電車の中で・・・

水無月

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トイレの中で ⑤

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 くたびれた顔の蛍川と別れ、家まであと数メートル。近所の家からいい香りが漂ってくる。腹が減るぜ。帰っても誰もいないけど、冷蔵庫に晩飯が入っているはず。それかテーブルに「ご飯食べてね」のメモとお金が置いてあるはずだ。出来ればお金ではなくママ上の料理が良いのだけれど……

「ん?」

 家の前に、誰かが立っているのだ。

(客か?)

 パパ上は人柄のおかげか友人が多い。そのうちの一人だろう。……でも奇妙だな。呼び鈴を鳴らすでもなく俺と姉上の部屋がある二階をじっと見つめている。

(この時間、家に誰もいないから。誰も出てこなくてポカーンとしてるんだろ……。挨拶してやっか)

 どこか見たことのある横顔……。そうだ! 初めて俺に痴漢してきた人じゃん! あいつのせいでゲームを買いそびれたんだ。うわうわ。こんなところで会うなんて。
 声をかけようとして、ゾクッとした。

 その手に、なにか握っているのが見えたのだ。俺はたまらず逃げ出した。気づいた男が何かを叫びながら追いかけてくる。

 ――やめなよ。こんなこと。
 ――怖い事件に巻き込まれてからじゃ、遅いんだよ?

 思い出すのは蛍川の言葉。

 そのせいか俺は迷わず蛍川の家に飛び込んだ。
 でかい門を開けて広い庭を突っ切る。初めて入ったが広さに感動している余裕はなかった。焦燥感で視野が狭まる。

「え? え、栄田君?」

 玄関で靴を脱ごうとしていた蛍川。随分驚いた表情だ。そりゃそうだ。「またねー」と言って別れたクラスメイトが突撃訪問してきたらこんな顔にもなる。

「ほたるん助けてーーーっ」

 怖くなった俺は小柄な友人に体当たりする勢いで抱きついた。

「おぐっ」

 どでんと玄関に倒れ込む。

「……っ」
「……あ、あの。な、なに?」

 俺は蛍川を下敷きにしたままぎゅうぎゅう抱きついた。純粋に怖かったのだ。

 やがて恐怖の感情が収まると顔を上げ、ちらっと門の方を振り返る。幸い、あの男は追ってきてはいなかった。ホッと息を吐く。

「どうしたのさ?」
「え? う、いや、あの、えっと……」

 なにを言っても「ほら! だからやめなって言ったでしょ」と叱られる気がする。言い淀んでいると、

「門十郎? 帰ってきたの? あら――」

 廊下の奥から歩いてきた蛍川の母らしき人物。和服にかっぽう着を重ねた、上品な佇まいだ。
 玄関で押し倒されている息子を見て、何を思ったでしょう……すみません……。
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