隣の家の住人がクズ教師でした

おみなしづき

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クズ教師編 創志視点

自覚するのは簡単で…… 創志視点

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 千宙に教えてもらったバイト先は、あまり目立つような場所じゃなかった。
 それでも、この中で千宙が働いていると思ったら、なぜだか顔がニヤける。

 けれど、それもドアを開けるまでだった。

 カランカランとドアベルを鳴らしてドアを開けて、一番最初に目に飛び込んできたのは、千宙の見た事もない笑顔だった。

 ドキンッと心臓が跳ねた。そして、ギュッと痛い。

 あんなに屈託なく笑う顔ができたのか……。
 俺に見せた事のない顔だ──。

「いらっしゃ──いませ……」

 さっきまでの笑顔が俺を見た瞬間になくなったのがショックだった。

 ショック? どうして──……。

「どうかしたんですか?」

 千宙に問いかけられれば、ハッとして笑顔を作る。

 さっきの千宙の笑顔が目に焼き付いて離れない。
 笑顔を見せてくれと言っても、俺に向けてくれるのは、作られた笑顔だけだった。

 カウンターに座って、千宙がお勧めだというコーヒーを飲んだ。
 店長の人柄が出ている優しくて美味しいコーヒーだった。

「美味しい」

 思わず呟いた言葉に千宙は先ほどの笑顔を見せてくれて驚く。

 俺に向けられたわけじゃないんだろう……それなら誰に……?

 このコーヒーは店長が出してくれたんだと目の前の店長を直視する。
 そうか。店長のコーヒーを褒めたからか……。

 もしかしたら千宙は、こういう優しい人がタイプか? 千宙は男が好きという気はしないけれど、彼の事は好きなのかもしれない。

「店長さんは、男性もイケる人ですか?」

 それなら、千宙だって対象じゃないか。
 俺の言いたい事がわかったのか、その店長はクスクスと笑った。

「ふふっ。僕は男性が好きですよ。そこの甥っ子も僕の影響を受けてしまってます」

 千宙が店長を好きなら、二人は付き合う事もできる。
 それは困る──ってなんで困るんだ……。

 なんでこんな事を考えているのか……考えられる事は一つだ……。

 仕事をする千宙を盗み見る。
 色んなお客さんに笑顔を向ける千宙が俺の胸を締め付けた。
 自分が信じられない。

 まさか? 俺がこんなガキに──?

 予感はするのに確証がない。

 帰り際に、千宙の所へ行って頬をそっと撫でた。
 先ほどの心からの笑顔を俺に向けてくれないだろうか……。

「笹森さん?」

 訝しむように見られて苦笑いする。
 俺に向けられるのは、いつもこんな視線だ。
 それがこんなにも苦しいだなんて……。

「ご馳走様でした。今日は帰ります」
「あ……はい」

 俺は……碓氷千宙が好きなのかもしれない──。

     ◆◇◆

 家に帰ってきて、セフレから連絡が来ても、考えるのは千宙の事ばかりだった。
 思えば、ここ最近、ずっと彼の事を考えていた。
 こんな風に誰かの事を真剣に考えて悩む事なんてなかった。
 千宙が好きかどうか確かめるには、やっぱり本人に会うことだ。

 千宙のバイトが終わる頃に、自分を落ち着かせようとタバコを吸いながら千宙を待った。
 隙をついて家の中に入れてホッとする。
 ビールでも飲みながらじゃないと上手く話も出来そうにない。

 ブツブツ言いながらも千宙はビールを持って来てくれた。
 千宙は風呂に入る用意を始めた。
 シャワーへ行くと言った千宙を見送って、室内を見回す。
 必要な物以外、全くない。
 寂しい部屋だ。今の俺の気持ちと同じ。

 しばらくしてシャワーから出てきた千宙にドキリとした。
 濡れた髪は妙に色気があって、触ってみたくなった。
 けれど、千宙は触りたいと言ったところで触らせてくれるようなやつじゃない。
 
 座り込んで頭を拭いていた千宙のタオルを取って笑顔を向けた。

「やってあげる」
「え……?」

 断られる前に千宙の背後に回り込んで頭を拭いた。
 こっそりと柔らかい髪に触れたらトクンッと胸が鳴る。
 思い出すのはバイト先での事だ。

「ちぃくんってバイト先の店長さんが好きなの?」
「は!?」

 こちらを振り向きそうになった千宙の頭をガシッと掴んで振り返れなくする。
 今の俺の顔……下手したら情けない顔してる。とても見せられない。

「拭いてる途中ですよぉー」
「先生がおかしな事言うからでしょ……」

 呆れた声を掛けられても答えを聞きたくて再び問いかけた。

「で? 店長さんが好きなの?」
「人としてなら好きです。でも、恋愛的な意味で聞いているなら違います。それと、店長が恋人がいるって先生に言っといて欲しいって言ってましたよ」
「そうなんだ──……」

 心底安心してしまった。千宙の返答にも店長に恋人がいるという言葉にも。

 千宙はもういいと言ったけれど、ドライヤーで乾かすと言いながら、その髪に触れたかった。
 こんな言い訳をしながら、千宙に触れる口実を探している。
 サラサラの髪の毛が俺の指先に触れる度にトクンと胸が高鳴っている気がした。

 それほど時間を掛けずにドライヤーを止めたけれど、ちゃんと確かめたかった。

「先生、ありが──」

 そのまま背後から千宙を抱きしめた。
 その肩に顔を埋めて自分の心臓の音を確認する。
 ドキンドキンと激しく鳴る自分の心臓に笑ってしまいそうになる。

 こんなのもう確実じゃないか──。

「何をしてるんですか?」

 千宙は、戸惑っていても振り払わなかった。それが嬉しい。

「確かめてる──」
「何を確かめてるんですか?」
「──心臓の音」

 そう言ったら千宙の心臓の音と勘違いしたらしく千宙が暴れ始める。
 それも可愛いと思ってしまう。

「ちぃくん、暴れないでよ」

 わざと耳元で喋って意識させたら耳まで真っ赤になった。

「大人しくなんかしてられるか!」

 この喋り方、俺に心を許してる気がして好きだ。

 俺は碓氷千宙が好きだ──。

 少し腕を緩めたら、威嚇する猫みたいに離れられた。

「離れられると傷付くよぉ」

 今はまだこの距離でいい。

「クズ教師のくせにそんな繊細な気持ちがあるのかよ……」
「あったみたいねぇ~。俺さ、ちぃくんに嫌われたくないな」

 千宙には嫌われたくない。

「だったら、その軽さをどうにかしろ……」
「わかった──」

 俺の事をヤリチンのクズ教師だと思っている。まずはそこから正して、信用してもらわないとだ。

 揶揄って怒っていても感情を向けられた事が嬉しい。
 怒っている千宙にすら、嬉しいだなんてもう既に重症らしい。

 俺は、こんな風に人を好きになるのか──この歳で新たな発見だった。

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