瞽女(ごぜ)、じょんがら物語

滝川 魚影

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十三 二人目の師匠

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ふたりめのししょう

 生家はまだ雪の中だった。
 そして、ハマが帰るのを待っていたように、翌日から二、三日、雪が降った。
 高田の野口家の倍はある積雪。ハマの背丈(約五尺=一五〇センチメートル)くらいは積もっていた。これが、ハマの故郷、柿崎である。
 浜辺に行きたかったが、まだ季節が早い。
 帰郷当日、荷解きをすると、ほぼ何もすることが無くなり、ハマはタケに連れられて、立浪屋に挨拶に赴いた。
「あら、ハマちゃ、早かったね。実家はやっぱり良いでしょ。ゆっくりすると良いよ」
 女将のサエ(春治の母)が声を掛けた。
 厨房では、夕方の客用の仕込みの最中だった。
「ただいま、女将さん。また、よろしゅうお願いいたします。ゆっくりなんてできませんよ。明日から、来るすけ」
「来るって、もう、お座敷に上がるのかい」
 タケが割って入った。
「サエさん、そうじゃのうて、厨房や部屋の掃除だよ」
「ええ、そんなん、させらんねえ。お師匠さんに」
「何が、お師匠さんなもんだか、これからも修行だよ」
「修行って、弟子でもとるのかい」
「いやいや、ハマが弟子だよ。わたしの弟子。これからは、芸姑としての修行だよ。だども、もちろん、あたしと同様、座敷がねえ時は、立浪屋の仕事させてもらう。今日は、その挨拶にこさせたんだよ」
「おお、厳しいねえ、新しい師匠は。良いんだよ、ハマちゃ、しばらくゆっくりしなよ。慌てることねえんだーすけ。家で、唄の稽古でもしたったらいいさ」
 助け舟を出したサエに、ハマが追い打ちをかけた。
「いえ、女将さん、私も家になんて、じっとして居らんねえすけ、明日から、いや、今から働く。ゆっくりなんて、してらんねえ性分だーすけ。母譲りなんで。何か、やることくんなせよ」
「おやおや、ほんとにこの親子は。言い出したら、聞かねえんだーすけ」
 厨房に笑い声が起こった。
 その温かい笑い声には、ハマが戻ってきたことへの喜びが溢れていた。
「じゃあ、せっかくだーすけ、この銀杏の殻と薄皮取ってもらおかね」
 サエはそう言って、割られた銀杏が入った皿を板の間に置いて、ハマが座る座布団を持ってきた。
 そうした準備をしている間、女中らとタケは、ハマの成長ぶりについて話していた。タケよりも大きいとか、すっかり女らしくなったとか。
 タケも当時としては、小柄な方ではなかった。スラッとした、いわゆる面長の美人。
 ハマのほうが、タケを一回り大きくして、もう少し肉付きが良かった。
 顔は、タケよりもだいぶ丸みがあり、目は閉じられているが、想像するに、明いていれば、タケとは違う二重だったと想われる、そういう造作ぞうさくであった。
 銀杏の皮の取り除きが終わると、朝餉の時間だった。
 おしゃべりの人員が一人増えたわけだから、談笑しているのか、食事をしているのかわからないくらい、賑やかだった。
 もっぱら、話題は、ハマの瞽女修行の話だった。
 おかずには、ヤナギガレイの一夜干しがあった。それは、春治が野口家に差し入れたものと同じだった。
 ハマは、カレイを口にしながら、野口家の食卓を想った。同じように食べているに違いない。
 長い朝餉が終わると、タケは二回の大広間にハマを連れて行った。
「畳に、雑巾かけてもらおかね」
「はい」
「急がんでいいよ。端のほうから少しずつやってもらえば良いし。終わらんば、終わらねえで、明日に回せばいい」
「はい、師匠」
「あ、それから、それば終わったら、稽古だよ」
 タケには、すでにハマへの稽古の構想があった。
 瞽女として修行してきたことは、それはそれとして、芸姑として座敷に上がってもらうには、追加して覚える唄、作法がある、と。
 そもそも、芸姑にするために、タケはハマを瞽女修行に出したのである。
 下地は万全に整った。
 あとは、佳つ江の出番である。
(どこへ出してもしょうしねえ芸身に付けさせる。もはや目は関係ねえ)
 これほどにやり甲斐のある仕事はあるだろうか。タケはそう期待していた。
 ハマにしても、そういう母の気持ちが良く解っていたし、おそらく再び厳しい修行になるだろうとは想像しながらも、新たな高みに上れる事を楽しみにしていた。
「その前に、おめの晴れ舞台である、この広間に感謝して、きれいに掃除しんば」
「はい、師匠。分かりました」
 佳つ江と、勝帆の二人三脚で磨きをかける舞台である。
 二人は、それから、一刻(約二時間)近く、黙々と雑巾がけをした。
 ちょうど終わる頃、サエが芋菓子(芋ようかん)と、煎茶を運んできてくれた。
「ご苦労さま。助かるよ、ハマちゃが戻ってきて。さすがいろいろ苦労してきたすけ、何でもできるね」
「そんなんねえよ、おばちゃん。いろいろ、面倒掛けるども、よろしゅうお願いします」
「こちらこそ。これ、お客さんに出す、芋ようかん。味見してくんなせよ」
「芋ようかん」
 ハマが歓喜の声を上げる。
「ああ、出来ましたね、サエさん。ハマ、良かったね。おめが好きだーすけ、今日は芋ようかんにしてくれたんだよ。女将さんは」
「どうも、おばちゃん。早速もらう」
 ハマが食べやすいように、一口大に切られ、楊枝に刺してある。それをタケが取って、ハマに渡してやった。
「そう、この味。懐かしい」
 自然の甘みが、口に広がっていく。
「ほんと、女将さん。んまい。何でも上手に作るよ、サエさんは」
「まあ、一応、これが本職だからね」
 ハマは、すでに二つ目を頬張り、皆で笑った。
「ハマちゃ。一つ訊くけど。瞽女さ、旅に出ていねえ時は、ご飯は誰が作るのかね」
「ああ、手引きの人らが、中心で作ってくれるども、私らも手伝えるところは手伝うよ」
「ああ、手引きって、あの先頭で手ぇひいて歩く人ね。そうか、そうか」
「うん、手引きの人は、いま、野口の親方のところは、四人いますよ」
「あら、そんげいるのか」
「そう、私らが旅に出ても、一人は家に残って。ばっちゃの世話しんばいけんしね」
「そんげなんもんなんだね。また、ゆっくり色々教えてね。ハマちゃ。じゃあ、私は戻るよ。邪魔してしまいけねえすけね」
「女将さん、すみません」
 タケが再び、御礼を言った。
「おばちゃん、ごちそうさまでした」
 サエが仕事に戻り、掃除の道具を片付けると、タケは三味線を持ってきた。
「さて、少し、手慣らししましょうか。今夜は客相手はしねえども、そのうち少しずつやってもらわんとね」
「師匠、よろしゅうお願いします」
「はいよ。なんかしょうしいね、そう呼ばれると。あそうか、おめの三味線、取ってくるね」
 タケが出ていくと、ハマは母の三味線を弾いてみた。
 やはり、竿が長い。
 ハマは、押さえる指位置を探して、弾いてみた。
 
