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「どうぞ。スリッパ、お使いください」

玄関を解錠して、客を中へ案内する。少し古いが広くて豪華な一軒家。部屋の中をあちこち散策しながら嬉しそうに目を輝かせる客の顔を見ると、この仕事をやっていてよかったと思えた。

「広いし綺麗ですね」
「お風呂も広くて足が伸ばせますよ。そちらです」

こんな大きな一軒家に案内する客は、大抵家族連れか夫婦だ。今回案内するのは、大人しそうな男性一人。単身で暮らすには持て余すような家だから、きっと後から家族ともう一度来るのだろう。
一階を見て満足したらしい客を二階へと案内する。二階には三部屋あって、そのうちの一つはベランダもなく窓も小さい。こじんまりとしているが、読書や趣味に没頭するには最適な部屋だ。客はその部屋がいたく気に入ったようで、じっとその部屋を眺めていた。

「気に入っていただけましたか?」
「えぇ、とても……彼女もきっと喜んでくれます」
「彼女さんと暮らすんですか?」

結婚前のカップルが暮らすとは、意外だった。少し驚いてつい無遠慮にそう口走ってしまったが、客は気にする素振りもなく、照れ臭そうに微笑んだ。

「えぇ、そうなんです。静かで自然の多いところがいいなと思ってて……ここは正に理想通りです」

この家は若いカップルが暮らすには結構不便だ。街からは車で山道を数十分走らなければいけないし、周りに民家はなく、食料品を買える店も、病院も小学校もない。そういった実生活のことを考えるのは、やはり女性の方が得意である場合が多い。この男性客は気に入ったようだったが、彼女がここを見に来たら、こんなところでどうやって暮らすの、と言われるのではないだろうか。

「ここって山の中ですけど、動物は……」
「あぁ、鹿や猿、猪なんかは出るみたいですね。熊は出ませんから安心してください」

客は笑って、彼女に一人で出歩かないように伝えておく、と言っていた。

「ここにします。いつから入居できますか?」
「えっ?……ええと、手続きと部屋のクリーニングなどが済みましたらいつでも入れますが……」

あまりにアッサリと決めたこの客に、思わず目を見開いてしまった。同居人は、本当に構わないのだろうか?あとからトラブルになるのは避けたい。

「彼女さんのご意見はよろしいのですか?」
「えぇ。この家なら、彼女は絶対気に入ってくれます。僕にはわかるんです」

彼女のことを語るときは、少し浮かれたような、恥ずかしそうな表情をする。きっとよほど仲睦まじいカップルなのだろう。もしかしたら、この家で二人は結婚し、家族を作って幸せに暮らしてくれるのかもしれない。目の前のこの穏やかそうな男性客を見ていると、そんな気がした。

「かしこまりました。契約については、事務所で詳しくご説明させていただきます」

客は嬉しそうに頷く。幸せな二人の新居探しの手伝いができたことを、心から嬉しく思った。
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