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第10章 暴走の果てに
4 和作と杉蔵
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一方、寅次郎が捕らえられたあとの松本村では、村塾の門下生の一人である野村和作が決死の思いで、他の門下生達の家を一軒一軒訪ね回っていた。
寅次郎は久子とのやりとりの後、栄太郎や八十郎などの門下生達に伏見要駕策を実行に移すよう命じたが、ほとんどの塾生が無謀と判断してそれを拒否したり、あるいは親兄弟の強い反対にあって寅次郎から離れざる負えない状況に陥っていたため、数少ない協力者の一人であった和作が離れていく門下生達を何とか繋ぎ止めようと踏ん張っていた。
「一生の頼みじゃ、栄太郎! わしらに力を貸しちょくれ!」
栄太郎の家に上がり込んだ和作が土下座をして頼み込んでいる。
「佐世さんや弥二にも断られ、忠三郎にも断られて、もうおめぇしか頼れるもんがおらんのじゃ! わしらと一緒に伏見に行ってくれんかのう?」
他の塾生達に悉く断られ、門前払いにされた和作は、藁にも縋る思いで栄太郎に懇願した。
「すまんのう、和作。それはできぬ相談じゃ」
栄太郎が悲しそうな顔をしながら首を横に振る。
「わしには年老いた母上とまだ幼い妹がおるけぇ、これ以上先生についてゆくことはできん。わしが先生の老中暗殺計画に加担し、さらには佐世さん達と周布様のお屋敷に乗り込んで謹慎させられたことで、母上にもふさにもずいぶん肩身の狭い思いをさせてしもうた。昨日も村塾の門下生の身内じゃからゆうて、村人達が母上だけでなく、妹のふさにまで石を投げつけてきよったしのう……」
和作に協力できない訳を話す栄太郎の顔は苦渋に満ちている。
「そうか……おめぇもか……。おめぇも佐世さん達と同じで、先生から離れるっちゅうんじゃな?」
和作が落胆した表情で尋ねる。
「そうじゃ。そうゆうことになるのう」
和作の表情を見た栄太郎が言いにくそうに答えた。
「じゃがこれだけは分かってもらいたい。わしは今でも先生の事を心から尊敬しちょるし、尊王攘夷の志を忘れた訳では決してないっちゃ! 参勤途上のお殿様を伏見で足止めした上で大原卿と引き合わせ、そして大原卿と供に帝のおわす御所に参内させて、幕府の失政を正す勅を出させるっちゅう先生の伏見要駕策はまっこと素晴らしい策じゃと思うちょる。できることならわしも助力したかった……」
栄太郎の言葉の節々に悔しさと無念さが滲んでいた。
「無念じゃ! わしが不甲斐ないばかりに、皆の心が先生から離れていってしまう! わしにもっと力があったら、才があったならばこねーなことにはならんかったものを……」
頼みの綱の栄太郎にも協力を断られ、力なく家に帰宅した和作は、兄の入江杉蔵に弱音を吐いている。
この時の和作は塾生達の説得に失敗したことで、罪悪感に押しつぶされそうになっていた。
「そねー自分を責めるな。おめぇは何も悪かねぇ。ただ他の門下生達にもそれぞれやむを得ない事情っちゅうもんがあるんじゃ。それはちゃんと理解せんといけんぞ」
杉蔵は自責の念に苛んでいる弟を何とか元気づけようとした。
「分かっちょります! 分かっちょるつもりではありますが、しかし……」
和作は兄の言葉を聞いてもどこか腑に落ちない様子だ。
「仕方ないじゃろう。ほとんどの塾生が先生から離れた今、わしらだけで伏見要駕策を成し遂げるより他にないっちゃ。それに先程わしらだけで伏見に向かうよう先生から文が届いたけぇ、もう後戻りはできん」
杉蔵はどこか諦めた様子で言うと、寅次郎から届いた文を懐から取り出した。
その文は伏見要駕策に反対した塾生達を詰ると同時に、和作と杉蔵に伏見行きを命じていた
「じゃが実際に伏見に向かえるのは和作、おめぇだけじゃ」
入江が複雑な表情で答える
「何故ですか? 何故わしだけしか向かえんのですか?」
和作は困惑した表情で尋ねた。
「栄太郎と同じで、わしらも年老いた母上や幼い妹がおるからに決まっとろうが。もしわしらが二人とも萩より脱走して伏見に向かったら、一体誰がこの家を支えるんじゃ? 誰が母上とすみの面倒を見るのじゃ?」
入江は今更何をといわんばかりの口調だ。
「家財道具を整理して工面した金はおめぇに全て託すけぇ、これを持って早う伏見に迎え。ほんで大原卿を説得して無事伏見要駕策を現実のものとしてくれ。家のことはわしが何とかするけぇ、お前は何も心配するな」
入江は後ろの箪笥から十五両が入った袋を取り出して和作に手渡す
「分かりました……先生や兄上のためにも必ずや伏見要駕策を成功させてご覧に入れまする。 脱走することになるけぇ……兄上とお会いするのはこれで最後になるやもしれませんが……どうか、どうかお元気でお暮し下さい」
和作はすすき泣きながら脱走する覚悟を固めていた。
