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第12章 師の最期

1 寅次郎からの文

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 安政六(一八五九)年七月。
 昌平坂学問所の書生寮の一室にいた晋作のもとに寅次郎から一通の文が届いた。
「おお! 先生から文が届いたぞ……ってちゅうかこれは本当に文なんか?」
 晋作は首をかしげながら、机の上に置いてある寅次郎からの文を手に取ってみせた。
 晋作に届いたその文は、一行ずつ紙縒り状にして引きちぎられた上で発信されていたため、元の形に戻した上で文の内容を確かめなければならなかった。
「なしてこねー回りくどいやり方でわしに文を寄越したんじゃ? 理解に苦しむ」 
 晋作はぶつくさ文句を言いながらも、文を元の形に修復する作業をせっせと進めていく。
 半刻後にはすべて修復することに成功し、晋作は文の内容を順次読み進めていった。
「ん? なになに? 七月九日、評定所にて三奉行に訊問され候。その訊問にて梅田雲浜との繋がり及び御所内の落とし文について問い質され候。その問いに僕理路整然と答えると、三奉行、最期に何か申したき議はないかと問われ候わば、僕幕政の過ち、及び間部要撃の事を申し上げ……」
 そこには評定所における寅次郎の訊問の内容や、訊問の結果伝馬獄に投じられた事、さらに牢名主や先輩の囚人におくるための金子を二、三両ほど用意立てて欲しいことなどが記されていた。
「幕政を正すためとはいえ、まさか自分から進んで老中暗殺計画について話をしてしまうとは! 先生らしいといえば先生らしいが、正直ゆうて開いた口が塞がらん!」
 晋作はしばらくの間驚くべきなのか、それとも呆れるべきなのか分からず困惑していた。
 やがて落ち着きを取り戻した晋作は、手元にあった財布から三両ほど取り出して机の上に置くと、寅次郎宛に文を書き始めた。
「しかし伝馬獄に投じられたとはいえ、先生の首と胴体がまだ繋がっとって本当によかった! 先生にはまだ教えてもらいたいことがたくさんあるからの! さあ、こうしてはおれん。早う先生に金子と文を送らなくてはいけんな」
 師の頼みを果たすべく晋作はせっせと紙の上に筆を走らせる。
 
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