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レッツらゴーってマジですか。

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「あの……部長。念の為確認しますが、どちらにいかれる予定ですか」
可能性は限りなく少ないが、もしかしたらどこか急な用事を思い出したのかもしれない。
うん、きっとそうだ。
無理矢理自分を納得させた所であぁ無情。
「んじゃ俺が運転するわ。適当に外回りしてるってことにしとけば問題ないだろ?」
高瀬の問いかけを無視し、部長に便乗して堂々とサボり宣言をする主任。
確かに部長が移動するならその足が必要になるだろうが、これはちょっと会社的に如何なものか。
私の質問があっさりスルーされてる件についても、至急コメント願いたい。
『まぁいいんじゃねぇの?何事も諦めが肝心だぞ、タカ子』
「ケンちゃんは臨機応変すぎだと思う」
あっさり納得しすぎだろ。
というか部長。
「午後の業務とか、本当に全部投げ出して行くつもりですか?」
部長の仕事量の多さについては高瀬だって理解している。
実際出張で1日社を離れた日など、翌日はほぼ12時間以上の勤務となることも珍しくはない。
当然ながら帰る頃には日付が変わっている状態だ。
思い返せば、賢治の便利屋を初めて部長に紹介した時も、仕事で終電を逃し、深夜の街を一人さ迷っている時だった。
「午前中もほとんど留守にしてたし、仕事がまだ終わってないんじゃないですか」
仕事と言うのは日々量産されており、今日できなければ明日やればいい、では済まされないことも多い。
「無理して体を壊したら、もとも子もないですよ?」
これは今までの経緯とか何も関係なく、真面目な話で、と言えば「わかっている」との部長の答え。
「わかってるなら……」
「安心しろ。これも立派な業務のうちだ」
「え?」
「……君には黙っていたが、例の依頼を君が受け、無事に全てが解決した暁には、我が社に対して数千万単位の利益供与が行われることになっている」
「…………」

すうせんまんえん。

部長の口から出たそのセリフの、あまりの単位の大きさに一瞬ぽかんと口を開け。

「はぁぁぁあぁあぁ!?」

次の瞬間、心の底から、大声をあげた。

「むぐっ!!」
「こらこら、仕事中に大騒ぎしちゃダメでしょ、特に君は今病人扱いなんだからさ」

主任にあっさり口を塞がれ、そういえばここ医務室だったなと思いながら、そのちょっとした油断をつき、隙間の空いていた指めがけてガブリと勢いよく噛み付いてやった。
「痛っ!」

窮鼠猫を噛むというが、舐めてもらっては困るのだ。
いつまでも甘んじて受けると思うなよ!

ちゅう!!

「というか部長!!さっきの話はどういうことですか!?」
とじろりと部長を睨めば、横ではわざとらしく「うわぁ、歯型ついちゃったよ」などといいながらひらひらと手を振る主任。
その様子から見るに、主任もこの話を知っていた可能性は高い。
「説明を要求します」
何も答えない部長に向かい、今までのお返しとばかりに圧力を強める高瀬。

「つまり、自身と娘の命の価値はその程度という事ですか」
『まぁ時には金払いの良さが命運を分けることもあるからなぁ……』

答えを聞く前から、既に全てを理解したかのように鼻で笑う二人。

部長は何も答えてはくれないが、その苦々しげな表情を見るとそういうことなのだろう。

自身の命に値段を付ける。
金の力でなんとか解決しようとしている。
非難のしようはいくらでもあるが、ケンちゃんの言うように、どうせなら出さないよりは出したほうがいいというのもまた事実で。