 見初め相初め つい馴れ初めて
 今は想いの そりゃ種となる
 来ては唐紙 なでてはもどる
 いとど想いの そりゃ増鏡
 かわいがらんせ つとめのうちは
 末に女房 そりゃ我妻よ
 おそれうれしや 侍すじよ
 弓を片手に そりゃ矢を腰に
 色を染めだす 砂潟の小屋に
 高田小もめや そりゃ花千鳥
 咲いてくやしや 千本桜
 鳥もかよわん そりゃ山中に

 唄の途中で戻ったタケは、声を掛けずに正座して最後まで聴いた。
「それは、なんていう唄かね。初めて聴く」
「おっかちゃ、初めてだったね。これは門付けの時に唄う、かわいがらんせ、という唄」
「門付け。あ、そうか、村まわる時に、挨拶代わりに唄う唄ね」
「そう」
「いいもんだね。そのうち、おっかにも教えてくんなよ」
「はい、分かりました」
「はい、お前の三味線」
 ハマは、慣れた手付きで、袋を解き、三味線を組み立て、音を合わせた。その間、タケ、いや佳つ江は、これからの修行の事を話した。
「土台のところは、親方からの修行で、しっかり身についてるね。ただいま聴かせてもろうて解ったども、音の大きさが、やっぱり、私らのものと違うね。瞽女さは、家の外で唄うたり、大勢の前で歌うたりするすけ、音が大きいね。それはそれで、良いども、芸姑は、なんて言うんだろか、お客様に聴かせるのは同じなんだども、ちょっと違うんだね。上手う言えんども、わかりやすう言うと、音の大きさだね」
「おかっちゃ、いや師匠の言いてえこと分かる。なんとのう」
「そうかい。そうだよね、小さい頃から、おまんは私の唄聴いてきたんだーすけね。あとは、持ち歌が違うろうね。今の唄のように、瞽女には瞽女ならではの唄が多いだろ。芸姑には、芸姑らしい唄が多うあって、それ聞きに来る客は、それなりに物事良う知ってるお客様も多いすけ、その方たちに馴染みの唄歌わんばいけねえすけね。だーすけ、そんげな唄、少しずつ覚えんば行けねえね」
「はい、分かりました、師匠。瞽女も、端唄、長唄、常磐津、民謡も唄うが、それでも、もっとふっとつあると想うすけ、しっかり覚えていく」
「まあ、だども、土台がしっかり身についてるすけ、教えやしいし、教え甲斐があるて思うよ。有り難いことだよ」
「はい、師匠。そんで、何最初は教えてくれるか」
「そうね、もうすぐ春が来っろうすけ、春の唄からいくかね」
 このように、ハマ、いや勝帆の第二の修行が始まったのである。
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