皇統に対する非難であった。
 本来の皇統を取り戻すべき、という。
 馬子が満を持して返した。
「それでは、息長様は、どのようにするのが最善とお考えでしょうか」
 そう問われると、やはり言葉に詰まる。
 馬子が続けた。
「息長様、我らは皆分かっておりますぞ。そうでしょう。言うまでもございません。押坂彦人大兄皇子が、最も順位が上にございますことをです。しかし、年齢が及びませぬ。そこが問題なのです。古よりのしきたり、慣例にないことをこの厄災続きの世において行えば、それこそが直ちにさらなる災厄を招きましょう」
 最後の方が、語気が強くなった。
 誰もが聞くまでもないことであった。
 しばしの、再びの沈黙を馬子が破った。
 筋書きの大詰めであった。
「額田部殿、して、その他には、巫女らは、何か申しておりますか」
「はは、恐れながら、加えて申すには、出雲の神の流れを考えての、お取り計らいを考えられるのがよろしい、と」
 一同が、またどよめいた。
 そのような人材は居ない、と口々に発しているのである。
 馬子がそれらの意見を代弁して言った。
「これは、驚きました。そのような方は、どこにあられますでしょうか」
 一見、馬鹿にしているようなこの発言も、全て仕組まれた演技であった。
「はは、そちらに居られます」
 額田部連は、炊屋姫の方を向いて、頭を下げた。
 どよめきかけた議場が、次の瞬間静まった。
 言葉を謹むかのように。
 額田部連は、すかさず仕上げにかかった。
「炊屋姫様、いや、正式には多利思比売たりしひめ様で、あらしゃられます」
 六世紀の豪族らは、神話のことを熟知していた。
 そのような名の皇祖は見当たらない。
 しかし、額田部連は畳み込むように言った。
「卜筮は出ました。多紀理毘売命たきりびめのみことの流れを汲む御方に皇統を継がせよ、と。そうすれば、災いは終わる、と」
 ここで、一息置き、連は続けた。
「額田部では、誰もが知ることでございます。多利思比売は多紀理毘売命の後裔こうえいでございます」
 額田部連は頭を上げて、最後の言葉を発した。
「すなわち、炊屋姫様にございます」
 一同は、静まり返ったままであった。
 もはや、神の前に、言葉は無いのである。
 由緒ある、出雲の名代なしろ、額田部は、言うまでもなく、炊屋姫の財政基盤であった。
 ゆえに、炊屋姫は、額田部皇女と言われているのだ。
 炊屋姫は、呼び名に過ぎない。
 炊屋姫の養育者である、額田部では、「多利思比売」と呼んでいるという理屈である。
 そして、この合議のために用意された作話が、のちの第一回遣隋使(六〇〇年)の『隋書』の記録に繋がる。
 『隋書』には、「倭王は多利思比孤たらしひこ」とある。
 しかし、そのような名の大王(天皇)は存在しない。
 六〇〇年は、推古天皇在位八年のことである。
 朝廷としては、倭の王を女帝だとは言いたくなかった。
 故に、「多利思比売」を、「多利思比孤」としたのである。
 この馬子と額田部連の合作である策謀、出雲神を背景にした大芝居は、見事に功を奏した。
 馬子という人物は、謎が多いし、諸説があるが、頭脳明晰であったことだけは真実であろう。
 「いま、額田部連が報じられたことは、朝廷としては重く受け止めるべきです。その上でまた、炊屋姫は亡き、敏達天皇の皇太后にあらしゃいますことは、重き事にございましょう」
 そう言い放つと、馬子は再び列席者を一人ひとりを見渡した。
「ご異論は、ございませぬでしょうか」
 馬子は言葉を置き、隣の炊屋姫を向き直り、深く一礼した。
「多利思比売様、我らをお導きください。我らは、多利思比売様の神明に従います」
 この議場に、守屋や糠手子が居たなら、大音声で笑い飛ばしたことであろう。
 蛮神を敬い、倭の神をおざなりにして、権力を手中にしたその馬子が、この時とばかりに、「神明」と言い放った、と。
 しかし、もはや、両者ともここにはいない。
 結果的に、馬子が勝利した。
 これ以上、議論を費やすまでもなく、誰もが、皇太后を次期天皇にすることが神明である、と思い込んだのである。
 それまで、身動き一つしなかった炊屋姫が一礼して、遂に言葉を発した。
「御異存が無いようにございましたら、ほんの繋ぎということになりましょうが、余がお受けいたしましょう」
 こうして、女帝は誕生した。
 五八七年、九月九日のことであった。
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