だとしたら、だ。

「本当は、この依頼は必ず受けるようにと言われたんじゃないんですか?」

社長にとっては実にお得な買い物ということになる。
それだけに、否定の言葉が帰ってくるなど、思ってもいなかったのだが……。

「それは違う」

部長は、はっきりと否定した。

「会社にとって莫大な利益となるのに、ですか?」
社員一人貸し出すだけで数千万の利益が生まれるとなれば、そこは命令してでもやらせるのが当然だと思うのだが。
あくまで疑う高瀬に対し、この件に関してはやましいことなど何に一つないと部長が断言する。
「言っただろう。社長は呪いだのなんだの、そう言った胡乱なものは好かない。
――――そして同じくらい、身内同士の揉め事を嫌うんだ」
「……身内の揉め事?」
それはもしや。
「……特に兄を押しのけて後継の座を得るような真似は、な」
「!その話、有名だったんですか!?」
「当然だ。社長も知っていただろう。その上であちらの一族とは距離をとった付き合いに終始していたようだな」
だから、あちらから縁談が申し込まれたとき、すげなく断ったとしても特に何も文句を言われることはなかった。
要するに、本当に相手の顔を立てるためだけの儀礼的なものというわけだ。
「勿論、そんな個人的な嗜好を表に出すような人ではないが――――」
「表面上は仲良くお付き合いしてるけど、そもそも虫が好かない相手だと」
社交の場においては、そういったこともままある話なのだろう。
「少なくとも、進んで関わり合いを持ちたいと思う相手ではない」
「――――――変な相手と付き合いができるくらいなら、数千万のあぶく銭などいらんと、そういうわけですね」
「そもそも社長にとってうますぎる話だからな。警戒するのは当然だ」
この話自体がなにかの罠である可能性も疑っているというわけか。
やはり、組織をしょって立つ人間というのはいろいろ難しい一面があるようだ。
「ちなみにこれはただの好奇心ですけど、部長の一族って基本的に親族みんな仲良しなんですか?」
身内の揉め事を嫌うということは、逆を言えば自身の親族関係が良好であることの裏返しだと思うのだが。
「少なくとも遺産だなんだと騒ぐ身内は少数だな」
「あ、結局いることにはいるんですね…」
まぁ、身内本人にその気はなくても、嫁に指示されて、とかそういうこともあるのだろうな。
「詳しく知りたいのならいくらでも後で教えてやる。なんならいっそうちの両親との顔合わせでも構わないが――――」
「そこは私が構います、部長」
本当にどうしたんだろう?珍しくグイグイ来ますね、部長。
――――主任、そこで先を越されたという顔をしない!
と、いうかだ。
「部長のお身内とかそんな神々しさ万点の方々にお会いするなんて恐れ多くてとても無理」
ご遠慮申し上げます、と頭を下げれば、さして本気でもなかったのか、あっさり「まぁそうだろうな」と受け流す部長。
あれ、これ本気にとった私のほうがおバカさんだったかな?と思わず反省するくらいのあっさり加減だったが、「その気になったらいつでも言ってくれ」と付け足すあたりやはり微妙。
部長の両親かぁ……。
一人息子に「崇敬」とかお堅い名前を付けちゃうところを考えると、やっぱり意識高い系な感じなんだろうか。
「嫁姑とか超怖い」
「その点うちならいつでも歓迎しますよ。僕が君以外望まないことは既に両親も承知していますから」
「あ~うん、そりゃまぁね……」
なぜだかよくわからない、というよりは息子の強固な意思を反映した結果なのか。
実のところ竜児の実家では、高瀬は既に息子の嫁として認知されている。
嫁が嫌ならいっそ養子にくればいいとまで言われ、昔から両親揃って可愛がってもらっているので、あまり強く否定できない事がいっそ辛い。
「尊敬する両親ですよ。欲しいもののためには手段を選びません」
『血だな、ありゃ』
ぶっ込んだケンちゃんもまた、竜児の両親に気に入られている人間の一人だ。
竜児は一人っ子だが、妹がいたら絶対結婚を勧められていたと思う。
実際ケンちゃんのことも、一時期本気で養子に迎えようとしていたらしい。
例の借金苦の時代のことだが、結局それも自力でなんとか返しきってしまった。
本人曰く、『今更竜児の弟とか無理あるって』との事。
どうせ一生魔王竜児の下僕であることには変わりないんだから、別にそれでもいいんじゃないかなと思ったことは一生心に秘めておくが。
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