このやり取りから数日後、和作は萩を脱走して一人京に向かうも、すぐに藩に察知されて、追っ手を差し向けられることとなった。
また兄の杉蔵も和作の脱走を手助けしたことを藩から咎められて、岩倉獄に入牢することとなるのである。
寅次郎は久子とのやりとりの後、栄太郎や八十郎などの門下生達に伏見要駕策を実行に移すよう命じたが、ほとんどの塾生が無謀と判断してそれを拒否したり、あるいは親兄弟の強い反対にあって寅次郎から離れざる負えない状況に陥っていたため、数少ない協力者の一人であった和作が離れていく門下生達を何とか繋ぎ止めようと踏ん張っていた。
「一生の頼みじゃ、栄太郎! わしらに力を貸しちょくれ!」
栄太郎の家に上がり込んだ和作が土下座をして頼み込んでいる。
「佐世さんや弥二にも断られ、忠三郎にも断られて、もうおめぇしか頼れるもんがおらんのじゃ! わしらと一緒に伏見に行ってくれんかのう?」
他の塾生達に悉く断られ、門前払いにされた和作は、藁にも縋る思いで栄太郎に懇願した。
「すまんのう、和作。それはできぬ相談じゃ」
栄太郎が悲しそうな顔をしながら首を横に振る。
「わしには年老いた母上とまだ幼い妹がおるけぇ、これ以上先生についてゆくことはできん。わしが先生の老中暗殺計画に加担し、さらには佐世さん達と周布様のお屋敷に乗り込んで謹慎させられたことで、母上にもふさにもずいぶん肩身の狭い思いをさせてしもうた。昨日も村塾の門下生の身内じゃからゆうて、村人達が母上だけでなく、妹のふさにまで石を投げつけてきよったしのう……」
和作に協力できない訳を話す栄太郎の顔は苦渋に満ちている。
「そうか……おめぇもか……。おめぇも佐世さん達と同じで、先生から離れるっちゅうんじゃな?」
和作が落胆した表情で尋ねる。
「そうじゃ。そうゆうことになるのう」
和作の表情を見た栄太郎が言いにくそうに答えた。
「じゃがこれだけは分かってもらいたい。わしは今でも先生の事を心から尊敬しちょるし、尊王攘夷の志を忘れた訳では決してないっちゃ! 参勤途上のお殿様を伏見で足止めした上で大原卿と引き合わせ、そして大原卿と供に帝のおわす御所に参内させて、幕府の失政を正す勅を出させるっちゅう先生の伏見要駕策はまっこと素晴らしい策じゃと思うちょる。できることならわしも助力したかった……」
栄太郎の言葉の節々に悔しさと無念さが滲んでいた。
「無念じゃ! わしが不甲斐ないばかりに、皆の心が先生から離れていってしまう! わしにもっと力があったら、才があったならばこねーなことにはならんかったものを……」
頼みの綱の栄太郎にも協力を断られ、力なく家に帰宅した和作は、兄の入江杉蔵に弱音を吐いている。
この時の和作は塾生達の説得に失敗したことで、罪悪感に押しつぶされそうになっていた。
「そねー自分を責めるな。おめぇは何も悪かねぇ。ただ他の門下生達にもそれぞれやむを得ない事情っちゅうもんがあるんじゃ。それはちゃんと理解せんといけんぞ」
杉蔵は自責の念に苛んでいる弟を何とか元気づけようとした。
「分かっちょります! 分かっちょるつもりではありますが、しかし……」
和作は兄の言葉を聞いてもどこか腑に落ちない様子だ。
「仕方ないじゃろう。ほとんどの塾生が先生から離れた今、わしらだけで伏見要駕策を成し遂げるより他にないっちゃ。それに先程わしらだけで伏見に向かうよう先生から文が届いたけぇ、もう後戻りはできん」
杉蔵はどこか諦めた様子で言うと、寅次郎から届いた文を懐から取り出した。
その文は伏見要駕策に反対した塾生達を詰ると同時に、和作と杉蔵に伏見行きを命じていた
「じゃが実際に伏見に向かえるのは和作、おめぇだけじゃ」
入江が複雑な表情で答える
「何故ですか? 何故わしだけしか向かえんのですか?」
和作は困惑した表情で尋ねた。
「栄太郎と同じで、わしらも年老いた母上や幼い妹がおるからに決まっとろうが。もしわしらが二人とも萩より脱走して伏見に向かったら、一体誰がこの家を支えるんじゃ? 誰が母上とすみの面倒を見るのじゃ?」
入江は今更何をといわんばかりの口調だ。
「家財道具を整理して工面した金はおめぇに全て託すけぇ、これを持って早う伏見に迎え。ほんで大原卿を説得して無事伏見要駕策を現実のものとしてくれ。家のことはわしが何とかするけぇ、お前は何も心配するな」
入江は後ろの箪笥から十五両が入った袋を取り出して和作に手渡す
「分かりました……先生や兄上のためにも必ずや伏見要駕策を成功させてご覧に入れまする。 脱走することになるけぇ……兄上とお会いするのはこれで最後になるやもしれませんが……どうか、どうかお元気でお暮し下さい」
和作はすすき泣きながら脱走する覚悟を固めていた。
このやり取りから数日後、和作は萩を脱走して一人京に向かうも、すぐに藩に察知されて、追っ手を差し向けられることとなった。
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